第三章 輪廻の先に

第14話 輪廻転生

 もう夜を迎えた頃だが、空はまだ少し明るい。

 夕焼けの橙黄色に包まれているのは、イタリア軍の駐屯地だ。

 駐屯地のまわりには、街が発展しており、とても賑わっている。

 その入り口で警備をしているひとりの若者がいて、とても退屈そうにしている。

 昨日18歳になったその若者は、前世、フーリンというオーズの英雄であった。 

 背後で砂利が擦れる音がして、フーリンは背筋に力が入った。

 フーリンは振り返る。

 「大佐」

 後ろから来たのは、僕が所属している隊の大佐だった。

 「今日も見張りの警備か」

 とても鼻につく臭いがした。酒だろうか。たしかに先程から、騒がしくはなっていた。

 明日の戦に向けて、兵士たちは街の人から酒が振る舞われていた。

 「僕は遠慮しておきます」

 「今日もか。構わず飲めばいいのに。我が王と同じだな」

 王とはこの国の最高権力者、エヌマリオ一世のことだ。

 明日開戦となる戦いは、隣国フランスと長期にわたる戦いの最終局面であった。フーリンももう何度も出陣している。

 前世からはそう長くは経っていないはずなのに、フーリンが知る世界とは全く違っていた。

 おそらく、オーズは小国であったため、隣国であるフランスに取り込まれている。

 「大佐はなぜこちらに」

 「おまえと話したいことがあってよ」

 「話したいこと?」

 大佐は門の壁に寄りかかる。

 「おまえの出身はここよりもっと北だろ。なぜここにいる。なぜ兵士をやっている」

 「僕はここにいるべきなんだと。兵士をやるべきなんだと、本能がそう言っているような感じがしたので私はここにきました」

 「家族は・・・・・、いやそれを聞くのは野暮だな」

 大佐はなにか言いかけて、やめた。

 「まぁ、おまえには兵士の素質がある。この前の戦いで、何人殺ったんだ。数え切れねえ」

 僕は自分の責務を全うするだけ、兵士としてのやるべきことを。

 「でも、おまえの動きには一つ疑問点があるんだ。まるで、目の前の敵の動きが全部見れているような未来が見えてるようなそんな動きをしやがる。だって、おまえほとんど相手の攻撃食らったことないだろ。おまえの動きは俊敏すぎる」

 彼の言うことは、正しい。ビンゴだ。

 前世の記憶とともに、神から授かった不完全な未来透視の能力も引き継いでいた。敵と相対すると相手の少し先の未来まで見える。前世の最初と比べだいぶ劣化しているが、変わらずすごい能力だ。

 未来透視のおかげで今のところこの人生においての苦労はない。

 「まぁ、未来なんて見えるわけねぇけどな!」

 大佐は酔ってるせいか、大声で笑い、僕の肩を掴む。

 「今日は飲むぞー!ほら、飲め!」

 「じゃあ、一杯だけいただきます」

 久しぶりに酒を口にする。

 「美味しい。久しぶりだからかな」

 「おう。そうか!やっぱ、おまえは人だ。俺は思い込みすぎだった」

 「え?」

 「いや、もしかしたらおまえは古くから伝わる勇者かなんかなのかなって思ってしまってたが、違うみたいだ。話してみて、俺の本能がそう言ってるよ」

 「人ですよ。立派な」

 前世で何があったって、前世の記憶があったって、僕は人間だ。

 大佐は微笑む。

 「好きな女がいたことはあるか?」

 大佐が不意に聞いてきた。

 好きな女、その言葉を聞いた時一気にあの時の思いが押し寄せ、心が押しつぶされそうになる。

 「いました」

 「今はもう会えねえのか?」

 「はい」

 「なんて名前なんだ」

 フーリンは噛み締めるようにその名を呼ぶ。

 「・・・・・サーランです」

 「いい名前だな。どこの名だ?」

 「オーズです」

 「そうか」

 大佐はさらに質問を重ねる。

 「いくつだ?」

 「18。僕と同じです」

 「彼女の魅力はなんだ?」

 「美しく伸びる黒髪に目鼻立ちがはっきりしている顔。出会った時は静かに感じたけど、すぐ打ち解けて、とてもおしゃべりでした。

 「とてもかわいらしい子だったんだな」

 「はい」

 「おまえの話し方から見るにその子のことがとても好きで、忘れられないんだな」

 「はい。ずっと記憶に残り続ける忘れられない、忘れてはいけないそんな人です」

 そう口にした途端、サーランとの記憶が滝のように頭に流れてきた。そして、次第にサーランの顔が脳に浮かびあがった。

 「・・・・・・・・・」

 気づいたら僕は涙が溢れていた。止まらないほどに溢れた。

 「どうした。そんなになのか」

 大佐は驚いたように聞く。

 


  ・・・・・メジアへ行った。

 


 3年前、メジアへ向かった。

 サーランはきっと、絶対にいる。

 僕と同じく生まれ変わると信じて。

 彼女は必ずメジアに行って、言葉を紙に書けるように勉強して、歌をもっと多くの人に伝えるはず。そして、僕を待っている。

 そう一回思ったら、そうとしか思えなくなり、体は勝手に動いていた。

 しかし、その思いは虚しく、メジアに着いたものの、サーランの姿はどこにもなかった。

 街中の人たち、歌人、詩人、おとなからこどもまで手当たり次第に、「あなたはサーランか」と尋ねて回った。来る日も来る日も毎日。僕の姿もサーランの姿も変わっていると考えると、そのようにしていくほかなかった。

 そう言い続けて2ヶ月ほど経った頃、ふと思ったことがあった。

 人は生まれ変わることはあるのだろうかと。

 生まれ変わるのは僕だけではないのだろうか。前世の記憶なんて、持っているのも僕だけなのではないか。

 そもそも生まれ変わるという概念は存在しないのではないだろうか。

 日が過ぎれば過ぎるほどに、生まれ変わったサーランはいない。メジアにも、この世のどこにも。そんな気しかしてこなくなってしまった。

 ある日、気持ちはプツンとちぎれ、フーリンはメジアを去った。

 そこから、街々をあてもなくたどり続け、結局ここイタリアに戻ってきた。そして、兵士になった。僕には戦うほか向いていないのだ。

 「・・・・大佐」

 フーリンは尋ねる。

 「人は生まれ変わると思いますか」

 なぜか、大佐に聞きたくなった。自分の心の拠り所を探しているのかもしれない。

 「いわゆる輪廻転生というやつだな」

 大佐はつぶやく。

 「死んだら生まれ変わる、か。不思議な話だが、俺はあると思うぜ」

 「おまえは必ず会えると思うぞ。生まれ変わったサーランとよ」

 その言葉ひとつで心の中に感じていた絶望感がフッと和らいだ気がした。

 会いたいな。

 サーランに会いたい。

 そう思ったとき、突然。

 フーリンの心臓は、鼓動を止めた。

 





 次に生まれ変わったとき、フーリンは空を飛んでいた。

 見える景色は今までとは全く違くて、爽快だった。

 しかし、周りのものがすごく大きく感じられた。

 そのとき、視界が消え、意識は消失した。


 おそらく、何か小さい虫にでも生まれ変わり、鳥かなにかにすぐ食べられてしまったのだろう。

 そう前の人生を思い出しているフーリンは、土の中に眠るじゃがいもだった。

 が、程なく収穫され、お湯の中にぶち込まれ、その生も幕を閉じた。


 色々な生き物になって、動物になって、水の中でも暮らして、そしてまた人間となり兵士として戦いまくった。


 驚くほどの人生を繰り返し生まれ変わる中で、時代はどんどん進んでいく。

 古代だった時代はもう中世まで時が進んだ。

 その間、何度も何度も生まれ変わることに、嫌気がさすことは何回もあったが、フーリンはそれでも信じ続けた。あの時の大佐の言葉を。

 必ず会える。生まれ変わったサーランと。

 それが彼の心の支えだった。

 

 人であってもそうでなくても、彼は信じ続けた。

 その中で、あるひとつの光が僕の人生を照らした。

 僕はある時王家に生まれた。

 そこには僕にとって大事な、思いがけない出会いが待っていた。


 

 

 

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