第5話 つかない既読。

この日からメッセージはほぼ湖西凛にのみ送っていた。この頃には湖西凛は「あ!今日も池端通信だ!ありがとう!」と言って俺からのメッセージを池端通信と呼んでいた。

湖西凛にのみ送っている話をしたら「きっと池端通信を待っていた人達が慌ててると思うよ」と言ってくれて、それを証明するように出向いた地元の集まりで「最近メッセージくれないじゃん。辞めちゃったの?」と言われた。


それをすぐに湖西凛に伝えると「ほらね。皆池端通信が当たり前にあると思うから油断してたんだよ。既読無視の人たちは返事を怠っていた事を後悔してるね」と返ってきた。

湖西凛の報告に嬉しい気持ちになりながら「まあそのうち送るかも知れないけど今はいいかな」と言って子猫の写真を湖西凛にだけ送った。


昔、子猫を送ったら「俺、犬派だから猫やめてよ」と返ってきてから何となく猫は撮れなかった。


「うわぁ、子猫可愛い」

「可愛いよね。久しぶりに子猫撮ったよ」


「久しぶり?」

「うん。池端通信の受信者に猫嫌いが居て怒られたんだ」


「何だそれ?そう言う声の大きなクレーマーは無視してさ、私猫も犬も好きだよ。好きな写真送ってね」

「ありがとう」



もう毎日が楽しくて仕方なかった。

湖西凛も同じ気持ちだったと思いたい。


毎週のように週末は乗り換え駅で合流して車で送る。


「バスの最終の時間過ぎると怪しまれるからあまり遅くなれなくてごめんね」

そう謝られてもなんの苦もない。


「いいよ。何も嫌じゃない。さっきファミレスで撮ったカプチーノの写真も良かったし楽しかったよ。ありがとう湖西さん」

「本当?良かったよ」


だがそんな幸せは長く続かない。


湖西凛は仕事中に貧血で倒れて救急車で運ばれる。

そうなると親に連絡が行く。

親はいい加減働くなら地元で働きなさいと言い、湖西凛は周りに迷惑をかけられないとして転職をした。


転職先は小さな町工場の事務仕事。

湖西凛に言わせると、いい人ばかりで、電車を使わず徒歩でも通えて通勤時間も大幅短縮で、不満は近所に飲食店はなくて外食ランチが全部お父さんとお揃いのお母さんお弁当になった事、それと帰りに俺と待ち合わせが出来なくなった事だった。


お陰で中々会う機会が減ってしまう。

代わりに土日のランチは出掛けられるようになったのでそれはそれだがやはりあの仕事帰りの疲れた時に偶然会えて夜の闇を車で走るあの感じが恋しかった。



微妙な距離だがしっかりと繋がっているまま夏が近づいてきた。


「うわー、憂鬱」

そう入ってきた湖西凛のメッセージは「お父さんの実家で法事、遠いから泊まりだし電波悪いから池端通信が途切れる」と入ってきた。


「まあ、溜まっても見れるから。こっちもその間に何か仕入れるから期待していて」

「うん。楽しみにしてるよ」



だがその後、花を送ろうが猫を送ろうが犬を送ろうが、ちょっと見かけた酔っ払いの話を送ろうが湖西凛のメッセージに既読の文字はつかなかった。


冷静に考えればその法事に行ったのかも知れない。


だが大概は数日前に話があってこの日から2日留守にする等の流れになる。


しかも話の始まりは木曜日だった。

この場合、法事は土日だろう。

だが土日を前にして、そして土日を後にしても既読は付かなかった。


湖西凛に何かあったのか?

湖西凛も止まり木から飛び立ったのか?


堪らなく不安になった。

今までメッセージを配信していた連中が既読無視になり遂には既読すらつかなくなってもこんなに不安になったことはなかった。



もう気付けば水曜日だった。

仕事帰りに電車の中で湖西凛とのトークルームを見ると8件の未読がある。


せめて既読がついて欲しい。


無事を知りたい。


そう思った瞬間、一斉に既読が付いた。


「えっ!?」


電車の中なのに声が出た。

震える手でスマホを見ているとすぐに湖西凛のメッセージが入ってくる。


「うわー、やっと帰ってこれた」

「あれ?既読がすぐ着いた。おーい、ただいまー。いまから溜まった池端通信見るね」


俺は堪らなくなり「今から会いに行かせてください。会えるなら3分でもいいんです」そう言って家路に着くと着替えもせずに車に乗り込んで湖西凛の家の側へと向かう。


あえて返信は見なかった。

ようやくいつも湖西凛を下ろすコンビニに着いてスマホを見ると「え?今?すごくラフな格好なんだけど…」「あれ?既読つかない。本気で向かってきてる?」「もう、突然どうしたの?」「コンビニ着いたら言ってね」とあって、その後は池端通信に丁寧にコメントを入れてくれていた。


コンビニに着いた旨を連絡する。

すぐにTシャツジーンズ姿の湖西凛はやってきて「どうしたの?もしかして既読つかなくて心配になったのかなぁぁぁ!?」と言う。


「なぁぁぁ!?」の所で俺は感極まって抱き締めていた。


「池端さん!?ここ近所!ご近所様に見られちゃう!」

「ごめんなさい。でも我慢出来ません」


がっしりと抱きしめてホールドをしたまま離そうとしない俺に「えぇ?寂しかったの?」と聞いてくる湖西凛に「はい」と返す俺。


「もう。急に出掛けてごめんね。私もいきなりだったんだよ。とりあえずコンビニにずっと車を停めるのはダメだから何処か行こうよ。池端さんご飯は?」

「それ所ではなくって飛んできました」


「えぇ?そんなに?」

「そんなに」


話しながらラーメン屋を目指す。

なんとなく俺達はラーメン屋の仲になっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る