鍵っ子少女とタワマン少年、無料のピザが食べたくて……

真暗森

無料のピザが食べたくて……



 30分以内にお届け出来なかった場合、料金は頂きません!学校の帰り、郵便受けからはみ出したピザ屋のチラシにはそんな事が書かれていた。


 姫ちゃんへ、今夜は同伴があります。夕飯はこれで出前でも取ってちょ、女王ママより。。。テーブルには置き手紙と共に少々の現金が置かれていた。


「届くのに30分以上かかれば、ああ……!」


 幸い我が家は配達エリアの1番端っこ、時間は夕時帰宅ラッシュ、住宅街の細道を車がひしめき合い、ピザの遅れる場は整えられている。


 無料のピザが食べたい少女は、早速注文を終えるとチョロまかした夕食代の使い道に舌舐めずりした。


 ピザの配達状況を地図で確認できるトラッカーサービスを食い入るように見詰める。これほどスリル満ちたエンタメは知らない。


 赤いマークが何も無い道で止まるたび、渋滞にハマったなと口角が吊り上がる。


 しかしそうこうする内、半分近い余裕を残してピザは届けられてしまった。


「は~!ざんねーん!お届けタイム、15分13秒!!ま〜たお願いしま〜っす!!!」

「何だそれ!?うっせーわ!!」


 無料のピザが食べたい少女は、リベンジを誓った。


―――


 一晩経っても腹ワタ煮える少女は、学校の授業も上の空でピザのことを考えていた。教師は思案にふける表情を見てまじめに勉強してるなと、はなまるをつける。


 放課後、無ピ食べ少女はリベンジャーになる。まず、職員室に忍び込み配達エリア最端の高層マンション最上階に住む生徒の名前を盗む。


 何の絡みも無い下級生の男子だったが校門横で待ち構え、肩を抱いてもう片手で急所を握り、恐喝いろめを使うと後輩君の迎えの外車へ一緒に乗り込んだ。


 お坊っちゃまにステキなガールフレンドが、と悪意を知らずに涙ぐむ運転手さんに聞こえないよう内緒話。


(い、いきなり、何なんですか先輩……!?)

(後輩君さぁ、ピザ食べたくな〜い?)


(やめて下さい!僕にはお抱えの栄養士さんが考えた献立が家で待ってるんです!)

(でも、身体は正直よねぇ?そんな優等生な栄養食より、劣等生なジャンクフードの方が好きなんでしょう??……ほら)


 無ピ食べ少女がピザの魅力を甘く囁くと、後輩君のお腹がはしたなく音を立て、そのあどけない頬を桜色に染めた。


「あら、いい眺めじゃない」


 後輩君家のベランダから天体望遠鏡で憎っくきピザ屋を睨む。


 頭お花畑な後輩君ママがあらあら、まあまあと出してくれたケーキは、別腹なので食べる。後輩君のも食べた。


(なんて、食い意地の悪い女子なんだ!)

「なんか言った?「いえ!」……そんなことより注文よ〜い………今!」


 帰宅ラッシュに加え全ての交差点が赤信号になるよう、算数テストぎりぎり平均の頭で計算して注文を送る。


 望遠鏡でしばらく覗くとチャラくて、ヒョロい、いかにもアルバイトな青年がピザ屋を飛び出し、早速信号に捕まるのが見えた。


「完璧ね、計算通り信号に引っかかって……!?……!??」


 その時、無ピ食べ少女が見たものは、バイクから降りて横断歩道を手押しで渡り、法律的に怪しいショートカットを決めるバイト君であった。


「あのバイトやっべっぞ!おい、プランBだ!やれ!!」


 弾かれたように後輩君がエレベーターに走り、全てを上に上げる。バイト君は初めから階段に直行し、玄関前で息を整える余裕を残して配達を完了した。


―――


 無料のピザが食べたい少女はもう無料のピザが食べたい少女では無い。2日連続、有料のピザを食べさせられ、哀れ心を折られた有料のピザを食べた少女である。


 高飛車な態度はすっかりなりを潜め、それはしおらしく下校していた時だった。


「せ、先輩!たった一回、アレっきりだなんてあんまりですよぉ……」


 一瞬誰だ?と思い、ああ一緒に有料のピザを食べた後輩君かと思い出す。


「ま、またアレ!やって下さいよ〜……有料のピザであれだけ美味しいんです。先輩の言う無料のピザはそれは、それは想像もつかないような美味しさなんでしょう?」

「バカね、ピザ屋は最強よ?諦めなさい。あの日、あなたと有料のピザを食べた帰り、私はピザ屋まで歩いてみたの……」


「そしたらどう?……子供の足でも20分でついたわ」

「えっ、それって?」


「どうあったって30分以内届くという意味よ」

「そんなのってないですよ!詐欺じゃないですか〜〜!!」


 少女がそうねと自嘲気味に笑みを溢すと、後輩君は瞳に涙を浮かべて声を荒げた。


「許せません!どうあったって無料で食べないと気が済みません!!先輩は悔しくないんですか!??」

「やめておきなさい、これ以上、お小遣いを減らす必要はないわ」


「何でですか!先輩は無料のピザが食べる為に一生懸命やって来たじゃないですか!」

「アンタに何が分かるの!!もう、ムリなのよーー!!!あぁあああ!!!」


 後輩君は、走り去る有料のピザを食べた少女の背中を見送ることしか出来なかった。


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