第3話 その男は
アルスはカーマ王国の城のとある一室で、重要な会議を開いていた。
アルスが集めた主な出席者は、宰相、宮廷魔法士、騎士団長、その他各部署の代表である。
会議が始まって十分が経つと重苦しい雰囲気が漂う。
アルスが出席者の顔を見渡すと、その表情は信じられない、といったものや呆れたような顔をした人、そして無表情なものがいた。
しかし、共通しているのが、王の判断を疑うかのような、アルスに向ける視線である。今回ばかりは独断が過ぎたかとアルスはひとりごちる。
そしてもう一つの前提を説明するためにアルスは口を開く
「まだ話し合う前に説明が残っている。剣聖ルフが一体どういう人間かを共有するべきだ」
アルスはそう言うと隣に立っている文官に資料を配るよう命じた。
そしてアルスは配られた資料を改めて確認する。アルスが剣聖ルフの経歴を見るのはこれで二度目だが、どうしても驚きの感情が湧いてしまう。
剣聖ルフ
それはカーマ王国において最も有名なザーマイン人である。
その名前が轟いたのは、今から五年前に起こったザーマイン帝国とベルクス連邦の戦争である。
当時、二十七歳であったルフは、ザーマイン軍においてはかなり有名な剣の使い手であった。
軍において、ルフに勝てたものはおらず、そのあまりの強さから上官の貴族から嫉妬され嫌がらせを受ける程だった。
そしてあるとき、ザーマイン軍の一個旅団がベルクス連邦の奇襲を受け壊滅し、撤退することになった。そのとき上官の貴族がルフに命じたのが殿だった。
ルフはその命令を聞き、死ぬ覚悟で殿を務めた。
死の隅を彷徨う戦いの中でルフは己の限界を超え、そして気力に目覚めた。驚くことにルフは気力を使わずに軍で一番強かったのだ。
気力に目覚めたルフは相手の千の軍を壊滅させた。
それから国内外で剣聖ルフと呼ばれるようになった。
だが、その五年後になんとルフは反逆罪の罪で処刑が決まってしまったのだ。
罪の内容は次期皇帝であるルシウスを殺害しようとしたことである。これはルフによればルシウスに嵌められたという。
こんなところで死ぬ気がなかったルフは牢を脱走して、追手を撒くために山脈を超えこの国にたどり着いたらしかった。
会議の出席者が全員ここまでの内容を読み終えたことを確認すると、宰相が全員の顔を見渡しながら言う。
「まだ、ザーマイン国の剣聖がどうなっているかは情報が入っておらん。が、実は帝国が新しくシドという名の剣士を帝国軍の剣術指南役に任命した情報がある」
宮廷魔法士の一人であるアランが、それは初耳といった表情をする。
「シドですか......聞いたことがない名前ですね。確か元々、軍の剣術指南役は剣聖ルフが任命されていましたよね」
「ああそうじゃ。どうやらこの資料に書いてある内容は真実の可能性が高い」
宰相の言葉に一同は納得の表情を浮かべる。と同時にアルスを見つめる、王の判断を疑うような目はなくなりつつあった。
アルスは自分に向けられる疑惑の目がほぼなくりつつあるのを感じ、安堵した。
「我が剣聖ルフと話したところ、我が国に仕えたいという意思は嘘には感じなかった。我が言うのだから間違いない」
王は舐められたらおしまいだということを、アルスは先代の王である父親から聞かされていた。アルスは威厳を感じさせるために見栄を張った。
「なるほど。確かにこれまでアルス王は人選を間違えたことはない」
アルスと仲が良い宮廷魔法士であるアランも援護をする。
「王が言うのならそうなんだろう」「確かに」「王の判断はこれまでに大きな間違いがなかった」
口々に王の言うことは間違いないという言葉が飛び交う。
オッホン!
流石に恥ずかしくなったアルスは大げさに咳をして一度静かにする。
「実は問題は他にもある。それは剣聖ルフが暴れた場合、止められるやつがいるかということだ」
アルスはもう一つの懸念事項である、剣聖が暴れた場合、誰が止められるかという話を切り出す。
カーマ王国ではここ百年間、戦争をしてこなかったというのもあり、英雄と呼ばれる存在がいない。最も、平和故に優れた学者が多く、魔法士の数も多い。
しかし、戦争において英雄は生まれるものだ。我が国の魔法士が、戦いにおいてどれほど優れているのかアルスは分からなかった。
「それはごもっともな意見ですな。仮にルフが暴走して国の上層部が全員殺されたら、この大陸において生涯笑われ続けるでしょうな」
平和を望み変わりなくこのカーマ王国を、存続させようと思っているアルスからしたらそれは我慢ならないことだった。
「アラン、お前から見て剣聖ルフに勝てそうか正直に話してくれ」
宮廷魔法士アランという男は、カーマ王国の名門ルーベル魔法大学において歴代トップの成績を残し卒業した、天才である。
論文「マナが脳に与える影響とその可能性」は著名な魔法学者達から高い評価を得て僅か22歳でカーマインの魔法士の中で最高の栄誉とされるベルガ賞を授与されるほどである。
カーマ王国で数少ない、英雄レベルの人間とアルスが思っている男である。そしてアルスが思う戦闘能力が高さそうな男でもある。
「そうですね。私の本職は戦いではなくどちらかというと研究よりですから。正面から戦うと恐らく負けるでしょう。私よりもベルルの方が強いですよ」
それを聞いたアルスはアランの隣に座っている、紫色の髪をした少女に目を向けた。
宮廷魔法士ベルルである。
ベルルはアラン程ではないがここ最近話題になった天才魔法士である。ルーベル魔法大学を二年飛び級し卒業した才女で戦闘魔法科に所属していた。
アルスの視線にベルルが答える。
「私が何百回か戦闘シミュレートしたところ、負けはしないと感じました。ただ勝てるかと言われれば決め手にかけますね。しかし、城に集っている宮廷魔法士と騎士達を合わせれば勝てると断言します」
「なるほど。それなら問題はないじゃろう。とりあえずアルス王の護衛にはベルルをつければいい」
宰相の言葉に否定の声は上がらなかった。
アルスからすれば型苦しそうな少女に、四六時中護衛されるのは、王の威厳が薄れ舐められそうだなと感じてしまう。だが死にたくなかったので、あきらめて受け入れることにした。
その後の会議は密偵を派遣するなど、ザーマイン帝国に注意を向ける方針に決まった。
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