閑話1 神道系の詠唱、仏教系の詠唱

 一つの記事に多くの分量を割くのは少し煩雑かなと思ったので、本筋から少し離れた話題のものを気軽に読めるように「閑話」として別に説明します。講座の内容と重複するところがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。


 作品の中の詠唱文には、神道の祝詞のりと祓詞はらえことばや仏教、密教の真言〔マントラ。力ある聖なる言葉〕などがあります。実際にはこれに陰陽道や修験道〔山岳信仰〕などがミックスされ、さらに現代風にアレンジされることもあり、何が起源かというのはなかなか言いづらいように思います。


 神は仏で、仏は神でという「神仏習合しんぶつしゅうごう」という思想があります。それぞれの立場から神仏を利用、引用し、時には「捏造ねつぞう」し、それぞれの神仏を位置づけていくということが日本の中世社会では行われていました。こういうことが成立する背景には教典や聖典は関係者以外は容易には見られないこともあり、現在から見れば容易には理解できない論理が多いです。

 似た現象に「本地ほんち垂迹すいじゃくせつ」があり、一口に言えば、神様の「中の人」は実は仏です、という話です。これだと仏教側の論理であり、神と仏とを比べた場合、仏の方が優位です。神は「権現」とも呼ばれますが、「ごん」は「仮」という意味です。「中納言」ではなく「権中納言」というのも仮です。

 また、「反本地垂迹説」というのも出てきて、もうカオスです。まあ、共犯関係と言うべきなのかもしれません。


 「寺社縁起じしゃえんぎ」といって「縁起」、つまりこの寺社がどういう由来で今に到るのかということを述べたものですが、「うちは権威のある神仏と関係があるんだぞ!」という狙いがあったと言われています。より古い神仏と関係を取り結ぶことに留まらず、さらに古い神を創り出していきます。「捏造」と言ったのはそういう意味です。

 『古事記』や『日本書紀』には日本の神話〔「記紀きき神話」〕と呼ばれるものがありますが、中世の時代にはこの神話に登場しない神々を引用〔?〕していき、中世という時代は起源のない神話が宗教のレベルに留まらないほど広がっていたと言われています。この運動を「中世日本紀にほんぎ」と言います。

 これはまた相互に関係し合っているため、日本の宗教史を描くことがきわめて難しいということを意味します。日本古来の宗教と言われている神道も単純に古態そのままではなく、理解できるものではありません。なお、祝詞は平安期成立の『延喜式えんぎしき』の中の祝詞が有名であり、多くの作品の詠唱はこの中の祝詞表現を下敷きにしています。


 さて、小難しい話はこのくらいにして、いくつか実例を挙げておきます〔古典の実例はまた補記します〕。


【引用1】『レンタルマギカ』〔2004-2013年〕葛城みかん・祓え


 はらいたまい、清めたまう。いわまくもあやにかしこきはらえど大神のおおみいずをこいのみまつり、すべてのまがごとつみけがれをはらいのぞかむと、あまつのりとのふとのりとごとのる――


〈振り漢字〔推測です〕〉

 言巻も綾に畏き祓戸大神の大稜威を乞祈み奉り

 全ての悪事罪穢を祓い除かむと天津祝詞の大祝詞ごと宣る。



【引用2】『ありをりはべり』〔2009-2012年〕1巻、藤島須佐・祝詞


 高天原たかあまはらかむまりす すめらむつ かむかむみこともち

 よろづのかみたちかむつどたまひ かむはかはかたまひて

 すめまのみことは とよあしはらの瑞穂みずほのくにを 安国やすくにたいらけく知食しろしめせと

事依ことよさしまつりき さしまつりし国中くぬちに あらぶるかみたち



 三田誠さんだまこと『レンタルマギカ』は魔法使い派遣会社である「アストラル」の社長になった伊庭いつき〔高1〕がいろんな敵と戦っていく物語です。【引用1】は神道の例ですが、ケルト神話や陰陽道など他多数出てきます。アニメ〔2007-2008年〕と漫画〔2006-2009年〕もあります。

 【引用2】はバトル物ではなく、終始穏やかな話で、「見える」人である立花なつめ〔高1〕が身近な神や霊的存在との交流から、現代社会で失われつつある密かな信仰や生活様式に光を当てていって見つめていく話です。

 最近では「見える」系の微笑ましくも怖いバージョンで泉朝樹いずみともき『見える子ちゃん』〔2018年~〕というのがありますね。



 密教の「真言〔陀羅尼だらにとも〕」が使われる小説の例を挙げておきます。サンスクリット語〔梵語ぼんご〕です。


【引用3】『地獄堂霊界通信』〔1994-2005年〕金森てつし


 雷神帝釈天たいしゃくてん帰依きえしたてまつる。来たりて我に力を貸したまえ。

 なうまくさまんだぼだなん いんだらやそわか!



 香月日輪こうづきひのわ〔1963-2014年〕の『妖怪アパートの幽雅な日常』とともに代表作である『地獄堂霊界通信』は、3人の小学生が心霊現象などに立ち向かっていく物語です。読んでいる方もいるかもしれません。小学生が主人公にしてはかなり切ない話もあります。漫画版〔2010-2020年〕もありましたが、『新・地獄堂霊界通信』〔2021年~〕として連載が始まっています。



【引用4】『東京レイヴンズ』〔2010年~〕北斗


 バン、ウン、タラク、キリク、アク!

 五行の理を以て、内なる防壁を破らん!



 あざの耕平『東京レイヴンズ』は現代の陰陽師の話ですが、「高天原たかまがはらあまつ祝詞の太祝詞ふとのりとを持ち加加かかむ呑んでむ。はらえ給い清め給う」「ノウマク・サンマンダ・バサラダン・カン!」など神道、密教由来の詠唱も数多くあります。アニメ〔2013-2014年〕にもなっています。

 「アニヲタWiki〔仮〕」の「呪術の一覧〔東京レイヴンズ〕」に多くの詠唱文があるので御覧になるのもいいと思います。


【引用5】『ゴーストハント』〔2010-2011年〕滝川法生


 オン、ボクケンジンバラウン

 オン、ギャギャナウサンバンバ、バサラコク

 オン、バサラキリタラウン、ジャクウンバンコク



 『十二国記』シリーズの作者でもある小野不由美〔1960年~〕の『ゴーストハント』シリーズは、元「悪霊シリーズ」〔1989-1992年〕の「講談社X文庫ティーンズハート」でしたが、リライトされました〔「悪霊シリーズ」は読んだことないため、どの程度のリライトかは知りません〕。

 主人公が霊能力者たち〔巫女、僧、エクソシスト、霊媒師等〕と協力して怪異現象を解決していくという話で、多くの霊能力者たちが詠唱しています。心霊現象を安易に認めるのではなく、主人公とともに行動するナル〔渋谷一也。ナルシストのナル〕が科学的に突き詰めて考えていくところに面白さがあります。

 主人公、谷山麻衣〔高1〕の一人称の語りで軽くて読みやすい文体と言えますが、悪霊の描写はさすがは『屍鬼』『残穢』の作者と言うべきでしょうか、緩急もあってひしひしひたひたと薄気味悪さを感じさせるものがあります。


 以上、短いですが「閑話」としてこれからもいくつかの作品の詠唱文について見ていきたいと思います。

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