第5話 新星

 今年のアナハイムのスプリングトレーニングに呼ばれたのは、バッテリー合わせて35人だ。

 正確にはピッチャーが31人でキャッチャーが四人。

 この中からロースター入りするのは、ピッチャーが12~13人で、キャッチャーは二人。

 事実上キャッチャーは、残り一つの枠を争うことになる。

 そしてピッチャーは、12~13人と言うが、実質はもう10人ほどは決まっている。

 それでも例年は残り一つの枠を争うところが、今年は二つか三つの枠がある。

 アナハイムがピッチャーの戦力補強を、完了していないということである。


 先発として確定しているのは、直史にレナード、そしてFA移籍してきたボーエン。

 前年の扱いから、ガーネットも試されるだろう。

 他にリッチモンドも、去年は投げていた。

 ウォルソンも先発で投げたことはあったが、基本的にはリリーフで使われるピッチャーだ。

 この六人を選ぶのか、六人から四人ほどを選んで、若手からまた引っ張り出してくるのか。

 既にロートルと言えそうな選手もいれば、若い選手もいる。

 もっとも外国人の年齢は、よく分からない。

 彼らに言わせれば、東洋人の年齢は良く分からない、ということになるのだろうが。


 ウォーミングアップを済ませた直史は、まずキャッチボールから始める。

 組んだ選手はまだ若い。少なくとも自分よりは。

 だが東洋人は若く見えるらしいので、ひょっとしたらあちらも若いと思っているかもしれない。

 もっとも直史は昔から、雰囲気だけは老成したものを持っているのだが。


 フィデル・ゴンザレス。まだ23歳のルーキーだ。

 ゴンザレスはチームに数人いるので、直史は彼をフィデルと記憶することにした。

 大学を中退してMLB入りした彼は、まだ二年目。

 ルーキーシーズンからマイナーで、先発として投げている。

 ルーキーリーグは一瞬で通り過ぎ、飛び級のように一気に2Aまでたどり着いたのが去年。

 そして今年は3Aではなく、いきなりメジャーのキャンプに来ている。


 実力があってもルーキーが、シーズン開幕からメジャーデビューするということは少ない。

 なぜなら単純に、メジャー所属期間を短くして、FAまでの時間を球団が稼ぎたがるからだ。

 実力的には去年、九月にメジャーに上がってきてもおかしくなかった。

 だが去年はスターンバックとヴィエラがいたのだ。

 そのためメジャーの舞台で力を試されることがなかった。


 おそらく今年も、開幕からデビューするかは微妙なところだろう。

 チーム状態や本人の投げっぷりを見て、五月ごろからメジャー昇格か。

 リリーフ陣の顔まで見たところ、おそらくピッチャーの残りは三枠。

 そして一枠は、フィデルを上げるのに使うだろう。

 するとピッチャーは、二人を選ぶという計算になるのだ。

 もっとも野手の調子も考えて、ユーティリティプレイヤーをどれだけ揃えられるかにもよるだろうが。


 打順は去年と同じく、アレク、樋口、ターナー、シュタイナーまでは決まっているだろう。

 そしてロートルだが打撃はそこそこ期待できそうな選手を、招待選手として招いている。

 アナハイムはあまり、DHを上手く活用できていない。

 守備に入らないこの役割は、完全に打撃特化の選手を使うのに有効だ。

 だがアナハイムの場合はターナーやシュタイナーを、守備を休ませて打撃に集中させるために使っていたりする。

 それはそれで選手の疲労を溜めないためには、重要なことである。

 しかし今年はそこに打撃全振りの選手を入れて、さらに攻撃力を上げようということか。


 チームが強くなるには、バランスが重要だ。

 単純に打撃力を上げようと打撃の選手を取っても、FMが上手く活用できるかは分からない。

 内野の連携などにも、問題点はあるだろう。

 ただアナハイムは、ターナーがFA取得前に契約を結び、比較的安めだが今年から長く持つことが出来るようになった。

 シュタイナーとピアースは、来年までの契約になっている。

 これに樋口やアレクがいて、戦力としては充分に整っている。

 来年まではコンテンダーとしてワールドチャンピオンを狙っていけるし、下から育ってきた選手がいれば、もうしばらくは王朝が続くだろう。

 もっともア・リーグはミネソタが強力な補強をしてきて、かなり本気でワールドシリーズは狙ってきているが。


 ワールドチャンピオンになるには、爆発力と安定感の二つが必要になる。

 その部分ではアナハイムは、わずかに爆発力が足りなかったのだろう。

 大介も武史も、爆発力のある選手だ。

 もっとも大介は、本質的にはアベレージヒッターなのではと言われたりもするが。 

 しかしホームランと奪三振は、間違いなく爆発力要素だろう。

 確実に一点を取れるホームランと、限りなくピンチが広がる可能性の薄い奪三振。

 この二つにおいて、アナハイムはメトロズに劣っている。


 やはり直史がメトロズに勝った一年目は、メトロズが上杉の使い方を間違えたからだと言える。

 三振によるアウトは、進塁もほぼ防げるという点で、アウトの取り方として優れている。

 またホームランは1プレイで一点以上が入るので、これもまた価値が高い。

 ある種の計算式によると、ホームランの価値は1.4点分であるらしい。

 自分とランナーの分まで一気に点が入るのだから、期待値的にはそれぐらいになるのかもしれない。


 このあたりまだ、OPSには改善の余地がある。

 ツーベースとスリーベース、スリーベースとホームランでは、得点への期待値が、塁が単純に一つ進むよりも大きくなる。

 ホームランを打てるバッターが一人はいないと、やはり厳しい。

 逆に考えるとホームランを打てるバッターは、勝負を避けてもいいことになるのか。

 ただし日本の誇るホームラン王、王貞治にしても、実際は敬遠するよりも、勝負した方が得点の期待値は低くなる、という計算もある。

 大介の場合はさすがに、どうなるかは微妙であるが。

 プロ入り以降のOPSは1.4~1.6で、ポストシーズンでは2を超えることすらある。

 即ち期待値的には、全打席出塁しているのと変わらない。

 そんな大介相手に、勝負をしていくのがいいのか。

 今年のナ・リーグはいったいどう考えるのだろうか。




 直史はスプリングトレーニングの前から、ほぼ毎日昼寝をするようにしている。

 子供たちのお昼寝タイムに合わせたということもあるが、大介なども同じようなことをしている。

 練習やトレーニングで成長するために必要なのは、負荷、栄養、休養、睡眠である。

 休養と睡眠とは、同じようで違う。

 これは脳を休ませることだからだ。


 もちろん厳密に言えば、脳は睡眠中も活動をしている。

 だが外界からの情報をほぼシャットアウトして、情報の整理に使うのは重要なことだ。

 前まで直史は、体を横たえて休みながらも、データ分析で脳を使っていた。

 だが去年のトランス状態から、脳の限界も考え始めたのだ。


 理由は違うが世界には、昼寝をたっぷりとって仕事に戻るという国もある。

 果たしてこれが本当に正しいのかは、直史としても確信はしていない。

 だが他の例はあることであるし、短時間睡眠を何度も行う一流スポーツ選手もいる。

 他のピッチャーと違って直史は、脳をフルに使っていると言っていい。

 姿勢制御や出力制御だけではなく、純粋にコンビネーションなど。

 直史や樋口にとっては、野球は頭脳競技でもあるのだ。

 いや、普通に一流のプレイヤーは、頭を使ってやるものであるが。


 全体練習をやったのは、最初の数日だけ。

 ここからは紅白戦を行っていく。

 そして紅白戦の後は、オープン戦が始まる。

 紅白戦を行う期間はどんどん短くなっており、オープン戦の日数が増えているのがここのところのMLBの流れだ。

 おそらくキャンプ中とは言え、その方が話題になりやすい、などということも考えてあるのだろう。


 実績のある人間は、とりあえず後回し。

 もちろん直史ほどであると、そもそも誰も打てないのでは、という首脳陣の悩みが分かる。

 ただオープン戦では、むしろポンポンと打たれていたのが直史だ。

 出来れば実戦形式の練習で、ギリギリでバッターを打ち取れるところを見極めたい。


 先発としては投げることはない。 

 試合の中盤、回の頭から投げることが多い。

 短いイニングで、それも球威ではなくコンビネーションで、バッターを打ち取っていく。

 基本的にはリリーフで、ランナーのいるところで投げることはない。

 だが状況によっては、そういう場面で投げることも想定した方がいいだろう。


 アナハイムは今年も、直史を当然のように、先発の軸に入れる。

 それも球数を考えて、中四日が多くなるかもしれないと、首脳陣は言ってきた。

 主力となっていた二枚が離脱し、期待出来そうな移籍組は一人。

 若手がどのように育ってくれるかはまだ分からないのだ。


 去年のアナハイムは、本当に準備が出来てシーズンに挑むことが出来たのだな、と直史は感心する。

 ただそれは直史から見た場合で、アナハイム首脳陣としては、移籍してきた樋口がキャッチャーとして、本当に役立つかはかなりの賭けであったのだが。

 二年前はメトロズに勝てて、去年は負けた。

 違いは直史が、何回先発をしたかということと、直史に負けがついたかどうかということだ。

 最終的に去年のシーズン、ホームランを打たれた直史は、優勝できなかった戦犯とも言える。

 だがそう主張する言説は、ほとんど見られない。

 むしろワールドシリーズとは言え、四回も先発させて、しかも14回まで投げさせた首脳陣の投手運用が、問題であったとされている。

 これで直史が大きな故障でもしていたら、現場は総入れ替えになっていたかもしれない。


 冷静に考えれば、レギュラーシーズンで歴代の記録を更新し、ワールドシリーズまで進めた首脳陣を、入れ替えるような理由はない。

 もちろんベンチの中から見ていた直史としては、短期決戦にしては甘い判断だと感じたこともあるが。

 甲子園を経験している直史や樋口としては、もっと冷徹な計算が出来る。

 そこはさすがに、日米の野球の違いの限界と言おうか。

 日本の野球指導については、戦中の軍隊教育の影響がどうしても残っている。

 戦中に野球などやっていられるか、という指摘に対して、これは軍事教練につながるのだと言って、野球を守ったという歴史があるのだ。

 当時としてはそれでも仕方がなかったのだが、その悪影響は半世紀以上もずっと長く続き、今でも残っている部分は少なくない。

 負けたら死ぬ、というぐらいの意識で高校野球をやっている監督や選手は、それなりにいるのだ。

 日本の野球用語に。併殺、刺殺、死球などといった物騒な単語が多いのも、かつては戦争の代替物という意識が強かったからだろうか。

 実際に大学野球のリーグなどは、大学同士の代理戦争などという側面があるのだろう。

 早慶戦が今でも最終戦に行われるのは、血塗られた伝統が背景にありそうな気もする。




 それだけ重たい事情を持たせていても、日本人はプレッシャーに弱いなどと言われる。

 精神論で、圧力をかけまくって精神を鍛えるというのは、現代では否定されている。

 アメリカなどではパワハラなどは、日本よりも強く否定されている。

 ただそれはアメリカが進歩的なわけではなく、単純に下手に恨みを買うと、銃で撃ち殺されることが普通にあるからだ。

 凶悪な暴力の手段があると、人間はそれを振るわせないために、無茶なことを言わなくなる。

 このあたり直史は、日本の場合の憲法9条が、国家間の交渉で不利になっているのだな、と感じないこともない。


 プレッシャーは、そもそも感じないようにするのが一番いい。

 負けたら負けたで、次につなげればいいのだ。

 アメリカは挑戦の社会であり、日本よりも何度も、その機会を得ることが出来る。

 正確に言うと、そういう精神性を育む社会であるのだが。


 日本の場合は高校野球など、エラーで負けたら死にたいような気分になる。

 大学野球でもエラーで負けると、正座で説教などが始まったこともあった。

 直史と樋口は、全くそんなものは無視していたが、樋口はまだしも、直史は自分のせいで負けた試合というのが一つもないので、そういうことが可能であった。

 そもそもチームが負けるのは、全て指揮官の責任であるのだ。

 選手は自分の技術を磨くことだけを考えればいい。

 プロになると、自分の成績だけを考えていればいいのだ。


 まずは2イニング。直史はそう言われて、紅白戦のマウンドに登る。

 挑戦的な光で目をぎらつかせるバッターが、バッターボックスから睨んでくる。

 向上心が全身から発散されている。

 いやこれは向上心と言うより、もっと野生的なものであろうか。

 マイナーの選手はとにかく飢えている。

 この飢餓感を忘れないことが、プロの世界で生きていくためには必要なことだ。

 FAになってからも、さらに大きな契約で結果を残す選手というのは、どこまでも貪欲だ。

 アメリカ人に多いこの上昇志向は、なんだかんだ言いながら、社会を巨大にしていく。

 直史からするとアメリカは、あまり住みやすい国というわけではない。

 だが世界の最先端である分野は多く、ツインズなどはアメリカにいる方が、能力を活かしやすいらしい。


 この目の前の青年も、一攫千金のアメリカンドリームを目指しているのか。

 直史としてはどこかの誰かのように、圧倒的にその夢を粉砕するわけではない。

 だが単純に打たせるのとも違い、コントロールを確認していく。

 おおよそは元に戻ったとは思うが、今年はシーズン中に、ミネソタと対戦した時のことを考えておかなければいけない。

 大介との対戦に使ったような、トランス状態はそうそう使えるものではないのだ。

 意識的に、しかも制限してあれが使えれば、おそらくほぼ無敵になるだろう。

 それでも現状においては、肉体にかかる負荷が大きすぎる。


 ゾーンの四隅の際どいところを出し入れする。

 アウトハイとインローは、ミスショットかファールを打たせるのに丁度いい。

 フロントドアやバックドアの変化球で、ギリギリのボール球を投げる。

 すると樋口がフレーミングで、ストライクにしてくれる。

 ツーストライクまで追い込めば、三振を狙っていけばいい。

 ただ今年の課題は、もう少し三振を取れるようにすることだ。

 チームとしては三振を少なくしても、球数を節約して多く投げられるようにしてほしいらしい。

 だがワールドシリーズのような決戦仕様に、今から体を慣らしておく。

 それが直史の、今年の準備である。




 三振を一つも取らず、内野ゴロとファールフライで、六人をアウトに。

 事前情報のない相手もいたが、無事に済ますことが出来た。

 今年で三年目となる直史のMLBであるが、NPBとMLBの違いははっきりと分かる。

 それは人材の流動性というものだ。

 メジャーリーガーの選手寿命というのは、平均して4~5年だという。

 故障や年齢ではなく、おそらくは技術を見極められるためだ。


 今のMLBにおいて、データの分析は驚くほど早く進む。

 引き出しのない選手であれば、せっかくメジャーに上がっても、すぐにまた攻略されてしまうのだろう。

 純粋なフィジカルの出力が、長く活躍するには必要なのだろう。

 直史のような存在は、時代に逆行していると言える。

 ただ逆行している希少種だからこそ、逆に需要があるとも言える。

 球種を増やしてコントロールをつければ、コンビネーションでどうにかなるのは、今までの経験でも分かっていることだ。


 まずパワーが必要であるのだが、パワーだけでは限界が来る。

 アメリカのベースボールではそのあたり、年齢に合ったトレーニングなどをしているようだ。

 日本人からしたら、もっと技術を磨く余地があるとは思うのだ。

 だがアメリカ人は、その時間をもっと他のスポーツに費やしたり、はたまた勉強をしたりする。

 勉強を受けられる環境にあれば、の話であるが。


 数度の紅白戦を行った後、直史は首脳陣の集まりに呼ばれた。

 他には樋口と、控え捕手一名も同席している。

 そしてここで、ピッチャーやバッターの中で、キャンプに残しておく者を選ぶのだ。

 選ばれなかったらマイナーのキャンプに移動か、FAとして他のチームに参加したりする。

 ただこの段階では、やはりまだメジャーは早いなと思われる選手を優先して選び、マイナーに戻すことになる。

 普通はピッチャーは呼ばれないが、直史は特別であるらしい。


 FMを中心とした首脳会議は、今年の年間計画だけではなく、今後数年も見越して、選手の育成を考える。

 キャッチャーの中でここに呼ばれていないのは、選ぶ側ではなく選ばれる側のわけだ。

 樋口とは別のキャッチャーは、去年もその前も控えであったベテランで、打撃や走力にはもう衰えがかなりあるらしい。

 だがいざという時、やはりキャッチャーは重要なポジションなので、守備力を重視する。

 特にリードなどは、ピッチャー優先のMLBでも、ちゃんと誘導してやらなければいけない。

 なのでどのチームでも、正捕手なり控え捕手なり、かならずベテランの捕手は一人はいる。


 スタメンに関しては、特に去年とは変更はなさそうだ。

 ただ同じぐらいの実力であっても、年齢によって評価は変わる。

 選手の契約はGMの仕事であるが、チーム編成にはある程度FMも関わらざるをえない。

 そしてピッチャーの評価が始まる。


 先発は直史、レナード、ボーエンの三人を、勝つためのピッチャーとして用意してある。

 そしてガーネットとリッチモンドを、先発五枚の有力候補としてある。

 だがリリーフデーやロングリリーフでイニング数を稼いでいるウォルソンも、先発適性はそれなりにありそうだ。

 オープン戦の実績で、それは決めていくのだろう。


 あとは若手の中で、フィデルをどう評価するかだ。

 正直なところ直史としては、スターンバックとヴィエラが抜けた穴を、ボーエン一人で埋められるとは思えない。

 ガーネットとリッチモンドの二人は、完全にMLBで通用するのには、今年一年は辛抱強く使わなければいけないだろう。

 あるいはまたマイナーに落として、そちらで鍛えてもらうか。

 今年の決戦戦力としては、やはりまだ充分ではない。


 直史からすると、MLBのピッチャーというのは、フォームのクセが大きい者が多い。

 日本であれば最初に、ちゃんとしたストレートの投げ方を教わる。

 だがアメリカの場合、基礎がカットボールになっていたり、ツーシームになっていたりするピッチャーがいる。

 それが一番投げやすいなら、そのまま矯正もせずに投げさせる。

 投げるボールの90%がカッターやツーシームというピッチャーは、数人いたりするのだ。

 直史としては、ベンチ入りを競い合う相手はいない。

 なので素直な評価を、首脳陣に伝えた。

 ただやはり、契約の関係などで、開幕から一軍に使えない選手はいるらしい。

 ピッチャーに関して言うなら、今年のアナハイムにそんな余裕はないであろうに。

 だがMLBはビジネスなのだ。

 球団としての利益が最大になるように、選手の起用まで考えないといけない。




 大盛況であったロッカールームが、少しだけ人数が少なくなった。

 それだけあっさりと、選手は切られたり落とされたりしていく。

 NPBでも切られる時は切られるが、こういうタイミングで切られる選手はなかなかいない。

 せいぜいが二軍に落とされるというものだろう。


 ベテランのFA選手であったりすると、そもそもマイナーには落とさないという契約があったりする。

 そういう場合は容赦なくカットである。

 消えていく選手の数は、NPBの10倍以上。

 それがMLBという世界なのだ。


 そしてこの日、ついに他球団とのオープン戦が行われる。

 今年は三月の末から、レギュラーシーズンが開幕する。

 初戦の相手は、もうこの数年可哀想なぐらい弱いオークランド。

 ちなみにレギュラーシーズンの初戦のカードも、オークランドが相手となっている。


 今年のア・リーグ西地区の情勢は、アナハイムが優勝候補筆頭であることは間違いない。

 だが相変わらずヒューストンも、それなりに戦力を揃えている。

 シアトルの動きは鈍く、テキサスも再建中。

 オークランドはやはり、安い選手を細かく買っている。

 買っているという表現はおかしそうだが、本当にオークランドの動きはそうなのだ。


 一芸に秀でたロートル、お買い得な故障明け、そしてFAまでの六年目までの選手。

 これでチームを作るというのは、もうオークランドの国是と言ってもいいだろう。

 歴史的に見れば優勝も多いチームであるが、それは全て20世紀の話。

 21世紀には弱い時期が長く続いた後、数年強い時期が続くという、そういうチームになっている。

 なぜかそういうチームとなると、ライガースやスターズを思い出す直史である。

 しかしそもそもNPBは、タイタンズや近年の福岡以外、暗黒期と呼べる時代があるのだ。


 タイタンズはBクラスが七年連続という、とんでもない暗黒時代が続いた。

 しかしその中で、最下位になったのは二度だけだ。

 最下位が定位置というチームは、他にいくらでもある。

 なお去年は久しぶりに、Aクラス入りを果たした。

 代わりにペナントレースを六年連続で制していたレックスが、Bクラスに転落した。

 武史と樋口の抜けた穴は、それだけ大きかったのだ。

 



 日本のことはともかく、重要なのは目の前のオークランドとの試合だ。

 細かく選手を移動させていて、同じ地区であるのに知らない顔が多い。

 もっともそれは、時期が時期であるから、という説明がつくが。

 このオークランドとのオープン戦、直史は先発で投げる。

 とりあえず本日は、3イニングというものだ。


 スタメンの打線は去年と半分ほども変わっている。

 もっともこれはまだ、力を試しているからであろう。

 試すまでもない選手は、もっとゆっくり調整をしているはずだ。

 そうは言ってもオークランドの有名なバッターは、若い選手ばかりであるが。


 二年連続で、地区最下位。

 これが珍しくないのが、オークランドというチームだ。

 もっともMLBは、今のメトロズとアナハイムの二強時代の方が、珍しいというかおかしいのだ。

 それに今年はどちらのチームも、やや戦力が低下すると見られている。

 少なくとも安定してレギュラーシーズンを圧勝するのは、難しいだろうと思われる。


 アナハイムは直史が抜けることもあるが、地味に樋口が安くていい働きをいている。

 普通に考えて今の年俸で、これだけの働きをするのはお買い得すぎる。

 アレクなどはFAで移籍してきたので、ちゃんと高い年俸をもらっている。

 その意味ではターナーも大型契約を結んだので、直史が一番お得な選手となっているだろう。

 はっきり言ってしまえば、安すぎる選手なのだ。


 アナハイムと直史の間で、契約の更改がなかったことは、当然ながら明かされている。

 こういう場合MLBの常識では、アナハイムは直史を、引き止めることに失敗したと思われるのだ。

 だからこそターナーと、大型契約も結べた。

 今年のオフには直史を巡って、どれだけ凄まじい争奪戦が行われるか。

 事情を知らない各球団は、このオフのために、資金力を集めていた。

 なので大型補強に動かなかった球団や、動いたとしても単年という球団が多かった。

 特にピッチャーでは、直史のせいで大型契約を結べなかった、と逆恨みしている者もいるのではないか。

 全ては誤解なのだが、今年で辞めると直史は伝えていないため、そう思われても仕方のないことである。


 果たして今年の調子はどうなのか。

 オープン戦においては直史は、全力を出さないことで知られている。

 だがこの最後の年は、既に調整を終えている。

 オークランド相手に、3イニングを投げて無失点。

 内野の間を抜けていくヒットが一本あったが、それ以外は全て内野ゴロ。

 なんとも直史らしい、オープン戦の開幕であった。

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