第3話 再会。
湖西凛とのメッセージはその日から結構続いた。
道端の花の写真、電車の中で居眠りをする酔っ払いの話、綺麗な雲と夕日の写真なんかも沢山送ったがキチンと返事をくれたのは湖西凛だけだった。
ある日、メッセージアプリに受信通知が来ていた。
それは湖西凛で「お話よろしい?」と書かれていて「どうぞ」と返すと「池端さんは素敵な人ですね」と来た。
「初めて言われました」
「あれ?そうなんですか?写真とか文章とか色んなものをくれるし、そういうのって色んなアンテナを張っていないと無理だから素敵だなと思いました」
そういえば湖西凛は俺の年齢を聞いてから敬語に切り替えようとしていて最初の時とは話し振りが変わっている。
「初めて言われました」
「私に送ったようにメッセージを他の人にも送るんですか?」
「ええ、それが趣味みたいなものです」
「他にはどんな人に送るんですか?」
「職場に居た人や辞めていくバイトさん、後は学校なんかで会っていた古い友人や同級生ですね」
「そうなんですね。皆喜びますよね」
喜ばないだろう。
喜ぶのは初めだけ、こんなに長く返信をくれたのは湖西凛だけだ。
「いや、皆既読無視で最近は既読も付かない人もいるよ」
「勿体ない」
こうして始まった会話から湖西凛は俺のことを「止まり木」と名前を付けた。
「皆、池端さんに慣れて当たり前になっているんですよ」
「池端さんはリアクションを返さずに素敵なものを見せちゃうから当たり前にされるんです」
「美味しい木の実がなっている止まり木と一緒で鳥達はお腹が空いて疲れた時だけ休みに来るんです」
それは自分でも感じていた。
でも対価を求められるような人間ではない。
だからこそ俺は既読無視が増えると新しいフレンドを探して登録した。
湖西凛は欲しい言葉をくれた。
その日から湖西凛の返信のためだけに色々なものを探して送っていた。
ある日また湖西凛から受信通知があった。
何かと思い見てみると「真ん中の車両に池端さん居た気がする」と書かれていた。
今電車に乗っている。
「え?19時05分発の?」
「あ、やっぱり。今日は私も残業なしなんで早い電車に乗りました。ラッキーです」
ラッキーです。
この言葉の意味を真剣に考えてしまう。
そして普段ならしない行動に出た。
「もし良ければ次で降りて乗り換えない?」
手は震えた。
喉がカラカラになった。
たったこの一文が長く感じたし、返信が待ち遠しかった。
「いいよ。エスカレーター上がった所にいますから探してください」
電車の中なのにあわや声が出そうになった。
そして足早にエスカレーターに乗ると後ろからクスクスと笑う声が聞こえてきた。
久しぶり過ぎて本当にこの声だったか怪しかったが振り向くとそこには湖西凛が居た。
「え?あれ?」
「こんばんは。同じ車両だったんだよ」
「え?」
一気に焦る。
あの拙いスマホ操作や返事がきた時の顔を見られていたかもしれない。
「待たせないように早歩きなんて優しいね」
「あ…、うん。今日はなんか肌寒いから倒れたらと思ったらね」
「優しいですね」
「ありがとう。それで…さ、よかったら送って行くから乗らない?」
「ありがとうございます。つい甘えたくなっていいよと送りました」
そう言って笑う湖西凛の顔を見る。
キチンと見るのは初めてかもしれない。
前は貧血で辛そうと言うイメージしか無かったし、メッセージアプリのアイコンも当たり障りのないトマトの写真だった。
まあ俺も当たり障りのない雲の写真だったりする。
そして普通列車は混んでいてまた今回も知り合いならくっ付いていろと言わんばかりに押されてしまう。
「ごめんね」
「私こそごめんなさい」
2人で顔を見合わせて照れてしまう。
「散々連絡してるから身近な人なのに顔を見るのは久し振りで照れてます」
「俺も、連絡だけなら3日前もしたのに」
3日前に送ったのは通勤中に見かけた表面の商品見本が何もない自販機で、それだけなら前にも見かけたが、この日の自動販売機は中も空いていて何も入っていなかった。
「ふふ、あの自販機よく見つけるね」
「あの空っぽの自販機には驚いたよ。撤去するのかな?」
「珍しいものが見られました」
「それは良かった」
そして駅で降りると湖西凛はまた「やっぱり駅徒歩で帰れる家は明るいし賑やかだなぁ」と言って歩く。
「2回目でも道が全然わからない」
「それはそうだよ。こっちだよ」
少し歩くと湖西凛が「あの…、池端さんのやりたい事とかなんとなくわかるよ」と言ってきた。
「やりたい事?」
「うん。SNSとかではなく池端さんとの繋がり、TVの中やSNSのおもしろ映像じゃなくて池端さん発信で、それを見た人に好きなコメントを返して欲しいんだなって思えた。それってすごく素敵な事だなってこの3ヶ月で実感した」
それは確かに自分の中にあった事だった。
それを湖西凛が言葉にしてくれた。
たまらなく嬉しかった。
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