第9話 ソルジタ
「フーリン様、言葉を紙に記すことはできる?」」
旅立ったときからサーランはとめどなく話しかけてくる。おしゃべりが好きらしい。
「言葉を紙に?そんなことができるのか?」
「いいえ、私にはできません。でも、それをできる人はいるの。だから、私もできるようになりたいの」
こんなくだけた調子でサーランは話す。兵士である私にとって、初めてのことだったが悪い気はせず、とても新鮮だった。
そして、たまに見せる彼女の微笑みは私をも笑顔にしてくれた。
「それは、誰でもできるようになるものなのか?」
「勉強すればね。でも、オーズでは、学べない。あの国を出たかった。だから、フーリン様についてきたの」
「国に残っている家族は?友人は?歌の仲間たちはどうする?心配しないのか?」
サーランは少し、沈黙した後、こう答えた。
「私には、、、家族も友人も仲間もいないの。だから、いいの、、、」
返答に困る返事だ。なんて返すのが正解なのだろうか。
彼女に言葉をかけるよりも早く、サーランは言葉を続ける。
「この山を越えた道の先に、私のやりたいことを学べる国があるの。そこに行きたい」
フーリンは目の前に見える山々を見つめる。
「それでは、そこまで無事に送り届けなくてはならないな」
「よろしくね。フーリン様」
サーランはまた、ニコッと顔を緩ませる。
「任せてくれ」
僕の任務が1つ増えた。
彼女はこの戦いで僕が死ぬのだということは多分聞かされてない。
よかった。1人にさせることはなくなった。新たな仲間の元へ。必ず。
「あー、太陽が出てきた!」
会話が終わると共に眩しい光が雲から顔を覗かせた。
「フーリン様のために歌う!」
そう言ったあと、彼女は背負っている袋から何かを取り出す。何かの食べ物のようだ。そして、それを口に入れる。
「ん〜、やっぱ美味しい」
「なんなんだ。それは」
「これ?勇者様知らないの?パンだよパン」
「パン?知らないな」
パンというものがこの国にあるという事実さえ知らなかった。
「歌う前に必ず食べるの。好きなんだ。元気が出るんだよ!」
サーランはとても無邪気にそのパンとやらを頬張っている。
「あ〜美味しかった。じゃ、聞いててね」
サーランの顔つきが変わる。
とても優しいソプラノの声が響き渡る。
彼女は楽器を使わない。声自体が楽器と思わせてくれるような、そんな感じがした。
フーリンは彼女の歌声に耳を傾けながら、まだまだ続く道を進む。
「花も1人で生きてるんだね」
サーランは歌の途中で、一輪に咲く花を見つけて、花にむかって話し始めた。
「1人で咲いて寂しくないの?」
「ソルジタ」
フーリンはそう言いながら、サーランの元へ近づく。
「それは一個体ずつ、単体で咲く花だ。元々、一輪なんだよ」
「詳しいね。でも、1人ってやっぱ寂しいよ」
その言葉はサーランの心からの声のようだった。やはり、1人は辛いものだ。
サーランはまた演奏を始める。先程よりも力を込めている感じがした。
その時、ふと、こんなことを思った。
(歌ってすばらしい。この先、何年経ったとしても、歌だけは語り継がれていくべき文化なのだ、と。)
すると、まるで心を見透かしているかのようにサーランは言う。
「やっぱり、歌ってこれからも残していくべきものなんだと思う。そのために、言葉を紙に記すことが必要なんだよ」
僕らは互いに見つめあった。
その瞬間、あの時の神が遥か上空に浮かんでこちらを見ているような気がした。
目線を空に移す。
「どうしたの?」
サーランも空を見上げる。とても不思議そうにしている。
「なにかいた?」
「いや、、、。なにもいないよ」
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