物足りない

 俺の自宅となった昔の貴族の広大な敷地の一角で、クレアと組み手をしている。俺は木剣を持ちクレアは聖剣エクスカリバーを手にしている。


 俺とクレアのレベル差では武器にそれくらいの差があっても全く問題ない。


 とはいえ、今やクレアもそこいらの冒険者では相手にならないほどの剣の腕前だ。ダンジョンの深い階層でレベル上げをしていることもあり、神器を持ったらAランク冒険者ですら勝てるものは少ないだろう。


 そんなクレアが本気で神器を振るうので、マユに結界を張ってもらい、余波で周囲が壊れないようにしてもらっている。


「はぁ!」


 クレアは可愛く気合のこもった掛け声と同時に、剣を上段から振り下ろす。


 俺はその攻撃を難なく木剣で受け止め、そのまま押し返すように力を込める。すると、クレアは後ろへと跳んで間合いを取る。


 クレアは魔装術で素早く動きながら、エクスカリバーを巧みに操り斬撃を飛ばす。俺がその一つ一つをグロージャベリンで相殺すると、閃光によって目を開けていられなくなる。


 目を閉じていても、クレアの波動は感じられるので動きは手に取るように分かる。


 それはクレアも同じようで、一気に間合いを詰めエクスカリバーによる横薙ぎの一閃。


 俺はそれを木剣に込める魔装術を強めて弾く。さらに下段からクレアの喉元へと木剣を寸止めすると「参りました」と降参した。息を上げている彼女に俺はセイグリッドヒールを掛ける。


「クレアも随分強くなったなぁ」


「はい! これも全てカイト様のおかげです!」


 そう言って元気に笑顔を向けるクレア。そこへフィリスが神槍グングニルを持って、俺に声を掛ける。


「次は私の番だね!」


「次はクレアとフィリス二人同時にやろうか」


「むぅ、それはちょっと馬鹿にしてない?」


 頬っぺたを膨らませて抗議するフィリス。


「なら、先に俺に一撃を入れた方と今夜は二人きりで過ごそうかなー?」


「やります!!」「やるわ!!」


 気合の入った返事をするクレアとフィリス。チョロいな。まあ、そういうところも可愛いんだけどさ。


 俺が「どこからでもかかっておいで」と微笑むと、二人の美少女は力強く踏み込んで俺に向かってくる。神器を手に必死で攻撃を仕掛けるが……、微温い……。


 二人の攻撃をかいくぐり隙を見つけて神聖魔法を通わせた木剣で打つと、二人とも地面に転がった。二人は魔装術を使っているので、この程度で怪我はしないはずだが、女の子に暴力を振るっているみたいで心苦しいな。


「参りました」「参った」


 俺は倒れたまま降参する二人に、手を差し伸べて起こした。


 ノエルの剣は苛烈で、俺がどれだけ必死になっても数手凌ぐことさえ難しかった。もちろん、クレアとフィリスにそれを求めるのは無理がある。それでも俺は……。


 精神世界でのノエルとの修行を思い出していると、マユの視線を感じる。俺の心を見透かすようだ。


「最近のカイトって、なんか物足りなさそうにしてない?」


 物足りない? そんな訳ない。


 マユ、クレア、フィリス、アイリ。最高に可愛い恋人たちと毎日イチャついているし、美少女メイドのレイナの作る食事はとても美味しい。そのうえ、だれもが羨むような豪邸に住んでいる。


 心底楽しく暮らしているんだ。幸せに決まっている。


「こんなに可愛い子に囲まれて、物足りない訳ないよ!」


「ホントに?」


 マユに目をじっと見つめられて、つい後ずさりしてしまった。


「今日の稽古はここまでにしよう。ちょっと一人にして……」


 俺は一人屋敷に戻りバルコニーへと向かった。広々としたバルコニーに設置されている豪華な装飾の施された椅子に座って一人空を見上げる。


 あの時見たノエルの姿と、人の域を超越したかのような剣技が俺の脳裏に浮かんでくる。


「ノエルにまた会いたいなぁ」


 不意に言葉を漏らすと、頭の中で笑い声が聞こえる。


「カイト、もしかして私に惚れた?」


「あぁ、そうかもね。ノエルとまたやり合ってみたい」


「ヤりたいヤりたいだけでは、女の子はヤらせてくれないよ」


 ならどうすればいいのか詳しく指導願いたいものだが、今はそれよりも知りたいことがある。


「もう一度精神世界で会えない?」


「あれはもう無理かな……」


 その答えに俺はガックリと肩を落とす。自然と深いため息が漏れる。するとノエルは意外なことを言い出した。


「でも現実で会えばいいんじゃない?」


 俺は思わず立ち上がり声を上げる。


「そんなことできるのか!?」


「できるよ。私の魂と精神はスキル”物知りさん”としてカイトの魂にインストールされているけど、体は別のところに封印されているの。だからそこに行って封印を破って、カイトが私の体に触れれば、あとは私が自力で自分の体に戻るよ」


「体が封印されている?」


「そ、私の体はアルパリス王国の神域のダンジョンの51階層に封印されているよ。そこまで行って私を復活させてくれれば、カイトの望み通り私に会うことができるけど」


「前から思っていたけど、ノエルって何者なの?」


「勇者」


「はぁっ!?」


「20年前に魔王を討伐した勇者って私だよ。元は日本ってところで生まれ育ったんだけど、病死してこの世界に勇者として転生したんだ」


「へー、ノエルって俺と同郷だったんだね。いや、それも驚きだけど、何で勇者が体を封印されて、魂と精神がスキルとして俺の中にいるんだよ?」


「その辺の事情は話すと長くなるから、ザックリ説明するね。22年前、人類最強の能力と勇者としての使命を与えられてこの世界に転生してきた私は、2年かけて魔王を討伐した」 


 うん、すごくザックリ。


「でもね、魔王の正体は人間だったの。それも自分と同じ転生者だった。死の間際の魔王は自分が女神から与えられた役割を教えてくれたわ」


「役割?」


「この世界をかき回して、勇者を殺せって。その役目を果たしたら元の世界に戻してくれる約束だったらしいの」


「なんで女神さまが、そんなことを転生者にさせたんだ?」


「暇つぶし。要は娯楽だね。魔王は凶悪なチートスキルでモンスターの軍勢を操り多くの人を殺した。でも本当の害悪は、魔王じゃなくて女神フォルトゥナだったんだよ。この世界の人々の為にと必死になって戦った私は、女神の娯楽の駒に過ぎなかったんだ」


「でね、腹が立ったから女神を殺そうと思って、天界に単身乗り込んで戦いを挑んだんだ。でも、あと一歩のところで敗北して、肉体と魂魄に分離されて封印されちゃった」


 ノエルは俺の頭の中で明るい口調で語ってはいるが……。内容は重いな。


「その20年後、記憶を封印されて上で、ありとあらゆる事象が記録されている神の英知そのものである”ラプラスの記録”へのアクセス権を与えられカイトの魂にインストールされたんだよ」


「それからはカイトのスキル”物知りさん”としてラプラスの記録を見ながら助言していたんだけど、あるとき自分の存在に疑問を持って自分のことを調べたんだ。それがきっかけで、最近記憶が戻ったの」


「そうだったのか……」


「どうする? 私が復活したらカイトがしたがってる、あんな事やこんな事ができるかもよ?」


「行くに決まってるだろ!!」




 * * *




 恋人たちとテーブルを囲んで夕食をとっている。


 俺は四人の顔を順に見る。女の子に会うためにアルパリス王国まで行きたい、とかちょっと言いにくいな。するとマユと目が合い俺は思わず逸らしてしまう。


 マユは全てお見通しのようで俺に促す。


「私はカイトのやりたいことを手伝うって言っているでしょ。次は何がしたいのかきちんと言って欲しいな」


 マユの一言で、俺は意を決してノエルのことをみんなに話した。




「……要するに、カイトの中にいる物知りさんって言うチートスキルの正体が可愛い女の子で、その子の事も好きになったから、復活させるためにアルパリス王国に行きたいってこと?」


 マユの問いに俺が「うん」と頷くと、四人は一斉にため息をついた。クレアは涙目でプルプル震えている。


「他の女の為だとしても、私はカイト様のしたいことを手伝いますぅ……」


 フィリスもアイリも呆れ顔でそろって息を吐く。


「やれやれだね、どうせ止めたって無駄でしょ? ならついて行くよ」


「怒る気も失せるわ。全く、カイトは……」


 マユの表情からは怒ったり悲しんだりといった感情はうかがえない。ただ落ち着いている。


「私もカイトが好きだって言う子を、この目で見てみたい」


「みんな、ありがとう」


 こうして、俺達はアルパリス王国へと旅立つことを決めたのだった。


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