第11話 明るい未来
雨が降り出した。
朝であるのに、大きな雨雲が辺りを暗闇の森に変えている。
フーリンとサーランはゆっくりと歩みを進める。
「フーリン様」
フードを目元まで被ったサーランが、静かに言う。
「あなたが死んでも、友だちの私はあなたを絶対に忘れない。そして、メジアで書くの。あなたと私の歌を。歴史に残すの」
サーランの顔は自信と覚悟に満ちているように見えた。
だから、フーリンは静かに頷くだけ。サーランを絶対にメジアへ送り届ける。フーリンもその時自分に誓った。
あなたを絶対に忘れない
この言葉に不思議と安心感を感じた。僕が死んでも、サーランは生き続ける。
でもこの時思った。死にたくない、と。初めて。
山を抜けると、今まで見たことないほどの岩壁が目の前に現れた。辺りには霧が立ち込め、ふたりの間に緊張感が走る。
「ふぅーーーーー」
サーランが大きく深呼吸する。
「着いちゃったね」
「メジアではなくドラゴンの住む山に着いてしまったぞ」
「そう。ドラゴンの住む山着いちゃったけど、ここを下ればほんとにメジアがある。登れば、ドラゴンの巣窟でしょ」
ここが僕らふたりの終着点なのか。
さっき自分に誓ったばっかなのに、それは叶わないのか。ここで別れる。そんな。
「勇者たる者、戦場に一度足を踏み入れたら、そこから離れることは許されない。だから、メジアまで送り届けることができない」
「私は大丈夫だよ。下るだけだから」
そうは言うものの、ふたり共踏み出す一歩が出ない。ここで別れるのが正しい選択だとわかっていながら、まだ離れたくないという思いが踏み出す一歩の邪魔をする。
そのとき。
雨がいきなり、強くなった。
「雨がしのげるあの洞窟まで行こう」
サーランは嬉しそうにこちらを見つめる。
「うん」
今までないほどの笑顔だった。
フーリンは手を差し伸べる。
サーランはぎゅっと、その手を握った。
雨が小降りになっても、ふたりは離れなかった。互いの顔を見つめ、話し、ふれあうこと。そのなんでもないことが、幸せで止められなかった。
しかし、無常にも時はあっという間に過ぎ去る。
「ねぇ」
サーランがつぶやく。
「ドラゴン倒したらさ、フーリン様もメジアに来てよ」
フーリンは彼女の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
ドラゴンを倒したらーーその先の夢ある未来の話をしてる。
フーリンは死ぬというのに。
「メジアで私は文字を学ぶの。そしてあなたは、友だちをいっぱい作って、いっぱい遊ぶの」
あなたが死んでも忘れないと、言った時のような覚悟を決めた顔を浮かばせている。
「だから、あなたは死なないの」
瞳には涙が浮かび、声は震えている。
「それが私たちの未来なの。死ぬなんて言わないで」
サーランの思いが押し寄せて、フーリンの心が揺さぶられる。
ドラゴンを倒し、共に死ぬ。フーリンの運命はそれしかない。それで、いいと思っていた。
でも。
サーランが描く未来は、眩き、美しい。
メジアはきっと素晴らしい国なのだろう。彼女は文字を学び、私は友だちを作る。なんて、明るい未来なんだ。
「行きたいんだよ。一緒に」
サーランは頬をフーリンの胸に押しつける。
彼女への愛しさが溢れて止まらない。
フーリンは彼女を強く、強く抱きしめた。
「だからこれが最後であってはならないんだよ」
サーランが口をひらく。
「絶対に生きる。また会える。これが最後だなんて言わせない」
これはふたりが今、口にできる精いっぱいの愛の言葉だった。
ふたりは、名残惜しくもそっと離れる。
「死なないで。きっと、生きて会うの。フーリン」
「必ず生きる。運命なんて変えてやる」
僕らの明るい未来に向かって。
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