第9話 秘策

 ベッドで寝転びながらお菓子を貪り、自堕落に過ごしたい。


 ここ最近のアルスの心はその気持ちでいっぱいだった。


 護衛であるベルルが常に見ているアルスは、仕事をしていない様子を見られたくなかったのである。


 ニート生活がしたい。だが部下にも失望されたくない。片方を取れば、自然ともう片方は無理になる。アルスは苦悩していた。


 護衛であるベルルを追い出すための理由はないか、アルスは考えていた。そしてそもそもなぜ四六時中、ベルルが護衛についてしまった原因を思い出す。


 それは剣聖ルフの存在だ。まさか任官を許したことで、己に常に護衛がつくとは思いもしなかったのである。アルスは何も考えずに任官を許したことを後悔した。



 アルスが後悔していると、ふとある事を閃く。ルフの存在で護衛が付くのなら、ルフを追い出せばいいのである。


 だが、異動を命じたらルフが切れて暴れるかもしれない。そして何より監視目的で手元に置いておきたかった。


 確か、ルフの視察を行った際、その実力をまだ拝見していなかったことにアルスは気づく。


 アルスはそこまで考えると、ルフを追い出すためのある秘策を考え出す。


 ここからそう遠くない位置に、強い魔物達が大勢生息しているドラゴニア山脈がある。そこに監視を付けて、実力を測る名目で魔物を殺してくる命令を出せばいいのである。


 勿論、監視はベルルである。完璧な策だ。アルスは自分の策を自画自賛する。

 そうと決まればアルスはルフを呼び出すのだった。





 玉座に座っていたアルスの前に、ルフが姿を現す。訓練の途中であったためか、着替えた綺麗な服とは対照的に、肌には所々血が付着していた。


 アルスはその姿に少し驚くも、兵士の訓練に流血は当たり前なのだろうと思い、気にしなかった。



「我が王よ、只今参りました」



 ルフは膝を地面に着き、頭を下げる。それを見たアルスは間髪入れずに命令を出す。



「ルフお前に命令を与える。ドラゴニア山脈に向かい魔物を殺せ」



 その突然な命令にルフは眉を寄せて困惑する。



「王の命令なら拒否はしません。しかしその目的を聞いてもよろしいでしょうか?」


「お前の実力を測るためだ」



 その言葉を聞いたルフは更に困惑する。アルス王は少し前にルフを視察した。その際、ルフが数十人の兵士を瀕死にさせたことを知っているはずである。


 そしてその目的が、兵士に気力を目覚めさせるためだという事も気づいているはずである。


 ルフが黙っている様子を見たアルスは、もしかしたら気に入らない理由なのかと思い、言葉を付け足す。



「勿論、一人で行けとは言わない。連れて行けるのなら好きなだけ兵士を連れて行っていい。ただし強制はするな。お前に付いて行きたい兵士だけを連れていけ。これはお前が隊長に相応しいかどうかを判断するためでもある」



 実力だけではなく、上に立つ素質を持っているかの判断のためでもあると、アルスは隊長に昇進することをほのめかす。



「なるほど。それならば理解いたしました」



 それなら一理あるとルフは納得する。



「もう一つ質問がございます」


「なんだ?」


「魔物を殺せという命令ですが、どの魔物を殺せばいいのでしょうか?」



 その問いにアルスは少し考える。どんな魔物を殺すかまでは考えていなかったからだ。確かに、闇雲に殺してもいつまで殺すということになるし、弱い魔物を大量に殺しても、実力は測れない。


 アルスは一人の時間を長く過ごしたかったため、ルフに早く帰ってきて貰いたくななかった。


 剣聖と言わる程の力を持つ男が、時間がかかりつつ、出来なくもないような難易度の魔物を考える。



「そうだな......ワイバーンを二十体殺すか、もしくはドラゴンを一体殺せば帰ってこい」



 ワイバーンとはドラゴニア山脈に多数生息する凶暴な魔物である。ワイバーン一体を討伐するのに、気力に目覚めた兵士が五人は必要と言われる上位な魔物である。


 そしてドラゴンは、そのワイバーンの上位互換と言われ、気力に目覚めた人間が最低百人は必要と言われる存在である。あくまでこれは目安であり、特にドラゴンは個体差が激しく、もっと数が必要な場合がある。



「なるほど。ワイバーンに、ドラゴンですか。腕がなりますな」



 ワイバーンはドラゴニア山脈の中でも、頂上に近い場所に生息する。ドラゴンに至っては、具体的な生息地が不明であり、探し出すのも困難である。


 出来る限り時間をかけて欲しいとアルスが考え抜いた魔物である。



「では、すぐさま向かうとします。私は準備があるのでこれで」



 ルフはアルスにそう伝えると、背を向けてこの場から退出するために歩き出す。



「ルフよ待て。まだ伝えることがあった」


「何でしょう?」



 ルフは振り返りと同時に問いかける。



「我の隣にいるベルルも連れていけ」


「ええ!? 私もですか陛下? そんな話は聞いていないです」


 

 何も知らされていなかったベルルは戸惑う。



「当たり前のことだ。お前は今まで何のために我の護衛をしていたのだ?」


「そ、それは...」



 ベルルはルフが仕官した切っ掛けで、王の護衛の仕事に就いたことを忘れていた。そして、王の仕事様子を見れなくなるのかと一瞬考えるが、王の命令に従い行動することを想像したら、何故か心がぞくぞくするのを感じる。



「承知いたしました! ルフと共にドラゴニア山脈に行って参ります!」



 ベルルは、王の強い命令に気分を高揚させ了承する。



「ではベルルとやら、よろしく頼む」



 そう言い残すとルフは遂にこの場から去った。


 それを聞いたベルルは怒りが湧いてくる。



「私を呼び捨てですか。良い度胸ですね」



 ベルルはアルスに一礼すると、支度をするためにこの場から去った。その方向を見つめながらアルスは笑みをこぼす。全て己の作戦通りだと。


 そしてアルスも自堕落なニート生活を始めるべく自室に向かった。







 ルフは目の前に存在する大勢の人間を見つめていた。ルフが己で鍛え上げて気力に目覚めさせた兵士達である。そして、剣を掲げると大きな声で叫ぶ。



「死にたいやつは、私について来い!!」


 オオオオオオゥ!



 歓声と共に、その言葉を聞いた大勢の兵士は口々に言う。



「師匠!」「一生付いて行きますぜ」「また俺に死を味合わせくれ」「ヒャッハー!」



 その数およそ百人である。その様子を傍で見ていたベルルは顔をひきつらせる。 


 そしてルフとベルルは兵士百人を連れて山脈に向かった。



「この人数を集めて、魔物退治なんて何を考えているのですか?」



 山脈に向かっている途中、ベルルは隣にいるルフに問いかける。



「王は連れて行く兵士の数に制限を掛けなかった。なら、私がどれだけ兵士を連れて行こうが勝手でしょう。それに向こうからついてきたのです」


「そういう問題ではないです! ワイバーン二十体にこの数は必要ありません。貴方お一人でも十分でしょう」


「フッ」



 ルフはその言葉を鼻で笑うと、自分が思っている王の真意を説明する。



「この命令の真意は、魔物を倒すことではありません。王は私に上に立つものの資格を示せと言った。つまり、この短時間でどれだけの兵士が私について行きたいかを見るためのものです。...まあそれだけではなさそうですが」



 ベルルもその真意には納得していたが、それにしても気力が扱える兵士百人を連れていくのは限度があると思った。だがそれよりもルフの最後の言葉の方が気になった。



「それだけではないとは?」


「先ほど真意と言いましたが、そもそも隊長に値するのか見るため、ということはアルス王ご自身で仰った。王はご自身の真意を、わざわざ他人に説明するような人ではないと私は思います」


「確かにそういう王様だと私も思います。つまりこの魔物退治には別の真意があると?」


「ええ。それが何なのか分かりませんが」



 ベルルはこの魔物退治が、もしかしたらただ魔物を倒すだけの簡単な命令ではないかもしれないと思い、気を引き締める。


 やがて空が赤く染まると、一同はキャンプの準備を行って、明日に備えて休むのだった。

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