第3話 本当の恋

 人に抱かれるとこんなにもあたたかいものなのだろうか。

 雨が降っているのにも関わらず、そう感じたのだ。

 美月は目を閉じた。

 今この瞬間を噛みしめるかのように。

 体育館横。庇があるところで2人並んで雨宿りをしている。

 久利くんはなにも言わずに降りしきる雨を見つめている。

 「どうして」

 美月は問いかけた。

 「どうしてあそこにいたの」

 彼は未だにただ一点を見つめている。

 「ラグビーの授業見てたよ。すごい動きした後にわざと走るスピード緩めたでしょ。」

 「なんだ。見てたんだ」

 「うん」

 彼はとくに焦る様子を見せることなく、いつもの調子でいる。

 「おかしいよね」

 止まない雨の音が沈黙に色をつける。

 「僕ね」

 彼は淡々と続ける。

 「過去から来てるんだ」

 かこからきてる。思いもよらない言葉に脳内での言葉の変換に時間がかかる。

 「・・・過去?」

 「詳しく説明すると過去っていうか、初めて生まれた時から記憶を全て失わずに、今も生きているというか・・・・・」

 「そうなんだ」

 普通ならば、信じられない話だが、不思議と久利くんが今話したことはほんとうのことなんだと思うことができた。

 「あと、僕自身以外の少し先の未来が見える。だから、僕がなにをすればいいかわかるんだ」

 「だから、体育の授業のときも私が死のうとしたときもあんなことができたの?」

 「うん。いいことばかりじゃないけどね」

 「すごいね。それ」

 久利くんの話はすっと頭に入ってくる。

 「この話信じるの?」

 「うん。信じる」

 誰もいない2人だけのこの空間はなにか特別な場所であるかのように感じた。

 「それって辛いことなの?」

 美月は呟くように言う。

 「うん。でも、それが僕の運命だからさ」

 「どのくらい生きたの?なにをやってきたの?」

 「数えるのも辛いや。いろんなことした。すべてがどうでもよくなるぐらいにね」

 「・・・そういうもんなんだ」

 彼の髪から膨らんだ雫が落ちようとしている。

 「私も人生どうでもよくなって、死のうとしちゃったんだ」

 「疲れたの?」

 「なにをする気にもなれないの。だから、もういっかな、って」

 「でも、僕は石川さんに生きていてほしいよ」

 なんでだろう。この言葉は久利くんの心からの声であるような気がした。生きていてほしいという言葉にとても力を感じる。うまくは言えないけれど。すごく。

 「死んじゃったらさ、もう会えないよ。石川さんと僕は」

 「そうだね」

 「僕らがここで出会えたのは奇跡のようなことなんだよ」

 たしかにそうだ。

 久利くんはにこやかに笑みを浮かべこちらを向いている。

 「だからさ、強く生きようよ」

 どうして彼はこんなにもあたたかい言葉をかけてくれるのだろうか。

 自分の中で消えかけていたロウソクの日をパッと灯してくれるような。そんな心地がする。

 「久利くんは本当の恋したことある?」

 無意識のうちにそんなことを彼に問いかけていた。

 どうしてなのかはわからない。

 「本当の恋?」

 「その人のことがどうしようもなく好きで、なにがあっても絶対に守りたい、ずっとそばにいたい。そんな風に思える恋」

 「あるよ」

 彼はなにの迷いもなく答えた。

 「どんな人なの?」

 「いつも元気で」

 彼はなにかを思い出すように話し始める。

 「おしゃべりと音楽がすきで、誰にでも優しくて、どこかに出かけるのがとても好きだった」

 「あと、パンが好き」

 話す彼を見ているだけで、その人のことがとても好きだったんだということが伝わってきた。

 「私と真逆だね」

 「そうか」

 少し、胸がキュッとなる。

 「でも、パンが好きってとこは同じ」

 「そうなんだ」

 彼はポケットに手を入れる。

 「石川さん」

 不意に名前を呼ばれたため、少し驚いた。

 「LINE交換しようよ。また、なんかあったらLINEでもいいし、相談してよ」

 彼のLINE画面がなにか特別なものであるように感じた。

 「うん。そうする」


 体育館横の下水道は雨の影響でものすごい勢いで流れている。

 だが、雨はもう止んでいた。


 空が晴れる。

 私の心のように。

 




 

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