故郷1
カイトと別行動しているマユの視点。
「カイト様、行ってしまいましたね」
クレアは力なく肩を落として深く息を吐いた。
「カイトだから仕方ないでしょ。落ち込んでいても仕方ないから、買い物に付き合って」
「ええ、それはいいんですけど、マユ様の故郷に行くのでは?」
「その前に、ちょっと買いたいものがあるの」
市場に行って大量の食糧を買い込み、マジックバッグに収納していく。クレアはそれを見て不思議そうにしている。
「こんなにたくさん買ってどうするんですか?」
「明日になれば分かるよ。今日はのんびり買い物をしよ。クレアも欲しい物があったら言ってね」
「はい……」
私達は二人で市場を巡りながら必要なものを購入した。
* * *
そして次の日、クレアと二人でゆったりと出発の準備をして街の外に出る。
私は光球で自身とクレアを包み込み、高速移動の魔法を使用して生まれ育った村まで飛んだ。
「ついたわよ。ここが私の故郷のカソカ村」
「ここがマユ様の生まれ育った村なんですね。早速ご両親に会いに行かれるんですか?」
「父も母ももうこの世にはいないわ」
「そうですか……」
村に戻ってきたといっても、家族に会いに来たわけじゃない。両親は私が幼いころに流行り病で亡くなっているもの。
村の中を歩きながら、私は懐かしい風景を見つめる。ああ……ここは変わっていないなぁ……。
二人並んで歩いていると、ガラの悪い男に絡まれている女性を見かけた。
「なぁ、いいだろ? 俺と遊ぼうぜ? 領主様の兵士である俺の誘いを断ったりしねぇよなぁ?」
「いえ……ですから私はこれから用事があって……」
男は顔を赤くして、足元はふらついている。こんな時間から酔っぱらっているようね。関わりたくはないけど、放っておくこともできない。
クレアに視線を向けると、不快感をあらわにしてその男を見ている。
「マユ様。切り捨てますか?」
「カイトだって人を殺すのは避けていたでしょ? 悪人だからってむやみに殺しちゃだめだよ」
「分かりました」
クレアはそう返事をすると、つかつかと男に歩み寄る。
「そこのあなた! その人は嫌がっているでしょ!? やめなさい!!」
男は振り向き、クレアを舐めるような視線で見ると、いやらしい笑みを浮かべる。
「うひょ。いい女だなぁ。あんたが俺の相手をしてくれるのか?」
「ええ、私が相手になります。ライトボール!!」
光球がクレアの手のひらから撃ち出され、男の腹部に命中しその場に倒れ込む。絡まれていた女性は小走りで逃げて行った。男は腹を抑えながら立ち上がりクレアを睨む。
「てめぇ……。領主様の兵士であるこの俺様に……」
クレアは構わず再び手のひらを男に向ける。
「ライトボール」
今度は顔面に命中し、軽く飛ばされて仰向けで倒れた。藻掻きながらもどうにか起き上がった男はクレアを睨むが、クレアも負けずに睨み返す。
「まだやりますか?」
「くそっ!! 覚えていやがれ!」
お約束の捨て台詞を残して、よろめきながらもその場を走り去って行った。
「あなたのような人、覚えていたくありません!」
クレアはフンッと鼻息荒く言い放つと、私の元に駆け寄ってきた。
「マユ様。行きましょう」
「うん。お疲れ様」
* * *
さて、気を取り直して再び歩き、村の中央付近にある教会に行く。老朽化した建物だが、隅々まで手入れは行き届いている。中に入ると礼拝堂がありその奥には祭壇があった。私が二年前、村を飛び出した時と何も変わらない様子だった。
中にいた老齢の神父様とシスターの二人が、私の姿を見るとすぐに駆け寄ってきた。神父様は私を見て優しく微笑む。
「マユ、久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「はい、おかげさまで。神父様もお変わりないようで安心しました」
神父様は視線を巡らせると、表情を曇らせる。
「ザッコス、モブーラ、ヨワーネはもしや……」
私の隣にクレアしかいないので、三人の身を案じているのね。
「いえ、三人とも元気です。私はあの三人とは別の人とやっていくことになったので」
「そうですか……それなら良かった。では、そちらの方とパーティー組んでいるのですね」
神父様の視線が私の横に立っているクレアに移る。
「初めまして、神父様。私はクレアと申します。よろしくお願いします!」
元気に挨拶して、にこっと笑うクレア。
「彼女は頼りになる仲間です。それと、今は別行動していますが、とても頼りになる人とも出会えました」
「そうですか。それは良かったですね」
穏やかに微笑む神父様とシスター。
二人は孤児となった私の面倒を見てくれた。ザッコス、モブーラ、ヨワーネも私と同じ境遇でここの世話になっていた。
二人は神聖魔法が使えるので、治癒魔法で村人の怪我や病を癒し、村人からの寄付で生計を立てていた。とはいえ、強力な魔法は使えないので救えない命も多かった。今の私の力があれば……、そんなことを思っても仕方がないのだけれど。
「それで今日は何用でここへ?」
「お世話になったお返しに」
私はマジックバッグから封筒を取り出し、神父様に手渡した。神父様はそれを受け取ると中身を確認する。
「ありがたいですが、こんな大金は受け取れませんよ」
「今の私ならこの程度すぐに稼げます。気にせず受け取ってください。今も多くの子供たちの面倒を見ていますよね?」
そのとき、入口のドアがバン! と乱暴に開いて、八人のガラの悪い男が礼拝堂に入ってきた。先ほどの男が仲間を呼んできたのか。
「その金は俺様によこせ! さっきの慰謝料として受け取ってやる!」
私は彼らの言葉に返答することもなく神聖魔法発動させ全身を覆い、攻撃的な波動を放ち威圧した。
男たちは顔を引きつらせて後ずさる。そのうちの一人の男が拳を握りしめて、殴りかかってきた。
「女二人にびびってられるか!」
しかし、私の展開する魔法障壁に阻まれて、近づくことさえできない。
「私はレベル54のBランク冒険者。あなた達が束になってかかってきても、指一本触れることさえできない。それでもやると言うなら、全力で叩き潰すわ」
「なっ!? レベル54? Bランク!?」「やべぇ、俺等より強ェぞ」
動揺する男達に向かって、私はより攻撃的な波動を叩きつけた。
「これ以上騒ぐようなら容赦しないわよ? 今すぐ立ち去りなさい」
「くそっ!! 覚えていやがれ!」
本日二回目の捨て台詞を吐いて、男達は逃げて行った。神父様は驚いた表情を浮かべている。
「マユ、強くなったのですね」
「いえ、私なんてまだまだです。それよりもあいつら、領主の兵士とか言っていましたが?」
私の言葉に、今まで穏やかだった神父様の表情が険しくなった。
「彼らは、この辺りを治めている領主様の私兵です。ひと月前に伯爵様が代替わりしてから、ああいった輩がうろつくようになりました」
「代替わり?」
「ええ、新たにダナウェル伯爵家当主となった長男のヨックバル様は、兵士を多く雇って領地の村々から略奪まがいのことをしているのです」
クレアから怒りを伴った波動が立ち昇る。
「クレア、腹立たしいのは分かるけど、抑えてね」
「すいません、つい……」
クレアはふうと息を吐いて、漏れ出す波動を抑えた。
悪徳領主か、放っては置けないな。でも今すぐにできることは無いか。それよりも……。
「神父様。お金は受け取ってください。私がお世話になったのは事実です。子供たちの為に使って欲しいです」
神父様は少し迷ったあと、封筒を受け取った。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
* * *
日が落ちて夕食の時間になる。私はマジックバックに入れて大量に持ってきた食事を孤児たちに振る舞った。
元気に食事をとる子供たちの姿を見て、神父様は嬉しそうだった。
「マユ、食事まで頂いてしまって……。ありがとうございます」
「いいえ、これくらいのこと、気にしないで下さい」
「……子供たちの未来を考えると、今の領主様のやり方には不安を感じてしまいます」
神父様はそう呟くと、子供たちに視線を向けて続ける。
「次男のフィリップ様は賢く領民からの人望もあります。もしフィリップ様が領主となられていたのならば……。いえ、今の言葉は忘れてください」
* * *
その夜、私とクレアは教会内の空いている部屋に泊めてもらった。部屋は一人用なのかベッドは一つだ。私はクレアとそのベッドに横になる。
「ねぇクレア。カイトだったらどうするかな?」
「悪徳領主の事ですか? きっとカイト様ならお仕置きしに行くと思います!」
「女の子が絡んでなかったら、見過ごしそうじゃない?」
「それは……。でも、マユ様や私に手を出そうとしたら、きっと怒って暴れると思います!」
「そうだよね……」
このまま何事もなければ、放っておこう。もし、私たちにちょっかいを出すようならその時は……。
そんなことを考えながら、眠りについたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます