第20話 戦いの行方 

 「ば、馬鹿な......」



 男は信じられないような表情で、アルスを見つめた。



「ル、ルシウス様!!」



 男の悲痛な叫び声に、アルスは我に返る。ふと、視線を下に向ければ、己が手にしていた、ドラゴンの背中に生えていた角が、下敷きになっている銀髪の男の胸に刺さっていた。



「ま、まさか.......」



 その光景を見たアルスは、信じられないのような状況に、気を失いそうになった。自分が人を殺してしまったことを、すぐに受け入れることが出来なかったのである。


 聞こえてきたルシウスという名前は、恐らく自分が殺してしまった銀髪の男の名前だろうと、アルスは思った。


 アルスは自分が殺した、銀髪の男の知り合いであろう男を見つめる。その手には剣が握られており、全身を震わせながら、驚きや悲しみ、怒りの感情が入り混じった表情で、此方を見ていた。


 アルスは瞬時に悟った。この男はかなり怒っていると。アルスは命の危険を感じて、生き残るために頭を回転させる。そしてどうにか言い訳を考える。


 殺してしまった事は、わざとではないのだ。アルスはどうにかして、その事を男に説明しようとした。


 だがそれは無駄なことだった。



「私の前で隙を晒すとは......死ね」



 突然、聞き覚えのある声が聞こえて来たと思ったら、此方を憤怒の表情で見ていた男の首と胴体が分離した。


 遅れて血が噴き出し、男は倒れた。


 アルスが男が倒れた方向を見ると、ルフが笑みを浮かべて此方を眺めていた、



「王よ。貴方は私の想像を尽く超えてきますな。......この手でルシウスを殺せなかったのは残念ですが、まあいいでしょう。ルシウスの間抜けな死に顔は傑作でした」



 笑いながらルフがそう言うと、アルスの傍に近づいて、ルシウスの首に剣を当てる。そして躊躇なく首を切断すると、生首を持って掲げる。



「ドラゴンを操りし王の中の王! アルス王がザーマインのルシウスを打ち取ったぞ!!」



 ルフの叫び声を聞いた、ザーマインの兵士達は、悲鳴を上げて、剣を放り投げて逃げ出す。ドラゴンに戦いを挑んでいた一部の兵士達も同様だった。

 勝敗が決したのは誰が見ても明らかだった。



「私の復讐相手を殺したのです。私が勝鬨を上げるぐらいいいでしょう」 


「あ、ああ」



 アルスは乾いた言葉しか出なかった。ようやく状況を理解し始めていたのである。

 ルフが叫んだザーマインという言葉は、そのままの意味でザーマインと戦っていたのだろう。そして自分が殺した人物は、ザーマインの首領っぽかった。


 アルスは安堵した。自分が殺したのが一般人ではなく、敵対する国家の人間だったからだ。


 アルスがその場に立ち上がった時だった。アルスとルフの目の前に、一人の巨体の男が急に現れる。


 ルフはその男を見ると、警戒をして剣を構える。



「ガイアですか。今更なんのようですか? 既に戦は終わりましたが」



 ルフに言葉を投げかけれなガイアは、ルフには一目もくれず、アルスの方を見つめる。



「そんなことは理解している。この場でお前たちを殺しても意味がないこともな。ルシウスを失った今、ザーマインはもうお終いだろう。俺がここに来たのは、アルス王を一目見たかっただけだ」



 ガイアはそれだけ吐き捨てると、その場から消えるように去った。ルフは暫く、ガイアが去った方向を見つめていたが、首を振って、アルスの方に向く。



「色々とお話しはお聞きしたいですが......」



 ルフがアルスに向けてそう言うと、視線を暴れているドラゴンの方に向けた。アルスはルフの意図を理解した。



「分かった。我は戦いが終わった事を、ドラゴンに話すとしよう」



 アルスの言葉を聞いたルフは頷く。そして、ルフは近くにいた生き残っているカーマ王国の兵士に声をかける。



「貴方はロラン。生き残っていたようですね」


「ルフ殿!ヒヒッ......私はこの戦いで死線を数え切れないほど潜り抜けました。感謝いたします」


 ルフに対してお礼を述べたロランは、ふとすぐ傍に見覚えのある人物がいる事に気づく。そして、驚きに声を震わせた。


「......な、なんとそちらは陛下ですか! ドラゴンに乗って来たというのは、本当だったのですね。御見それしました」



 アルスは頷いて、ロランの言葉に答える。


 ルフがロランの身体を見てみると、その身はぼろぼろになりながらも、力強い気力を放っているのが見えた。その気力は、二つ名持ちに迫る程だった。



「素晴らしい気力ですね。............我々は今から帰還の準備をします。よければ生き残りの兵士たちを集めてくれないでしょうか」


「ええ、分かりました」



 命令を受けたロランは、生き残りを探しに立ち去った。

 それを見送ったルフとアルスは、共にドラゴンの元へと向かった。





 アルスがドラゴンの方を見ると、そこには逃げ惑うザーマインの兵士を、ごみのように踏みつぶしている姿があった。


 アルスは逃げ出したくなった。しかし、彼にはドラゴンに話しかけるしか選択肢はないように思えた。意を決して、アルスはドラゴンに話しかける。



「ゼオニクス、其方の住処を荒らした敵の首領は、我が殺した。これで其方の住処を、自分から荒らすものはもういないだろう」



 アルスはもう暴れる必要はない事を、ゼオニクスに簡潔に伝えた。彼の言葉を聞いた、ゼオニクスは動きを止める。



《ほう、儂の背中からいなくなったかと思えば、敵の首領を殺していたのか。流石はカーマインの名を継ぐものだ。感心するぞ》



 ゼオニクスの言葉に、アルスは黙って頷く。



《首領が死んだのならいい。蟻を踏み潰すのも、そろそろ飽きてきたところだ。......では話の続きをしようではなないかアルス》



 その言葉を聞いて、アルスは冷や水を浴びせられた気分になる。ゼオニクスが確か、己を目覚めさせた理由について、気にしている事を思い出したのだ。


 数百年間も眠っていたドラゴンだ。生半可な理由では、まず間違いなくゼオニクスは激怒するとアルスは思う。


 アルスはもしここで、間違えて目覚めさせてしまいました。なんて言ってしまえば、ザーマイン軍と同じ結末を辿る事は、容易に考え付いてしまう。



《ではアルスよ。我を目覚めさせた理由についてだが............》



 その言葉と共に、アルスに対して、ゼオニクスの鋭い眼光が向けられた。


 その眼光にアルスは恐怖を抱く。城の時は突然過ぎて、一周回って頭が冷静になったことで、思考を回転させる事が出来たが、今回は別だった。


 アルスはごくりと唾を呑み込む。彼には分からなかった。ゼオニクスにとっての最善な答えが何なのか。


 そしてそのまま、ゼオニクスとアルスの間で、永遠とも言えるような沈黙が流れる。

 

 アルスの額から汗が零れ落ちる。極限の緊張感の中で、アルスはゼオニクスがどういう性格かについて考えていた。


 もしかすると、間違って起こした事を伝えても、ゼオニクスなら、許して貰えるかもしれないとアルスは考える。


 しかし、アルスは心の中で首を振った。自分だけでなく、カーマ王国の命運も掛かっているのだ。安易に答える事は出来なった。


 しかし考えても、何がゼオニクスの怒りに触れるのか、アルスには分からなかった。彼はどうしても口を開く事が出来ず、ゼオニクスとアルスの間で沈黙だけが広がる。


 アルスが出来る事は、恐怖で表情が歪まないように、何とかして無表情を保たせる事のみだった。アルスは顔に力を入れ過ぎるあまり、目が強張ってしまう。


 アルスは何も喋らず、ただただ、真剣な表情でゼオニクスを見つめていた。


 アルスの強張った目は、まるで何かを訴えかけるような瞳だった。


 すると、ゼオニクスは一瞬だけ、視線をアルスの後ろに逸らす。そしてすぐにアルスの方に視線を戻した。



《......フハハハ! 愚問だったようだな。その瞳、言わなくても想像はつく》



 何故か勝手に自己完結したゼオニクスに、アルスは目を瞬かせる。



《我はそれに備えて、暫く準備をする必要がある。......お主にはこれを授けよう》



 そう言われて、アルスがゼオニクスから受け取ったものは、赤色に輝く宝石のようなものだった。



《かつて数百年前のカーマの王に渡したものと同じものだ。それに気力を流すと、私の方に連絡がいく。何か用があれば呼び出すがいい》



 その言葉を最後に、ゼオニクスは、翼を羽ばたかせて飛び立って行った。


 アルスは精神がものすごく疲労しているのを感じる。彼はゼオニクスの反応に考えを巡らせていた。


 もしかしたら、敢えて言葉を喋らなかったおかげで、プライドが高いゼオニクスが、勝手に何かを悟ってくれたのかもしれないと、アルスは思った。


 しかし、何を悟ったのかは知らないが、一生呼び出すつもりがないアルスは、どうでもいい事として頭の片隅に追いやった。


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