第5話 高鳴り

 王城のとある一室で、既に昼間を過ぎたにもかかわらず、ベッドに転がりならお菓子を貪っている男がいた。


 カーマ王国の頂点に立つ、アルス・カーマインである。


 アルスが今現在過ごしている部屋は王に相応しい豪華な部屋であった。

 その広さは、裕福な平民が暮らす一般的な一軒家の三倍程の広さを持ち、アルスが現在寝転んでいるベットは大人が五人寝れるほどの大きさである。


 天井に目を向けると、シャンデリアがぶら下がっており、それは王城の広間にある巨大なシャンデリアに次ぐ大きさである。


 ベッドから少し離れた位置には、円形上の部屋が存在した。中を拝見すると三百六十度、扉を除いた壁には全て本に埋め尽くされていた。


 読書家のアルスがこだわって職人に作らせた書斎である。



「あぁこんな素晴らしい部屋に暮らしていたら、誰でもニートになってしまうな。よって我は悪くない」



 アルスは言葉に出して、自身のニート生活を正当化する。政務をサボり自室でニート生活をすることに少し罪悪感を感じたためである。


 そんなアルスに目を向けていた存在がいた。王の護衛役に抜擢された宮廷魔法士ベルルである。


 ベルルは複雑な感情を心に渦巻きさせながら、部屋の扉の横にたたずんでいた。


 ベルルは元々、アルス王に感謝の気持ちと尊敬の気持ちを感じていた。というのもベルルは王と接点を持たないにもかかわらず、宮廷魔法士になぜか自分を選んだためである。


 しかし、ベルルが初めて王と対面した際にそのことは一切触れられず、昔からいたような態度で接され、挨拶のタイミングも逃してしまった。


 恐らく王にとっては、既に自身のことを知っているため、わざわざ新任の挨拶を聞く必要もないのだろうとベルルは思った。

 それと同時に、配下のことはすべて知り尽くしているのだろうと思った。


 だがそんなベルルをもってしても、ここ一週間のアルスの行動が、一体どのような意味を持つのか理解することが出来なかった。


 傍から見れば、ただ政務をサボって部屋で怠けているだけである。ベルルが想像していた王と正反対で、ただ混乱していた。



 そんなことを護衛が思っているのを知る由もないアルスは、少し苛立ちを感じていた。それは常に護衛から向けられる視線である。


 やはり、ニート生活に少し罪悪感を感じてしまうアルスは、己の怠けている様子を他人に見られ続けるのは、自身の怠惰な生活を責められているようで抵抗があった。


 アルスは自身の護衛について、見覚えがなかった。ベルルという名前に微かに聞き覚えがある程度である。

 アルスはベルルという宮廷魔法士について考えを巡らしていた。


 するとある一つの出来事が頭に思い浮かんだ。





 それはアルスが王になって一週間程たった頃である。アルスが日課の新しい本を探すために、図書館に向けて歩いていた時だった。



「おぉ! 陛下ではないですか。丁度用があったのですぞ」



 宰相が丁度良かったとばかりに、アルスに用事とやらを話す。



「実は宮廷魔法士に一人空きが出てしまったのじゃ。王にとっての最初の宮廷魔法士は陛下が選ぶべきだと思ってのう」


「なんだそんなことか。いいぞ我に任せろ」


「そうか!それは良かった! アランに言えばこの国の魔法士の資料を渡してくれる。では頼んだぞ」



 そう言い残して、宰相は去っていた。


 アルスはその宰相の言葉通り、アランが普段過ごしている別棟の部屋に向かった。


 アルスがアランの部屋の前にたどり着くと、ノックをせずにそのまま扉を開いて中に入っていった。



「アラン、この国の魔法士をまとめた資料を貰えるか?」


「誰かと思ったら陛下じゃないですか。いいですよ。どうぞこちらに」



 アランはアルスの命令を承諾すると、近くにある椅子をアランの近くまで持ってきて、座るように案内する。


 アルスが座ると、アランはいつの間にか手に持っていた書類の束をアルスに渡す。



「宰相からお話は聞いています。その書類はここ五年間のルーベル魔法大学を卒業した人達の成績や、何かしらの功績を記述したものになります」


「なるほど。用意がいいな。まずは五年間分を確認しようということか」


「はい。それとここ最近の卒業生達なら私がだいたいは把握しているので、どのような魔法士を希望するか言ってくだされば紹介できますよ」


「それはありがたいな。そうだな...強い魔法士を頼む」


「強い魔法士ですか...宮廷魔法士は強さよりもどちらというと、研究で成果を出している人達を任命するのが普通ですから、その選択は意外ですね」



 そ、そうなのか?


 それはアルスには初耳だった。しかし王が後から意見を変えるのは恥だと思うので己の意見を貫く。



「強い魔法士が居た方がいいだろう。それにアランお前強いだろう?」



 アルスが王太子の頃から、実力を測れない不気味な存在それがアランである。



「そうですか。まあ私の事は置いといて。こちらをどうぞ」



 アランはアルスの希望を聞くと、書類の束から五つほど紙を抜き出しアルスに渡す。



「この五人が私が知る限り、戦闘に特化した強い魔法士です」



 アルスが渡された書類を見ると、五人共戦闘の成績が優れ、魔物を何体か倒した実績を持っている魔法師もいた。


 この中から一人を選ぶのが面倒になったアルスは、アランが選んだ魔法士なら間違いはないだろうと思い、五人の中からランダムで適当に選ぶ。



「よし、こいつが新しい宮廷魔法士だ」



 そう言ってアルスはアランに選んだ一枚の紙を渡す。



「あのベルルですか。面白い人を選びましたね。陛下」


「そうだろう? では用事が済んだので俺は出ていく。後で宰相に言っておいてくれ」



 宰相から頼まれた仕事を終えることが出来たアルスは、元々の目的であった図書館に向かうために、急いで出て行った。


 アランはアルスの背中が見えなくなると、手元の紙に目を落とした。



「まさかベルルを選ぶとは、驚きだよアルス王。狙って選んだのか?」



 ベルルはここ最近、ルーベル魔法大学を飛び級して卒業した話題の才女だが平民だった。


 宮廷魔法士達は王に政策の助言も行う存在のため、基本的に貴族で構成されている。そのため、わざわざベルルを宮廷魔法士に任命することは、民達に「私は身分を問わず実力で人を登用します」と宣言したようなものだ。


 まだ王に就任したばかりのアルスからしたら、民たちへ私はこういう王ですよというアピールになるわけだ。


 アランが五枚の紙を渡した際、アルスはサラッと確認だけするとすぐに決めた。おそらくベルルを探していただけだから、あんな短時間で決めれたのだろう。


 それにこのアランの実力を疑うような発言...


 アランはアルス王は油断ならない人間だと評価を改めた。同時にとある研究を王に見つからないように、一層注意を払ってすることに決めた。






 アルスが回想から戻ると、現在自分の護衛についている宮廷魔法士が、自分が任命した人間だということに気づいた。確かアランはベルルと言っていた。間違いない。


 となると、自分が今までやってきたニート生活を、自分自身が任命した女の子に見せていたことになる。おそらく自分が任命したことは知っているはずだ。


 感謝しているはずだが、今までの自分の行動を見た限り失望されているだろう。


 失望か...


 アルスの脳内に先代の王である父親の言葉がよみがえる。



「アルスよ。王は失望された終わりだ。失望されない方法を今から教えてやる。

それは傲慢ながらもよく部下を労う。そして全てを見通しているかのような振る舞いをするのだ」



 傲慢、部下を労う、そして全てを見通している振る舞いか。


 父親が言っていた言葉に今まで間違いはなかった。アルスはまだ間に合うと思い、行動に移す。


 アルスはお菓子を食べていた手を突然止めると、ベットから優雅に出て立ち上がる。



「ふむ、そろそろ時間だな...」



 アルスは意味深に呟くと、ベルルが立っている部屋の扉の近くまで歩く。


 一部始終を見ていた、ベルルは 何事!?と思いながらアルスを見つめる。



「ベルルよ、今からルフの様子を見に行くぞ。ついて来い」


「い、今から剣聖ルフの所ですか!? 王よ剣聖ルフはまだ信用がありません。危険です」



 王自らルフの視察を行い、部下の事をよく見ていると思わせる。そして、今までの行動はルフがこの国の軍に溶け込むための準備時間というわけだ。これで少しはベルルも見直すだろう。いや流石に無理か。


 アルスは無理があるように思えたが、とりあえず行動することにした。



「おいベルルよ王の考えを否定するのか?」



 アルスはベルルの目の前にまで近づくと、低い声音で言う。



「い、いえそういう訳ではありません。ただ王の身を思って...」



 言葉を遮るように、アルスはベルルの背の壁に手をつくと、顔を近づけて命令する。



「ベルルよ我に従え」



 ベルルは予想外の出来事に心臓を激しく鼓動させてしまう。端正な顔を至近距離にまで近づけられ、命令されたベルルは、勢いに逆らえず頷いてします。



「は、はぃぃ!」



 アルスはその返事を聞き満足そうにすると、部屋の扉を開いてルフの元に向かって行くのだった。


 その場に残されたベルルは暫く放心していた。


 学生時代、その強さから男から避けられていたベルルは、強く迫られ命令された事に胸を高鳴らせてしまったのである。



「強く迫られるの悪くないかも......」



 小さく呟くと、王が既に部屋から出ていった事に気づいたベルルは急いで後を追った。

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