第4話 まだ生きている
よろしくね、という短いメッセージと、一つのスタンプで最初のやりとりをしたトーク画面を美月は見つめていた。
ベッドに横たわり、スマホをずっと握りしめている。
特になにをするわけでもないのに。ただ画面を見つめる。こんなことは今までなかった。
彼が過去から来た秘密を知った。
この秘密を打ち明けられたという特別感に気持ちが昂る。
生きていてほしい。奇跡のようなことなんだよ。そう言われたときを思い出すと、心が熱くなる。彼が言ってた好きな子ってどんな人だったんだろうか。なぜか、夜の森の中が頭に浮かんだ。
美月は未だに彼のメッセージを見つめている。
どうしようもないこの気持ちの答えに気づくことはまだできていなかった。
学校の屋上。また、告白された。
しかし、この人は今までと違う。私を好きだという気持ちは1ミリもないようなのだ。
誰でもヤらせてくれるという噂を聞きつけて、きたのだろうか。
美月は初めて戸惑った。なんだろう。この感覚は。
体に変な力が入る。
そう思った時には、もう唇が重なっていた。
どうでもいい。
はずだったのに、全身が震える。
どんな時だって。
前も、その前も。
心が揺さぶられることはなかったのに。
唇と唇の粘膜が絡まる感覚がなんとも気持ち悪い。吐息までがすべて。
胸に重さがかかる。揉まれる。激しく。
瞬間 一点のなにかが弾けたような気がした。
彼を突き飛ばす。
美月はその場を飛び出した。
「どうしたの!!!」
学校の階段を駆け下り、外へ出る。
校門前の信号で止まる。
彼は追ってこない。
けれど、美月は本能で走り続けた。そうした方がよい気がした。
止まらずにどこまでも。
どこかを目指して走っているかのように。
バックに入っているスマホを取り出す。
そうしなければならないという風に電話をかける。
その時、美月はわかった。なぜ、走り続けていたのかを。
呼出音が鳴り止むのを待つのに2秒もかからなかった。
繋がる。
「久利くんっ!!!」
自分でもびっくりするほどの声で叫んでいた。
「久利くん、今どこにいるの?」
考えるよりも早く言葉が走る。
「なにかあったんだね」
すべてを悟っているかのような声がした。
「いや、なにもないよ。なにもない、けどっ」
けど、会いたいのだ。今すぐに。
早く行きたい。久利くんの元へ。
「自分でもどうしていいのかわからない。けど、、、今すぐ会いたいの!久利くんに会いたいの!」
この言葉を口にした時、美月の中で何かが突き抜けた。
その時、久利くんの姿が前方に見えた。
美月は笑っていた。そして、自然に涙が溢れ出てきた。
涙を流すのは、いつぶりだっただろう。
最後の力を振り絞って、彼の元へ急ぐ。
久利くんも駆け寄ってきた。
2人の距離がゼロになった時、美月は抱きついていた。彼の厚い胸板が頬にあたる。
どうして、こんなにも久利くんはあたたかいのだろうか。
「僕の未来視でもなにがあったのか完璧にはわからない。でも、何かあったってことだけはわかる。ほんとうになにもなかったの?」
そう声をかけられた時、さっきの記憶が鮮明に蘇る。
彼から離れる。
「石川さん、、、、?」
汚れている。汚れてしまっている。
自分はもうすでに。
今までなんとも思っていなかったことが、後悔として、心に降り注いできた。
今までの人生をどうでもよいと投げ捨てて生きてきてしまったこと。
「大丈夫?」
優しく声をかけてくる。
「どうしてだろうって、、、」
溢れている涙がさらに溢れる。
「今日までをどうして、どうでもいいって投げ出して生きてきちゃったんだろうって」
言葉がどんどん溢れ出す。
「でも、久利くんがいるから、、、今、こうして後悔が滝のように押し寄せてきて、、、」
美月は濡れた瞳で彼を見つめる。
「でも、、、今とてもうれしいの」
美月は今思うありのままを口にする。
「まだ、私もこんなふうになれたんだって。こんなふうに思えたんだって。なにもかもがどうでもよくなって。でも、それは辛くて、悲しくて。どうすればいいかわかんなくて。それでも、私は、、、私の心は、まだ、、、、生きていたんだって、、、、、、、」
自然に笑みがこぼれる。今の思いを彼に。
「私、久利くんが好きだよ」
これが本当の恋なのだと思えた気がした。
なぜだろう。
それを聞いた久利くんの目に、大粒の涙が滲んでいる。
溢れ落ちる。
「なんで久利くんが泣くの?」
なにも言わずに抱きしめられた。
嬉しさと驚きでいっぱいになる。
「僕も、好きだ」
久利くんの優しい声は私を包み込み、今、世界が私を中心に回っているような気にさせてくれた。
体が離れ、心が揺れる。
キスされた。
彼との口づけは、今までとは全く違う。
目に見えるやわらかな景色に吸い込まれていくような。
そんな心地がした。
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