第19話 怒りに触れたもの

 最初に仕掛けたのはピアスだった。暴れているドラゴンに向かって走り、隙をみて懐に入る。そして腹部に向けて槍を高速で突いた。

 ピアスの槍は、腹部に突き刺さりドラゴンに血を流させた。



「グギャアア!」



 だがそれは、ドラゴンに更なる怒りを与えるだけに終わった。ドラゴンは叫び声を上げると、大きなかぎ爪がついた腕を、ピアスに向かって振るった。


 ドラゴンの攻撃を予測していたピアスは、地面を大きく蹴り、宙に飛び上がって、かぎ爪を躱した。


 しかし、ピアスの動きはドラゴンの思うつぼだった。ドラゴンは宙に飛び上がったピアスに向けて、数メートルはある尻尾を振るった。


 空中にいるせいで、回避が出来ないピアスは、胴体にそのままドラゴンの振るった尻尾が、まともに当たる。


 破裂したような音が辺りに響いた。


 ピアスの身体は、もの凄い勢いよく吹っ飛び、その姿は遠くの方に消えていった。遅れて何かが当たったような衝撃音が、リリアの耳に届く。


 視力がいいリリアが、恐る恐るピアスが吹き飛んだ方向を見ると、数百メートル離れた山にめり込んでいるのが見えた。


 リリアの額から嫌な汗が流れ落ちる。



「ピアス!? くそったれぇぇ!!」



 ラドクリフは怒りのまま、ドラゴンに向かっていく。



「ダメ! ラドクリフ!」



 リリアの静止も聞かずに、ラドクリフはドラゴンの目の前に行くと、魔力を込めた剣を振るった。


 ラドクリフが振るった剣は、難なくドラゴンの口によって受け止められた。そして、ドラゴンは剣を咥えたまま、喉の奥に力を集中させた。


 ラドクリフの目から、ドラゴンの喉の奥が赤く光るのが見える。彼は一瞬だけ、剣に思いっきり力を込めるが、ドラゴンの口から剣は外れなかった。


 ラドクリフは迷いなく、剣から手を離して転がる。しかしそれは無意味だった。


 ラドクリフが剣から手を離した瞬間、ドラゴンは口を大きく開けて、転がったラドクリフに口を向ける。そして激しい炎が放たれた。


 炎はラドクリフを直撃する。そのまま炎はその場周囲一帯に広がり、近くにいた兵士にも襲いかかった。兵士達はのたうち回り悲鳴を上げる。


 やがて炎が消え去り、リリアがラドクリフの場所を確認すると、そこには溶けて液状になった金属が存在するだけだった。


 リリアは全身を震わせる。そしてそのままその場を後ずさった。ドラゴンはリリアを一瞥すると、興味なさげに彼女から視線を逸らした。





 ドラゴンの背に乗っているアルスは、背から落ちないように必死で背中の角を握っていた。あまりに激しくドラゴンが動くためである。


(くそっ! ちょっとは自重しろ。このくそドラゴンが!)


 アルスは心の中で文句を言っていた。彼は恐怖を通り越して、半ばやけくそになっていた。ゼオニクスに心の声が聞こえていたら、確実に殺されている内容である。


 アルスがゼオニクスと戦っている相手を見ると、黒い鎧を着ていない男だった。だが見覚えもなかったので、特に気にもしなかった。


 そして呆気なく、尻尾によってどこかに吹き飛んでいった。次にゼオニクスに挑んだ男も一瞬で終わった。


 炎によるブレスで身体ごと消滅したのである。それを見てアルスは、心の底からゼオニクスと敵対しなくて良かったと思った。


 ゼオニクスが兵士を蹴散らしているのを見ながら、早く終わらないかなと、アルスが思っていた時だった。


 ゼオニクスが身体を大きく曲げて、勢いよく尻尾を使い、兵士達を薙ぎ払ったのだ。その衝撃はアルスの方にも大きく伝わった。


 アルスは懸命に背中の角を掴むが、あまりの衝撃に、全身の身体が宙に浮き上がる。手だけが角を掴んでいる状態だった。


 アルスは死に物狂いで角を掴む。


 やがて、アルスに伝わる衝撃が徐々に小さくなって、彼が安心していた時だった。ゼオニクスは翼を大きく羽ばたかせると、空へと浮かび上がる。


 そして次の瞬間、地面に向かって勢いよく降下したのだ。ゼオニクスのその行動によって、辺りには衝撃波が撒き散らされ、兵士達は吹っ飛ばされる。


 そして、その衝撃波は地面にいる人間だけではなかった。背中にいるアルスにも衝撃波が来たのである。


 そして、アルスは懸命に背中の角を手で握っていたが、それは無駄な事だった。なんと、ゼオニクスの背中から、握っている角が抜けてしまったのだ。



「は?」



 間抜けな声を出したアルスは、そのまま吹っ飛んでいった。


 その時、アルスの脳裏には、ドラゴンの生態についてのある知識が思い浮かんでいた。それは、ドラゴンに生えている角は、百年を超えた辺りから、徐々に生え変わるという内容だった。


 ゼオニクスは数百年振りに目覚めたと言っていた。つまり、その間、背中に生えている角は、一度も生え変わっていない可能性が高い。


 アルスはゼオニクスに対して、怒りの感情が湧いて来る。そして、ゼオニクスに聞こえないように、心の中で罵声を浴びせた。


 そして、アルスはある程度まで飛ばされると、そのまま落下していく。


 少しして、冷静になったアルスが下を見ると、黒い鎧を着た兵士達が逃げ惑っているのが見える。そして少し遠くの方に、豪奢な装いをした銀髪の男が、一人の男を傍に連れて、此方に走って向かっているのが見えた。


 その銀髪の男はアルスの落下に従い、アルスの方まで一直線に近づいてくる。だが、男の速度だとアルスが落下する前に、恐らく通り抜けるだろうと思った。


 だが、ここで誤算があった。丁度、アルスの真下にまで移動した銀髪の男は、その場に立ち止まったのである。


 やばいと思ったアルスは、その銀髪の男に向かって叫ぶ。



「避けろぉぉ!」



 アルスはその男に向かって叫ぶが、聞こえていないようだった。

 戦場であり、兵士達が悲鳴を上げて、逃げ惑っているので聞こえないのは当然だった。


 アルスの叫び空しく、アルスと銀髪の男は近づく。そして激突の瞬間、アルスは全身に気力を纏わせて、衝撃に備えた。





 ルフはシドとルシウスを追って、戦場を駆けていた。その身は重症を負っていたが、それを物ともせず、道を断ち塞ぐ兵士達には一太刀を浴びせて、鬼神の如く進んでいた。


 ルフに追われるルシウスは、武の経験がないのもあり、走る速度は遅かった。そのため、圧倒的な速さでルフは二人に近づいていく。


 やがて、ルフがルシウスのすぐ傍まで近づくと、彼は迷いなくルシウスに向かって、斬撃を放った。



「ルシウス様!」



 シドはルシウスに向かって放たれた斬撃を、何とか止めた。シドとルシウスの二人はその場で足を止める。



「シド、早くルフを殺せ! 傷を負った今なら殺せるだろう!」



 ルシウスの言葉が耳に入るが、そんな簡単のことではないことを、シドは理解していた。手負いの獣程、手強く何をするのか分からないのだ。


 そして、シドはルシウスを先に行かせるかどうか迷った。自分という護衛なしで、ルシウスが無事に戦場から逃れるか疑問符がついたのだ。


 そしてシドは黙って、ルフに向き直る。今ここでルフを倒して、ルシウスと共に離脱することにしたのだ。


 シドがそう決意した瞬間だった。



「ぐはっ!」



 シドの後ろで、何かがぶつかる音とともに、ルシウスのぐぐもった声が聞こえてきた。


 驚いたシドは、ルシウスの方へと視線を向ける。



「な......なっ!何が!?」



 ルシウスの視線の先には、戦場には場違いな、貴族のような服を着た男が、ルシウスに対して馬乗りになっていた。


 そしてその男は、なんと先端が尖っている凶器のようなものを手に持ち、ルシウスの胸を貫いていたのだ。


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