第7話 迫る脅威

「おい、聞いたか?」



 どこにでもあるような酒場のカウンターに、若い男が何人か座っていた。その内の一人は、隣にいる同じぐらいの年齢の男に話しかけた。



「何をだ?」


「王様が気力に目覚めたことだよ。それも何と気力を感じ取っただけで目覚めたらしいぜ」


「そんな馬鹿な。ただの噂だろ」



 話しかけられた男は、馬鹿馬鹿しいとばかりに顔を振る。


 気力に目覚めるのには死を体験することが必要なことは有名である。


 死を感じる程の目に合った人間は基本的には死ぬ。その中から限られた人間だけが気力に目覚めることが出来るのである。


 それを気力を感じ取っただけで目覚めるなんて、どんな才能の持ち主だ。もし本当ならこの世界で一番強くなる可能性があることになる。



「いや、それがマジらしい。というのも俺の知り合いの兵士が言っていたんだ」


「具体的には?」


「剣聖ルフが他の兵士と訓練を行っている場所に、王様が視察しにいらしたらしい。その結果、剣聖の気力を浴びた王様は見事に気力に目覚めたという訳だ」


「なるほど。だが、ただの兵士が言っているんだろう」


「いや、剣聖が言っていることらしい。そこまで疑問視するなら兵士に聞いてみたらいい」



 始めに話しかけた男がそう言ったきり黙ると、二人の会話はそこで止まった。


 二人から少し離れた位置に座っている男がいた。全身を黒で固めた服をしており、ぼさぼさの髪も黒色で、瞳も黒色という珍しい容姿を持っていた。


 黒髪黒目の男は先程の二人が話していた内容に聞き耳を立てていた。



「話が本当ならこの国の王は、相当な傑物なようだ」



 男はある国から追われていた。逃亡生活にも限界が迫っていた男は自身の後ろ盾になってくれそうな組織、国を探し始めていた。


 この国のアルス王は、確か平民出身の魔法士を宮廷魔法士に任命し、王の護衛にもさせているという。


 そんな王なら、己を受け入れてくれるかもしれない。だが、いきなり王と謁見は出来ないだろう。


 どうしたものかと男が考えたとき、ふと酒場の壁に貼ってあるポスターが目についた。


 内容をサラッと見ると、どうやらルーベル魔法大学の入学者募集のポスターだった。


 なぜ酒場なんかにこんなポスターがあるのか疑問だったが、少し興味が湧いた男は詳しく確認することにした。


 入学試験で優れた成績を残したもの、もしくは珍しい魔法を使える場合、学費が無料になると書いてある。在学年数は五年と長いが、どうやら飛び級も出来るらしい。


 珍しい魔法か...


 男は少しだけ熟考すると、ある決断をする。


 珍しい魔法を持ち合わせていた男は、ルーベル魔法大学に入学することを決めたのだ。


 カーマ王国のルーベル魔法大学に通っている学生に危害を加えれば、外交問題にも発展しかねない。そうやすやすと手をだすことはないだろうとの考えもあった。


 男は本気で入学試験に向けて準備をし始めるのだった。







 次期皇帝である、ルシウスはとある部下の報告を待っていた。


 人差し指を机に突き立て、子気味良い音を鳴らしていたルシウスは指の動きを止める。一人の男が部屋に入室してきたためだ。



「ルシウス様、只今戻りました」



 ローブを身にまとった、老齢な男だ。白髪を長く伸ばし顔には無数のしわが刻まれている。経験の長さを表したしわと鋭い眼光は、この男が只者ではないと見たものに思わせる。



「やっとか。ゲンブ成果は?」



 ゲンブと呼ばれた男は淡々と口を開く。



「ルシウス様の命令通り、二年間の休戦条約を結ぶことが出来ました。それも此方が一切譲歩をせずにです」



 それを聞いたルシウスは満足げに頷く。



「でかしたゲンブ。お前を使者にした甲斐があった。流石は賢者と言われる男だ」



 賢者ゲンブ。高い魔力と明晰な頭脳を持ち、ベルクス連邦から恐れられる男である。



「私にかかれば、造作もないです。...ルシウス様、カーマ王国にはいつ攻めるのです?」


「もう準備は出来ている。そうだな、作戦の要になるある英雄のパーティーをお前にも紹介しておこう」



 ルシウスは近くにいる使用人を呼ぶと、英雄のパーティーにこちらに来るように伝えろと命じた。



 暫くすると、ルシウス達の前に四人の人間が現れる。


 あれが噂の...


 ゲンブは四人の人間を一人ずつ注意深く観察する。


 まず真ん中左にいる金髪碧眼の男を見ると、傲岸不遜な雰囲気を漂わせ腰には見事な装飾がされた剣を身に付けている。勇者ラドクリフだ。


 その左隣を見れば、身長二メートルを超えるその身には武道衣を纏っており、むき出した肉体は筋肉で覆われている。個人最強と言われる武帝ガイアだ。


 勇者の右隣を見ると、神官の姿をした真っ白の髪をした少女が目を閉じて佇んでいた。確かあれは、フェルシール神聖国の光魔法を扱う一族の女か。


 その隣にいた最後の男に目を向けると、ゲンブは眉間にしわを寄せた。見たこともない貧弱そうな男だったからだ。噂で聞いている英雄の容姿とどれも一致しない。



 その様子を見たルシウスは、知らないのも当然だとばかりにゲンブに説明する。



「ゲンブよ。気になっているのは一番右にいる男だろう。あいつは言わばパーティーのサポート役になる」


 ルシウスは一呼吸すると話を続ける。



「実は魔物をテイムする珍しい魔法をもっていてな、最もテイム出来る魔物は弱いものしか無理だが、荷物役にもなる」



 それを聞いたゲンブはなるほどと感じた。前衛一人に前衛も中衛もこなせる勇者、後衛に神官、そして雑用役の男。バランスが良い。



「そして効果は僅かだが他人の身体能力を向上させるという珍しい魔法もある」


「なるほど。それは便利ですな」



 だがそれだけ聞くと、ある疑問が湧いた。ただの英雄をかき集めたパーティーでは軍隊があのドラゴニア山脈を超えることは難しい。



「その表情、分かるぞゲンブ。あのドラゴニア山脈を超えることは難しいと。だが私がこのパーティーを結成させ魔物退治をさせるとある重大な事実が判明した」


「それは一体なんなのです?」


「それはなんと魔物を一切寄せつかせないのだ! ドラゴニア山脈にいる強い魔物相手にも試させ既に確認済みだ」


「なんと!!」



 思わずゲンブは驚きの声を上げる。南にあるドラゴニア山脈はただ険しい道だけではない。強豪ひしめく魔物たちが多数生息しているため、軍が進行することが出来ないのだ。



「それなら大丈夫そうですな。しかしその原因は何なのです?」


「ゲンブよそれが分からないとはお前もまだまだだな。答えは簡単な事だ」



 ルシウスは英雄のパーティーの内、三人を見つめなが言う。



「魔物は強い存在を本能的に恐れる。人類最強の男と言われるガイアに、剣技と魔法を高いレベルで扱えるラドクリフ、そして極め付きは魔物が恐れる光魔法の使い手ルシアの存在だ」


「なるほど...」



 ゲンブはその理由が全てではないような気がした。魔物は時にどんな強者相手にも向かってくることは多々ある。


 いやそれなら光魔法を扱う少女がよほどの力を持っているのか。ゲンブはそう結論づけた。



「ガイア、ラドクリフ、ルシア、そして...」



 ルシウスは最後の一人の名前が何だったか忘れてしまい言葉に詰まる。



「ああ、そうだ確かハヤテという名前だったな。お前ら四人とももうこの場から立ち去っていいぞ。作戦は近い。英気を養っておけ」



 ルシウスの言葉を聞いた四人はその場を去った。それを見届けたルシウスはゲンブにふり返るとある指示を出す。



「ゲンブよ遠征になる。分かっていると思うが父上には薬を多めに盛っておけ」



 それを聞いたゲンブはにやりと笑う。



「ええ、分かっておりますとも」


「ならいい」



 ルシウスはこのザーマイン帝国を既に掌握していた。それは己に皇帝の位を譲らない父親に対して、薬を盛ることで寝たきりにし実質的な最高権力を獲得したのだ。



「ゲンブお前はここに残って時がきたら、カーマ王国に宣戦布告するのだ」


「は、承知しました」



 ルシウス達の軍隊が山脈を越えそうな時に、宣戦布告をし正当な侵攻だと知らしめる。だがそれを受けたカーマ王国は、突然山脈から現れたザーマイン軍の侵攻に間にわないだろう。


 完璧な作戦だとルシウスは自画自賛する。



「では俺は準備をする」



 ルシウスは侵攻の最後の準備をするために部屋から出て行った。

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