第12話 生きて会いたい

 洞窟の中はもはや闇そのものである。

 内部はこの世のものとは思えないほどの有様だった。

 異臭とともにいつのものか分からない人骨の山。壁は茶褐色に薄汚れ、地面は水浸し。洞窟のわずかな穴の隙間から差す光に反射している。

 もう近くにドラゴンはいる。そんな感じがしてきた。

 生きて帰る。そう自分に言い聞かせて、足を進ませる。

 辺りは冷たく、空気が薄くなってきている。

 その時、突如、ドラゴンが現れた。

 フーリンは身構える。洞窟の中で戦うのは危険すぎる。

 いや、違う。これは、絵だ。壁画だ。

 辺り一面に見たこともないほどの大きなドラゴンの絵が描かれている。

 これが伝説のドラゴンなのだろうか。

 誰がこんな絵をここにいつ。なんの目的で。

 まさか今ここに人がいるのか。

 フーリンは辺りを見回すが人がいるような気配はなかった。

 これは想像で描かれたものなのか、誰かが見て描いたものなのか。いつの時代のものなのか。フーリンには全く想像がつかない。

 しかし、標的にだんだんと近づいているのに変わりはなかった。

 緊張感が増す。

 フーリンはさらに深淵へと進む。

 地面の水が晴れる。急に場所が変わったように。

 少し進むと、光が目の前に飛び込んできた。洞窟の出口のようだ。

 外に抜ける。

 と、ともに戦いの予感がした。

       もう始まると。



 その先に、奴はいた。

 ドラゴンは眠っている。

 デカすぎる。翼を閉じて、体を小さくさせても、大木の高さと変わりない。

 顔から尾まで体長100メートル。いやそれ以上。そして、体全身に埋め込まれた、硬質な鱗が見る者に恐怖を植え付ける。後ろに伸びる、もはや石の塊のような脚は戦う前から絶望さえ感じる。今までの魔物らとは比べ物にならない。

 「・・・・・・・」

 言葉が出ない。

 フーリンは泣いていた。

 死ぬ。そう思った瞬間涙が止まらない。

 怖い。

 今日まで、数々の死線を超えてきた。何度も死にかけた。でも、死ぬのが怖いとは一度も思ったことがなかった。

 どうして。今になって。覚悟も決めてきたはずなのに。でも、本当は死にたくないから。

 動かない。動けない。

 そのとき、ドラゴンが眠りから覚め、雄叫びをあげる。

 その声は、山に反芻し、響き渡る。

 雄叫びだけで、体の奥を抉ってくる。

 そして、大きな眼はこちらを向き、フーリンの姿を捉える。

 フーリンはオーラを纏い、不完全な未来透視の力を使い、臨戦態勢をとる。

 その瞬間、ドラゴンは炎を放った。

 フーリンはぎりぎり交わし、横っ飛びする。

 一瞬前までいたそこは火の海と化した。

 横っ飛びの反動で体を一回転させ、体勢を立て直す。

 20メートル。

 未来透視がなければ防ぎきれなかった。

 ドラゴンは巨体を立ち上げ、唸りをあげる。

 爆風のようなドラゴンの唸りはフーリンを襲う。

 「・・・・・・」

 何も聞こえない。

 はじめての感覚。右の聴覚が奪われた。

 まずい。

 ドラゴンは関係なしに、腹の底まで響く地響きを立てて、こちらへ走ってくる。

 フーリンは構えた。

 体からオーラが迸る。いつもの何倍も輝く。

 やるしかない。

 「神速-豪」

 一瞬で走ってくるドラゴンの裏に回り込み、繰り出す。渾身の技を。

 「秘技-竜殺一閃」

 ザクッ。

 傷は入ったものの、秘技を持ってしてもドラゴンの体を両断するに至らない。

 目の前から蹴りが飛んでくる。

 スレスレでかわす。

 幸い、ドラゴンの攻撃は未来透視で確認できるため、避けることは可能だ。それでも、毎回ぎりぎりになる。この能力がなかったと思うとゾッとする。

 体勢を立て直し、次の攻撃に備えて構える。

 ドラゴンは上空に飛び立つ。

 もはや光線の速さで。

 あの巨体でこのスピード。脳がドラゴンの動きについていけない。

 来ると分かった。未来が見えた。

 だが、ドラゴンの動きはフーリンが避けるスピードを上回った。

 遅れた。そう思った時には、体は壁に叩きつけられていた。

 グシャッ。

 左腕が潰れた。鈍い音とともに。

 「うっ、、、、、、」

 遅れて激痛がやってくる。骨がズタズタになっている。

 ドラゴンは休みなしにこちらに向かってくる。

 もう終わり。死。そう思った。

 でも、、、、、、。

 死にたくない、、、なぜ、死を恐れる?

 生きたいから、、、なぜ、そう思う?

 だって、、、。

 フーリンは立ち上がる。少し動かすだけで、左手は雷が落ちたような感覚に陥る。

 しかし、走る。ドラゴンに向かって。

 体は限界を迎える。痛い。力が入らない。痛い。絶望を覚えるこの状況に、勝機はあるのか。

 フーリンは走った。

 痛み。そんなものは、もう。

 諦めるわけには。運命を変えるって誓ったんだ。

 


 なぜ、そう思う?

 だって、、、

   サーランに生きて会いたいからだ!!!

   ともに生きると誓ったからだ!!!

 


 動け、動け、僕。フーリン動け!!!おまえの力は今ここで使うためにあるんだ!!!

 

 サーランを思うと、力はいくらでも湧いてきた。痛みも絶望も運命だって、すべてを乗り越えられると思った。

 

 刹那  

 見えた。あいつを倒す勝機と未来が!!!

 この一撃にすべてをかける。

 フーリンは心を燃やす。

 そのとき、覇竜のオーラは竜の化身となり、フーリンはオーラと一心同体になった。その時、奥底に眠る真の力が解放される。

 ドラゴンは本能で、炎を吐いた。

 紅蓮の如きフーリンは炎さへも自分に取り込んだ。

 フーリンは飛び上がり、炎の矢となる。

 「神奥義 覇竜拳-極-」

 ドラゴンに向かって一直線になる。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 ドラゴンの心臓に剣が突き刺さる。最後の力を振り絞って、押し切る。

 「ああああああああああっっ、あああ!!」

 ドラゴンの心臓をフーリンは突き破った。

 心臓を撃ち抜かれたドラゴンは死に際に最後の雄叫びをあげ、その場に倒れ込んだ。

 「・・・・・・っ、・・・・くっ、、、、」

 伝説のドラゴンを討伐したフーリンは地面に倒れ込む。

 フーリンはドラゴンを倒し、運命に打ち勝ち、生き延びた。

 




 昔から一つの言い伝えがある。

 覇竜の戦士がドラゴンを倒した後も、生き延びるたった唯一の方法。

 それは、人を愛すこと。愛する気持ちがあること。愛する人がこの世に存在していること。

  



 

    これからなにが起こるのか。

   このときフーリンはまだ知らない。

 





 

 

 

 

 

 

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