第7話 神々の実験場 / ラウンドロビン

激しい激流に飲み込まれ、身体を動かす事もままならない。


地下神殿の底へと落ちていったウォールトン達は、激流に流されるまま、深い、深い地底の闇へと落ちてゆく。





―――







































































…  うっ




ひ か り …




ヒュュュ  ュ  ュ…


























… …



< Pi! >



Buuuu nnnn… 



Shaaaaa      n.







Reboot completed.
















… ザァァァ…




うっ… み、みず




…マ




…マスター…



…だ


…だれ か が 呼んでいる…



…マスター … マスター!


「マスター!」


「マイヤー… か」


 光が見える、なんて眩い光なんだ…

 こんなに、暖かく美しい光はいつ以来だろう…



―ブゥゥン!


 ウォールトンのグレアリング・アイが発光し、滝が落ちる、水辺のそばに倒れているであろう事を感じながら、ゆっくりと身体を動かし始める。



「マイヤー、他は無事か…」

「マスター… 」

 少し弱々しく、言葉を発するマイヤー。


「状況は…」

 まだ、視界が安定しない目でマイヤーを探し、声を掛けるウォールトン。


「… 無事なのは、マスターと私だけで… 

 そう言うとマイヤーはうつむき、言葉が途切れた。


「そうか、しかしミネルバのバイタルも感じるが、マスター・ミネルバはどうなんだ」


 すると、少し鮮明になってきた視界にマイヤーが見え始め、彼女はうつむきながら横を見ている。


「マ、マスター!」

 そのウォールトンの視界には、半壊し、動く事の無いマスター・ミネルバの身体が横たわっていた。


 ウォールトンは、ゆっくりと身体を起こし、ミネルバの方へと近寄ってゆく。


「ジムと、スコット、ケビンが、救ってくれたんです」


 マイヤーがうつむきながら話し、その言葉を聞いたウォールトンの脳裏に、あの時の記憶が戻り始めてきた。




―――




―ゴォォォォォ!!

 地下神殿の底が割れ、神殿内の水と共に激流に飲み込まれながら、地底の奥深くへと落ちてゆくウォールトン。


 BIR-Fは、ウォールトン、ジム、スコット、ケビンがスラスターを全開にしながら素早く体勢を整え、彼らの後を追うクリスタルにランチャーを向ける。


< ジム!スコット!ケビン! >

< グレネードを落して、後退しろ! >


 ウォールトンは、身体全体を覆うようにL-フィールドLaser Protective Fieldを前面に展開し、ミネルバ、マイヤーを守りながら後退する。


 しかし、その間にも周囲の水を押しのけながら、クリスタルが勢いを増し迫ってくる。


―ゴッ!ゴッ!

(クッツ、スラスターか)

 ジムの腰に付いているメインスラスターが、崩落の影響を受け、岩に当たったのか破損し、出力が上がらない。


< ディヴ、駄目だスラスターがイカれた >

< スコット、ケビン、L-フィールドを張って先に行け! >


< おい!ジム!やめろ! >


 一人、遅れだしたジムが、迫り来るクリスタルの前に移動し、キャノンを打ち込みながら、グレネードをクリスタルに向け散布する。


 それを見た、スコット、ケビンがL-フィールドを展開しながら、一気にウォールトン達の方へ後退してゆく。


< ジム!!、DaCコア離脱(Disconnect a Core)しろよ! >



―――ゴッォ!!



「またな。 ディヴ」










 ジムはグレネードを自らのジェネレーターに誘爆させて、追ってきたクリスタルをすべて破壊し、ウォールトン達を救っていた。


――― その勢いで、L-フィールドに守られた俺達を地下神殿から遠ざけたのか…

「ジム」


「でも…

 マイヤーが再び話し始める。


「スコットのL-フィールドに入れなかった、マスター・ミネルバが爆発の勢いに巻き込まれ…


「お前はケビンのフィールドで助かり、俺はスコットと、マスター・ミネルバに助けられた」

 ウォールトンは、立ち上がると、ミネルバの方へと歩み寄り、動かなくなったミネルバの身体に触れ、優しく抱き上げた。


…マスター すまない


 しかし、ジェネレーターが破損しているミネルバは動く事は無かった。


「スコットとケビンも駄目か」

 ウォールトンの意識の中には、二人のバイタルが消え、彼らの機能が停止している事を示していたが、


生きていろよ…


 上官の心情だけなのかもしれないが、彼らの機能が活動している、そんな気がしていた。


 それからしばらくの間、ウォールトンは周囲を見渡し、


「ここは、本当に…

 惑星の内部なのか…


その、地下空間とは思えない、光輝く光景に、心奪われていった。


 ようやく視界が鮮明になってきたウォールトンの目の前には、黒々とした惑星の内部とは思えない、光輝く美しい光景が広がっていた。


 その空間の空は、青白く光り輝きながら広がり、大地は色鮮やかな緑色をした植物と、放射状に伸びたクリスタルで覆い尽くされ、点在する水面は美しく輝き、風が舞うその行先には、いくつもの光の無い岩窟が大きな入り口を開けて存在していた。


「マーット!」

 ウォールトンが突然、バイタルが途切れ、この場にはいないマットの名前を呼んだ。


「Yes sir!  マスター・ウォールトン!」

 マットの声らしき返答が、マイヤーの周囲から聞こえて来た。


「お前の分野だ、ここの環境について報告しろ」


「Yes sir!  マスター・ウォールトン!」

 また、マイヤーの周囲からマットの声が聞こえて来ると、

マイヤーがフローティングパネルを表示し始め、何かの解析を始めた。


「あの時、マイヤーが隣にいてくれて助かったよ」


「いきなり、私の身体に転送し始めるから焦ったわよ!」

 マイヤーが少し怒り気味に話す。


「ジム達も、お前みたいに要領が良ければ良いんだがな」

 マットマイヤーに向かってそう言うと、ウォールトンは自らのコアからケーブルを引き出し、ミネルバの身体につなぎ始めた。


 しばらくすると、マイヤーの身体Ardyで駆動しているマットが、複数のフローティングパネル情報パネルを表示させながら岩穴のそばで作業をしているウォールトンへと近寄り、一枚のパネルを見せながら話し始めた。


「マスター、ここの環境について、おおよそ解りました」

 ウォールトンは、そのフローティングパネル情報パネルを手に取ると、内容を確認し、マットの説明を求める様に、掌で合図をする。


「はいマスター」

「ここは地下ですが、大気は窒素が約70%、酸素が20%と。地球とほぼ同程度の環境が構築されています」

「それと、気温も20度前後と、生命体が育まれ易い環境が整っていますので、…


 話しの途中で、マットが腰を下ろし、足元の背丈の短い草の中に手を入れ、何かを手のひらの中に入れると立ち上がり、その手をウォールトンの目の前に差し出すと、ゆっくりと広げた。


「このような数多くの生命体がこの地下空間で、生態系を構築しています」


 マットの手のひらの中には、緑色の何か懐かしさを感じさせる、小さな虫のような生命体が、おとなしく収まっていた。


 ウォールトンは、その小さな生命体を見つめると、顔をマットの方に向ける。

「それで、マット。この環境がどの様に構築されてきたのかは、解るか」


「はい」

 するとマットは岩穴の中へと入り、そこで目の前にあった少し大きめの石を持ち上げ、その裏側をウォールトンの方に向ける。


「この石の下にある、クリスタル、そして、ここに生息している微生物が、この環境に大きく関係していると思われます」

 ウォールトンが少し前のめりになり、手のひらを顎に添えると、興味深げにマットの説明と、クリスタルを見つめた。


「少し小さくて見え難いのですが、土とクリスタルの隙間に微生物、原始的な粘菌類が生息し、彼らは酸素や様々な有機物を生成しています」

「この微生物は、原始的な粘菌類で、地下の二酸化炭素や硫化鉱物を摂取し、その副産物である酸素が、上空で生息している微生物に吸収されると、酸素をエネルギーとして燃焼し、熱と光を生み出していると考えられます」


 確かに、特殊条件が揃えば、鉱物を触媒として有機物が合成されると考えられ、そこから生命体が発生し、この環境を構築した事は理解できる。


 ――しかし、疑問なのが、あのクリスタルの存在だ。


 あの意志を持っているかの様なクリスタルは何だ。

 何かの意志を持ち、意図的に我々を目標に、攻撃を仕掛けてきた。

 しかし、あのクリスタルと同じような何かは、この空間には存在していない。ここに生息している生命たちは、我々の地球環境とほぼ同じような生態系を構築している生命体ばかりだ。


 ウォールトンは顔を上げ、マットマイヤーを見ると、その疑問を彼らに問いかけてみた。


「マット、マイヤー、お前達はどう思う。この小さな空間緑の楽園と、あのクリスタルの関係について」


 すると、二人は、ウォールトンのグレアリング・アイを見つめ、声を合わせながら話し出した。


「この惑星は、かつて様々な環境が存在しミニマル・セルに分かれた、」


「コロニーの惑星です」



 かつて、その惑星系には、恒星の熱に焼かれる巨大な惑星が存在していた。

 その惑星は、その大きさから、様々な環境が点在し、全てを焼き尽くす灼熱の地帯から、宇宙に熱を奪われる極寒の地帯が存在し、その地下には、マントルから絶え間なく鉱物資源が供給され、対流する気体と共に、様々な化学反応が絶え間なく繰り返される、


神々の実験場ラウンドロビン(Round robin)であった。


 惑星内部では、多くの物質が生み出され、地域による環境の変化により、特色が異なる地帯が数多く存在し、有機物が生成されやすい、惑星地下の中間層に位置する温和な地域では、多くの生命体が発生していた。

 その多くは、豊富な二酸化炭素や水素を摂取し、一部の地域ではそこから酸素と水が生成されていたが、赤く躍動する神々の実験場ラウンドロビンでは、その存在は稀であり、地中奥深くにしみ込んだ、氷がその存在を保存し、ほんの僅かに溶け出した酸素が、小さな空間緑の楽園を生み出していた。



「…この惑星ほしは様々な環境が存在した、コロニーの惑星であり、神々の実験場ラウンドロビンであった」


「そして、惑星直列による、神々の審問コスモゴニー(Cosmogony)が訪れると、惑星の大半を占めていた層が吹き飛び」


「一部のカーボンと、極僅かな環境たちが残った…」



――神々の実験場ラウンドロビンに残された、最後の楽園か



 ウォールトンは何とも言えぬ複雑な思いと、宇宙という壮大な実験の結果、この惑星や、地球で生ける何かが存在しているのだと考えると、自分たちの希少性や、その存在の小ささを改めて感じ、月と地球環境を失ってしまった、人間の業の深さと、贖罪を強く感じていた。


 そして、もう一つの疑問である、マットの足元で光るクリスタルに目を向けた時、

ふと何か弾ける感覚が、ウォールトンを貫いた。


―――!


神々の審問コスモゴニーを通過した物が… いる!




――{ ※※ムゥ




” アヌとキナ ! ”

 突然、ウォールトンの中に、あの美しかった故郷と、キナガムゥと呼んだ、巨樹が思い起こされ、

それと共に、不思議な言葉が意識の中に広がった。



アヌの民アヌナガ、ナン!




…   そう…




…   わたしは…




…   アヌナガの ナン





ゴゴゴゴゴ…

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