閑話2 詠唱文の分析の5つの視点(対句・倒置・反復・省略・比喩)

 集めてきた詠唱文は基本的にExcelに打ち込んでいます。

 ただ、時期によって分類項目を増やしたり減したりして、まだ統一されていないので時間が空いている時に整理しています。

 すでにアップしている1章は文末表現〔活用形〕に注目したものですが、他にも詠唱文の分析の視点としては、大きく①対句、②倒置、③反復、④省略、⑤比喩の5点があります。1章でも何度か言及してきました。

 せっかくなので、ここでは1章でまだ引用していない作品から詠唱文の例文を挙げておきます。



①対句:漫画版『最強の魔導士。ひざに矢をうけてしまったので田舎の衛兵になる』〔2019年~〕3巻、アルフレッド=リント


 黄天おうてん君臨くんりんせし火の女王じょおう

 地獄をつかさどりし公爵こうしゃく

 聖なるかぎをもって煉獄れんごくもんひらかん

 は太陽 は地の王

 常闇とこやみ劫火ごうかをもってこの世の不浄ふじょう焼灼しょうしゃくせん

 我が名は アルフレッド=リント!



 『最強の魔導士。ひざに矢をうけてしまったので田舎の衛兵になる』〔2017-2020年〕はタイトル通りですが、魔王との戦いでひざに怪我をした主人公が、討伐後の雑務〔英雄だから忙しい〕から逃れるように片田舎に寓して生活していく物語です。 


 対句は見てわかるように、「地獄を~公爵」「其は地の王」を抜いて一文だけでも通じますが、二文になると格調高いものになります。文の骨格や品詞が同じものをまとめていくと対句になります。どういう言葉を対にするかというのは作家の手腕なのでしょう。


②倒置:『ロードス島戦記2 炎の魔神』〔1989年〕レイリア


 自然ならざる不浄の魔物どもよ! マーファの名により命ずる。去れ、正しき住み場所たる冥界の果てへ!



 水野良『ロードス島戦記』〔1988-1993年〕は日本でのファンタジー小説として代表的な作品です。数多くの作品に影響を与えたと言われています。基本的な詠唱文の型も80年代後半から90年代前半にかけて作られていたのではないかなあと思います。

 ロードス島という島で起きる数々の血なまぐさい戦が絶えないのですが、数々の詠唱魔法が描かれています。漫画にもなっていますが、『新ロードス島戦記』〔1998-2006年〕という続編も出ており、2019年に『ロードス島戦記 誓約の宝冠』が刊行されています。


 倒置とは強調だと言われますが、今ひとつわかりにくい効果です。

 小説だと、「かわいいね、服が」だと上げて落とすのは効果的ですが、詠唱の場合、例文のように短めの動詞を持ってきて、後ろに配置された言葉を重々しくするというのがよくあります。


③反復:『BASTARD!!-暗黒の破壊神-』〔1988年~〕ダーク・シュナイダー「ベノン」


 ザーザード ザーザード スクローノー ローノ スーク

 漆黒の闇の底に燃える地獄の業火よ……

 我が剣となりて 敵を滅ぼせ!!

 爆霊地獄ベノン!!!



 『BASTARD!!-暗黒の破壊神-』といえば、詠唱好きの人にはあまり説明は要らないように思いますが、ダーク・シュナイダーという魔道士が大暴れするダークファンタジーです。まだ連載が続いているのですが、2022年6月にアニメにもなりました。

 今の時代において見つめると詠唱文の文言自体は目新しさはないように思うのですが、80年代後半であること、そして画力と「ザーザード……」などの言葉などがその魅力を支えているのかなと思います。この作品も後の作品の詠唱文に影響を与えただろうと思います。


 繰り返し表現はボイス入りのゲームにはあまり見ないように思います。おそらく冗長になるからでしょう。詠唱多めのゲームはRPGですし、レベル上げで何度も戦闘するのに長々しい詠唱はストレスになります。

 逆に文字数に捕らわれない小説や漫画には多く用いられます。


④省略:PS『アークザラッドⅡ』〔1996年〕クルル「天の裁き」


 不浄なるものへの天の裁きを〔与えよ/与えん/与えたまえ/下せ、など〕



 PSの初期のRPGとして『アークザラッド』〔1995年〕が発売されましたが、プレイされた方はわかるかもしれませんが、1はとても短いです。しかし、2は長い。2があっての1です。詠唱文は引用したクルルのこの詠唱と、2の主人公エルクだけしかありません〔短い掛け声などは全キャラあります〕。


⑤比喩:漫画版『賢者の弟子を名乗る賢者』〔2017年~〕ミラ「召喚術:ディーヴァ」


 この声が聞こえたら――

 この想いが届いたら 君は目覚めてくれるだろうか

 その声を聞かせて欲しい その声で歌って欲しい

 鈴のように響く音色をもう一度

 今此処に願う

 【召喚術:ディーヴァ】



 『賢者の弟子を名乗る賢者』はゲームのキャラになってしまった話で、召喚術師として主人公が無双していく話です。詠唱はこの召喚する際に唱えられます。2022年にはアニメにもなりました〔残念ながら評価低いですが〕。

 他にもこういう召喚をしています。たいてい対句表現があります。



 地の底で生まれし黒は 彼方の光に憧れる

 天の底で育ちし白は 遙かな蒼に憧れる

 始まりは鳥 けがれなき蒼穹そうきゅうに波紋を残す

 始まりは夢 輪廻りんねに刻まれし覇者の記憶を呼び起こす

 幾重の時を超えて憧憬どうけい 束ねた翼が夢をまと

 いざ 天空に舞い上がれ 愛しき我が子よ

 【召喚術:皇竜アイゼンファルド】



 比喩にもいろいろあるのですが、一般に比喩とは表現したいAをA以外のBでたとえる表現です。

 「君の瞳はダイヤモンド」は比喩ですが、「ダイヤモンドは君の瞳」とは、なかなか聞かない表現でどこか違和感があります。

 AをBにたとえるということは、このBはたいてい身近なものです。Bが身近でないと、読み手や聞き手には実感できないからです。主人公なり書き手が主観的に把握できる感情のようなものを、その事情や文脈を知らない人に伝えるためには、なるべく普遍的なものでたとえていくことが基本です。「ああ、それね」と了解できるわけです。このあたりは2章で詳説します。

 例文は「BのようにA」ですが、「〔まるで〕~のような〔ように〕」「〔さながら〕~のごとき〔ごとく〕」という言葉があると直喩といい、これらのないもの、たとえば「君は太陽だ」のような表現を隠喩といいます。

 比喩的な表現ですが、詠唱文とは魔法に名を与える隠喩なのでしょう。


 以上の5点は詠唱文を眺めて分析する時に意識している視点です。

 他にも敬語が使われているかどうか、擬音語や擬態語はどうか、韻律は意識されているか、文語的表現かどうか等々、いくつかの視点で眺めています。

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