第8話 企み

 勇者ラドクリフは、武帝ガイアと呼ばれる男と酒場で飲みながら世間話をしていた。


 侵攻前に飲む最後の酒である。



「カーマ王国で注意する人間は誰かいたっけな。ガイア分かるか?」


「剣聖ルフがいただろう。それ以外となると残念ながら知らん」



 呆れた様子でラドクリフの問いに答える。



「いや、それはそうなんだが...」



 剣聖ルフは当たり前として、元々カーマ王国にいた名の知れた人物は誰がいるのかという意図でラドクリフは聞いていた。



「いや、知らないのならいい。それよりもハヤテの事をどう思う?」


「ハヤテか...まあ居てもいなくても変わらない人間だな。俺達が四人パーティーで活動する際にはそこそこ役には立つが、弱い」



 その言葉をきいたラドクリフは嬉しそうな表情で声を発する。



「だよなあ! 弱いくせに俺ら英雄のパーティーにいる。俺らの功績なのにただパーティーメンバーにいるだけで金と名誉を貰っている。俺には我慢できない」


 後半の言葉には怒りが込められていた。



「だとしたら、どうするんだ?」



 四人を集ってパーティーを結成させたのは皇族のルシウスである。それをラドクリフが勝手にメンバーを追い出したら、顔に泥を塗られたと思ったルシウスは怒るだろう。



「俺に考えがある。この戦争でどさくさに紛れて...こうする」



 途中で言葉を途切れさせると、ラドクリフは手を首までもっていくと首を切るような動作をした。


 それを見たガイアは表情を変えずに言う。



「なるほど、俺にはどうでもいい」


「なんだよノリが悪いな。 あいつが居なくなる分、一人当たりの成功報酬は増えるんだ。これを聞いたお前も同罪だからな」


「ふん、好きにしろ」


「つれないなあ」



 それからラドクリフは酒場の店主に追加の酒を頼むと、肩をガイアに回して戦争前の最後の酒を楽しむのだった。






 カーマ王国の王であるアルスは相変わらず、部屋に籠って本を読んでいたが前と違うところがあった。


 普段はベッドに寝転がり菓子を食べながら、本を読んでいたが今は違う。

 書斎の部屋で小難しそうな本を多数机に並べ、更に中途半端に書かれたノートとペンをセットで置いていた。


 アルスが考えた、傍から見れば何やら調べものをしており、難しそうなことをしていると思わせるためのセットである。


 最近護衛がついてしまったアルスは、舐められないようにこうして仕事をしているように見せかけるのである。


 本当にこれで仕事していると思われるのかアルスは半信半疑だったが、護衛についているベルルには効果抜群であった。




 こ、これが王の仕事場。こんなに本が収められている部屋を自分で持っているなんて流石はアルス王です。


 ベルルはやっと王の仕事の様子が見れることに感激していた。


 ここに集まっている本は、恐らく近隣の国について書かれた本や、歴史書、哲学書、地形学など様々な本だろう。


 現にベルルが机の上に置かれている開かれた本をチラッとみると、この国の周辺の地形について書かれているようだった。



 強気な性格に加えて、学者のような気質も持ち合わせているそのギャップに、ベルルは胸をキュンとさせアルス王の魅力に取りつかれていた。


 ベルルがうっとりとした表情でアルスを見つめていると、部屋をノックする音が聞こえて来た。



「陛下、報告があります」



 声を聞いたアルスはなんだと思いながらも、その声音から大した内容ではないと思った。



「何だ?」


「はっ。実はゴレーム宰相が倒れたとのことです」


「何だと!」



 その言葉にあまりにも驚いたアルスは、立ち上がりながら反射的に声を上げる。



「原因は一体なんだ?」


「それが医療魔法士によれば、寿命に伴う心臓病だと」



 心臓病と聞かされたアルスは顔を青ざめさせる。心臓病それはアルスの父親が命を落とした病の名だった。


 宰相が死んでしまえば、一体この国の運営を誰がするのか。アルスは焦りながら命令を出す。



「おい、今すぐ宰相の所に案内しろ」


「承知いたしました」



 アルス達は宰相が寝かされている部屋に向かった。


 到着するとそこには少しやつれた様子の宰相がベッドに横たわっていた。どうやら起きているようだ。


 アルスは宰相の前まで行くと、話しかける。



「宰相無事なのか!? 体はどうだ? どこか痛いのか?」



 それを聞いた宰相は、焦ったようなアルスを見て少し笑いながら答える。



「ほっほっほ。儂は今の所大丈夫じゃ。陛下も安心せい」


「そうか...ならいいのだが」



 アルスの頭によぎるのはピンピンしていた父親が、ある日突然動かなくなった姿だった。


 ずっとニート生活をすると思っていたアルスは、突然頼れる父親が亡くなってしまい、17歳で王に就任することになった。



「陛下、これから医療魔法士の二度目の検診が行われます。我々は退出しましょう」



 文官の一人に話しかけられたアルスは現実に戻る。



「そうだな...」



 アルスは宰相を再度見つめると、ある言葉を投げる。



「宰相、我を置いて死ぬなよ」



 それを聞いた宰相はにこりと少し笑うだけだった。


 その笑みを了解の意味だと解釈したアルスは、自室に戻っていった。

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