第4話 影の出来事
暗くじめじめした部屋で二人の男が話をしていた。
一人は銀髪の髪を肩まで伸ばし、端正な顔を少し歪ませながら、椅子に腰かけていた。
もう一人の男は、全身を黒のローブで覆ったいかにも怪しい姿をし、銀髪の男の目の前に膝をついていた。
「ルシウス様、報告致します。ルフはどうやら南の山脈に進んだようで、そこからの足取りが消えました」
ルシウスと呼ばれた男がそれを聞くと、既に少し歪ませた顔を、更に大きく歪ませ目の前の男に怒鳴り散らした。
「なに!? つまり逃したということか! あいつは何日もなにも食べていないんだぞ」
ルシウスの逆鱗に触れた黒ずくめの男は、自身の責任を逃れるために予め用意していた言い訳を述べる。
「ですが、ルフの動きはいつもとほぼ変わりませんでした。恐らく何者かが牢屋に食事を運んでいた可能性があります」
「なんだと? 一体どこのどいつなん...」
反射的に怒りの声を上げようしたルシウスだが、喋る途中でルフに食事を与える存在が思い浮かんだ。
「まさか...いやありえない」
それはルシウスが剣聖ルフに無実の罪をでっち上げ、処刑にしようとした切っ掛けの人間だった。
「どこまで俺をこけにする。ルフ!」
ルシウスはしばらく怒りに肩を震わせる。
怒りが収まった頃に、ルシウスはルフの居場所に考えをめぐらす。
南の山脈を超えた先は、カーマ王国が存在する。ザーマインとあまり交流がない国だ。それと同時に戦争を仕掛ける理由もない。
そこまで考えをめぐらすと、ある妙案が頭に思いつく。ルフは国家反逆罪に問われている。つまりそのルフを仮にカーマ王国が雇えば、戦争の口実に出来る。
ルシウスは笑みを浮かべる。ルフが逃げたことは腹が立ったが、今は褒めたい気分だ。
ここ最近、ベルクス連邦との戦争にも飽きてきた頃だ。カーマ王国を属国にすれば、ベルクス連邦は戦線を二つ抱えることになる。
問題はあの山脈をどう超えるかだが、優れた力を持った英雄がザーマイン帝国には複数存在する。ルシウスはそれを実現できる英雄に心当たりがあった。
そうと決まれば早い。ルシウスはまずベルクス連邦と休戦する準備を始めた。
ここベルクス連邦において、ある一人の若い魔法士が歓喜の声を上げていた。
「やった! ついにやったぞ! これで俺も歴史に残る伝説の魔法士だ!」
男の名前はレバニア。数年前にカーマ王国のルーベル魔法大学を卒業した男である。
レバニアが見つめる先には、白骨化したマウスがケージの中で動きまわっていた。
「アランが言っていたことは正しかった。そして俺の予測も正しかった」
レバニアは呟きながら急いで紙にペンを走らせる。しばらくすると、一つの論文が完成した。
完成した論文を、乱雑に書類が溢れている机に投げると、レバニアはその場に倒れ込み熟睡し始めた。
数時間後、何か胸騒ぎがしたレバニアは深夜に起きてしまう。
「まさかこんな時間に起きてしまうなんて、何か胸騒ぎがする」
三日間徹夜したレバニアからすれば一日眠る予定だったのだ。
危機察知に自信があるレバニアは、研究室のドアに向けてゆっくりと歩きだした。
バタン!
突然ドアが開き、一人の老人が顔を出す。
レバニアは肩をビクッとし、あまりの恐怖に悲鳴を上げようするが、寸前のところで老人が誰なのか気づく。
「ファルス教授じゃないですか。驚かさないでくださいよ」
突然部屋に入ってきた人間が、知り合いだと気づいたレバニアは一安心する。
ファルス教授は、レバニアが魔法大学を卒業し、故郷のベルクス連邦に帰ってきた際に、好待遇で助手として向かい入れてくださった人である。
レバニアの恩人でもある人だが、どうしてこんな時間に来たんだろうと不思議に思う。
「危機察知が強いのは本当だったのだな。まあ今起きた所で変わらないが」
「え? それはどういう...」
「もう、遅いわ」
ファルスは呟くと同時に、片手に魔力を集めて収束させるとレバニアの胸に向けて突きさした。
ズブ!
胸に刺さったと思った腕はレバニアの肩を貫いていた。魔力を感じとったレバニアが無意識に体を動かしたのである。
「ほう、やるな。だがお前の逃げ場はないぞ」
「くそっ!あなたがこんな人だったなんて...」
レバニアは瞬時に背を向けて、本棚に向けて走り出した。
頭の回転が速いレバニアはこの状況を悟り始めていた。才能はあるが、人脈がない平民の魔法士を好待遇で迎い入れ、そして優れた研究成果を出せば、殺して奪う。
栄誉しか求めていない魔法士がやりそうなことだった。
レバニアは本棚に辿り着くと、上から四番目左から二番目の本を押す。その後本棚の端を両手で持つと、手前に向けて力を入れる。すると本棚は簡単に回転し、地面に下へと下る階段が現れた。
急いでレバニアは下っていく。
それを見ていたファルスは驚きの声を上げる。
「何!? そのような隠し通路をいつのまに作ったのだ!?」
ファルスは少し焦りながら、いざという時に雇った野良の魔法士に向けて、連絡を入れる。
「対象を殺し損ねた。儂はそのまま追う。お前らは町から出ないように見張っておけ」
その後、ファルスはレバニアが進んで行った道を辿る。
レバニアは何とか追手たちをかいくぐり、町の外に出ていた。そして向かう方向は友人のアランがいるカーマ王国だ。
走りながら、アランに向けた手紙を書く。手が震えながらも、何とか書ききると手紙に向けてある呪文を唱える。
すると手紙に羽が生え、そのまま飛び去って行った。
「と、とりあえず何とか撒けたか」
レバニアは走り続けで限界だったのもあり、近くの樹を背にして座り込む。
「誰が撒けたって?」
すぐ後ろの木から声がすると、レバニアは驚いて飛びおきる。そのまま振り返るとファルス教授が木の傍に立っていた。
「やだなあ~ファルス教授人驚かすのどんだけ好きなんだよ」
流石に限界だったが、こいつに弱音を吐きたくなかったレバニアは余裕があるように見せかける。
「もう限界なのはレバニア、お前自身が分かっているはずだ」
ファルスが目の前を見つめるそこには肩から血を流し、今にも倒れそうな男がいた。
「安心しろ。お前の研究成果は儂が活用してやる。そうだな...殺されたくはないだろう。自害しろ」
その言葉を聞くとレバニアは思わず笑みを浮かべる。
「言ったな? ではお望み通り自害してやろう!」
レバニアはそう吐き捨てると複雑で長い呪文を唱え始める。今からする呪文はぶっつけ本番だ。成功する確率は半分もないだろう。
だがもう後がないレバニアは死ぬ覚悟である魔法の行使に踏み切る。
その呪文は長いこと教授をしているファルスですら知らない呪文であった。
「何の呪文だそれは!?」
危険を感じたファルスはレバニアに向けて魔法を放とうとする。
「もう遅い」
一言呟くとレバニアの頭が強く光る。その光は余りの明るさから辺り一面を見えなくした。
ファルスは片手で目を覆いながら、レバニアに向けてもう片方の手を使い、魔法をがむしゃらに打ち出していた。
やがて光が収まると、ファルスは覆っていた手をおろす。そしてレバニアがいた場所を確認する。
するとそこにはなんと人間の頭骸骨がポツンと置かれていた。
「いったい何が起こったのだ」
ファルスはしばらく混乱しながら、残された頭蓋骨を見つめる。するとある考えが思い浮かんだ。
「奴の研究は確か、マナを用いて生物が死んでも動き続けることを目指していたはず...そうか、そういうことか!」
ファルスは納得したばかりに思わず笑ってしまう。
「己自身を死んでも動くように己に魔法をかけたのか...はははっ これは傑作だ。失敗するなんてな」
ファルスはもう用は済んだとばかりに、頭蓋骨を蹴り飛ばすとその場を去った。
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