売ってくれ
日が暮れる前にヨクア村へ帰ってきた。家に入るとアイリは腰に短剣を装着する為のベルトを外しながら振り向く。
「二人ともお腹空いてるでしょ? 夕食の準備してくるね」
そのままキッチンへ向かおうとしたので「俺も手伝うよ」と声をかけた。
「いいよ、カイトも疲れたでしょ? 座って待ってて」
「アイリとごはん作るのは楽しいから手伝わせて」
アイリは「ならお願い」と嬉しそうに微笑む。
俺とアイリは夕食の準備をする為にキッチンへと向かった。
二人でキッチンに立ち、手分けして料理を作っている。時折視線を感じるのでアイリを見ると、目が合いそのたびに微笑んでくれる。昨日と同様でなんかいい雰囲気だ。でも、オウデルさんに邪魔されるだろうから、イチャつくのはぐっと我慢する。
ほどなくして料理も出来上がり、オウデルさんを呼んで夕食にする。
食事をしていると、湖のダンジョンの話題になるが、二人は俺を褒めちぎるのでなんだかこそばゆい。
「それにしてもカイトの倒したクラゲのモンスターが落としたコアはでかかったのぅ。きっと高く売れるぞ」
「明日はアーリキタの街に行って、今日持って帰ってきたコアを換金して来ますね」
「わしは留守番しとるから二人で街まで行ってくるといい」
というわけで、明日はアイリと二人でアーリキタの街に行き、コアを換金してくることになった。
* * *
その夜、アイリと濃厚に肌を重ねたあとでアイリは俺の腕の中で呟く。
「私、カイトについて行きたいけど、力不足だよね?」
「心配しないで。俺と一緒に来たらすぐに強くなれるよ」
「でも、他のメンバーの人たちはどう思うかな?」
「それも大丈夫! きっと歓迎してくれるよ」
「うん……」
俺の胸に額を押し当てているのでアイリの表情は分からなかったが、言葉は弱々しいように感じた。
* * *
翌朝、俺とアイリはオウデルさんに見送られアーリキタの街に出発した。
街に着くと、まずは冒険者ギルドへと向かって、昨日入手したコアを換金した。あのクラゲの大きいコアは高値が付いたようで他の雑魚モンスターのコアと合わせて1800万イェンにもなった。
「お金どうしよっか? アイリにはずっと世話になっていたし、オウデルさんにはあんな立派な剣も貰ってるからな……。全部アイリの取り分でいいけど」
「そんなわけにはいかないよ。クラゲのモンスターはカイトが倒したんだし。それに、私はカイトと一緒に行くつもりだから全部カイトが持ていて」
「うーん、なら一旦俺が持ってるよ。そうだ、オウデルさんにお酒でも買っていこうか」
「そうね。私も父さんにはレベル上げに付き合ってもらったし、お礼したいな」
ノエル、いい酒店ある?
「案内するよ」
ノエルの案内でセレブっぽい雰囲気の酒店に入る。オウデルさんの喜びそうなお酒ってどれ?
「あそこのブランデーとかどう?」
ノエルの指示したボトル一本500万イェンのお酒を買った。喜んでくれるといいが。
用事はすんだが、せっかくアイリと二人きりで街をデートしているのだから、次はアイリの服でも買いに行くか。
「アイリ、服とか見て行かない?」
「うん! 行く!」
その後もしばらく二人で買い物をして楽しんだ。そうこうしているうちに昼になったのでテンプーレ亭で昼食をとることにした。食事しているとアイリは何やら真面目な顔つきになる。
「私、もっと強くなりたい」
「レベルは俺達と一緒にダンジョンの深い階層でモンスターを狩っていれば上がるし、慌てることはないと思うけど」
「でも、何かしないと不安で……」
「なら、神聖魔法を習得する? 俺が教えるよ」
アイリは困ったような表情で首を横に振る。
「神聖魔法は私には無理だよ」
やっぱりアイリも、神聖魔法の習得には生まれつきの才能が必要だと思っているのかな。
「神器を使っていると、神聖魔法が使えるようになるよ」
半信半疑といった表情のアイリに、神器と神聖魔法のことを説明した。俺の先生スキルで教えればきっとアイリも神聖魔法を使えるようになるはず。
「冒険者ギルドの訓練場でちょっと練習していこう」
俺が誘うとアイリは力強く頷いた。
冒険者ギルドの敷地に入り訓練場に到着すると、俺はアイリに神弓タスラムを取り出すように指示をする。アイリは神弓タスラムをマジックバッグから取り出して手に持った。
神弓タスラムも魔弓フォールドと同じく使用者の魔力を収束して矢を生成するタイプの弓だ。練習用の的に向けて撃ったらきっと大惨事になるだろう。
「ちょっと空に向かって撃ってみて」
アイリは頷いて神弓タスラムを引き絞り、生成された光る矢を空へ向かって放つ。「ドン!」と衝撃を伴う音と同時に光が一直線に天へと昇る。
大きな音と目が眩むほどの光に周囲の人の視線を集めてしまった。これはまずいかな? アイリも驚いたようで目をパチパチとまばたいている。
「目立ちすぎるから、おとなしく瞑想しようか」
「そ、そうね。この弓の波動を感じるように意識を集中するのね?」
アイリはベンチに座り、神弓タスラムを膝の上に置いて瞑想を始めた。
一時間ほどやったがアイリはまだ実戦でこの弓を使っていないし、いきなり今日神聖魔法が使えるようにはならないだろう。それでも慌てる必要は全くない。
「今日はこれくらいにしようか。あまり遅くなるとオウデルさんが心配するよ」
「でも……」
「アイリなら、慌てなくてもきっとすぐに出来るようになるって」
アイリはなにか言いたそうだったが、俺の言うことを素直に聞いて神弓タスラムをマジックバッグにしまった。
ヨクア村へ帰るために、訓練場から出て街の外に向かい大通りを歩いている。
あれ? 五人の男が付いてきてるな。波動の感じからするとレベル40~50ってところか。ノエル、つけられてるよね?
「神弓タスラム狙いだね。五人ともBランク冒険者。街の外に出て人気がなくなったら奪うつもりだよ。カイトに危険はないけどアイリが狙われると怪我させられるかもよ」
やっぱりかー、どうしよっかなー。とりあえずアイリが慌てないように状況説明しないとな。
「アイリ、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、Bランク冒険者五人につけられてる。神弓タスラムを奪うつもりだよ」
「えっ……」
「心配しないで。あんなの何人いても俺の敵じゃないよ。アイリは俺から離れずにいてね」
「ええ……」
外壁のゲートから出て、アイリと手をつないで街道を歩いている。街から離れて森に入ったところで、男たちが近寄り声をかけてきた。
「そこの色男、ちょっと待てよ」
おっ、ようやく来たか。意外と慎重だな。用件は分かっているけど、俺は振り向いて声を掛けてきた男に問う。
「なんか用?」
「さっき凄い弓を持っていただろ? 俺達が有効に使ってやるから売ってくれないか? ホラ100万イェンだ」
一人が札束を見せつけるように差し出すと、他の四人は俺を囲うように立った。
「100万ねぇ……。安くない? 大体、売ってくれとか言いながらなんで武器もって囲ってるんだよ? こんなことしてるのが冒険者ギルドにばれたら、あんたらも困るだろ」
「心配するな。冒険者ギルドには野盗に襲われているカップルを助けようとしたが、不幸にも間に合わなかったと報告しておいてやるよ」
うわークズだね……。
俺一人だったら一気に魔法で拘束するけど、俺の隙をついてアイリに攻撃されると嫌だから、作戦は命を大事にで行くか。アイリを抱きよせて魔装術を発動しアイリごと神聖魔法で覆う。
俺が魔装術を発動させると同時に、男たちは属性魔法を次々と打ってきた。
レベル差もあるし、俺の魔装術を破れそうな威力は無い。でも、また来られても面倒なので、しっかりと力の差を見せて心をへし折っておくか。
「グロージャベリン」
一人の男の足元へ向けて光の槍を撃つ。正面足元に着弾すると、炸裂し男を跳ね飛ばした。地面に叩きつけられたそいつは、ぐったりとして動かない。波動からは死んでいないことが分かるが、しばらくは立ち上がれないだろう。
一人が剣を抜いて斬りかかって来たので、神聖魔法を込めた拳で振り下ろされる剣を殴りへし折る。あんぐりと口を開けて驚いているそいつの腹に拳を当てて行動不能にした。
二人が容易く俺に行動不能にされたのを見て、残った三人は怖気ずいたのか、武器を構えながらも引きつった顔で後退る。
レベルはまぁまぁ高いから、もう少しできるのかと思ったけど、たいしたことないな。
「チェーンバインド」
光の鎖が残りの三人を絡めとり、転倒してもがいている。
強盗とはいえ殺すのも気分が悪いし、今から冒険者ギルドに報告に行くのも面倒なのでこのまま放っておくか。
「アイリ、怪我はない?」
「ええ、平気よ。カイトの魔法に包まれているとき、とっても熱くて力強くて……なんかドキドキした」
アイリは顔を紅潮させてうっとりとしている。うわ、可愛い。ここで押し倒しそうになったが、転がっている男たちが視界に入ったので我に返った。
「さ、早く帰ろう」
「うん」
俺とアイリは手を繋いで、ヨクア村へと歩きだした。
* * *
ヨクア村の丸太小屋に到着した。日も傾きあたりは薄暗くなっている。
「「ただいまー」」
「おかえり」
ドアを開けると、オウデルさんが笑顔で迎えてくれた。
お土産のお酒をオウデルさんに見せると、とても喜んでくれた。買って来た甲斐があったというものだ。
三人で夕食をとりつつ、アイリが今日あったことを話すと、オウデルさんは酒を上機嫌で飲みながら豪快に笑う。
「そんなことがあったのか。カイトから強盗しようとするなんて運の悪い奴らじゃ!」
運が悪いのは強盗にあった俺達の方では? と思ったが一緒になって笑っておいた。
* * *
夕食をすまし風呂に入ってからアイリの部屋に入ると、アイリが飛びついてきた。
「カイトの魔法に包まれてから、体中が火照って仕方ないの。早くこの疼きを止めて欲しい……」
アイリは目をトロンとさせて俺に唇を押し付ける。
一気に火が付いた俺達は、今日も遅くまで熱い夜を過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます