偶然



影に逃げれば、後は罠士の本領発揮だ。

隠密行動で、鍬であちこちに罠を設置。


やがてあらゆる罠に引っ掛かってくれた戦士も死に。



「一人になったな、アーノルド」



満身創痍。

そんな言葉が似合う彼は、逃げる事なくそこに居た。



「……貴様、なんのつもりだ」

「いいや。あの時ありがたく“舐めプ”を貰ったから、お返しだよ」


「フッ。そうか」



喉元には鍬の刃。

諦める様に笑うアーノルド。


彼も詠唱を中断されると分かっているのか、何もしない。

口調は少し荒いけどね。

もうキミじゃなくて貴様だし。



「貴様の“幸運”――いいや、“悪運”はとんでもない」

「どーも」


「地の利はあれど、私達4人を1人で壊滅……驚いた。あの一撃で、終わると思っていたよ」

「うん」


「ッ。だが、好い気になるな。これも――」

「――“偶然”、そう言いたいんだろ?」



囚われた様に呟こうとしたソレを、俺は止めた。

いい加減聞き飽きたからだ。



「ッ!」

「うっせーんだよ、いちいち」



正直放っておけない。

その、勝手な決め付けの思考が。


……はぁ。ちょっと雑談でもしてやるか。



「お前、革靴とか履くだろ?」

「……な、なんで今そんなことを」

「図星だな」



なんか好きそうだし。雰囲気的に。

イギリスの紳士に憧れてそう。



「雨とか泥に備える為に、防水スプレー振ったりしない?」

「……」

「うんうん便利だよな。汚れもつかないし」



水をはじく性質を持つ液体…...撥水はっすい剤を噴射するのが防水スプレーだ。


サラダ油が水と分離する様に、その液体は水をはじく。

油は布に染み込み、または流れていくが、撥水剤はその場に留まり水や泥、汚れを弾き続ける。


服や傘や革靴を守ってくれる、魔法の様な液体。



「アレの発明はな、偶然の産物なんだよ。“彼女”は合成ゴムの開発中に、溶液の入った瓶を落として中の液が同僚の靴に掛かった」


「靴に付着したそれは、洗っても全く落ちずに流すはずの水をはじく――その溶液が防水スプレーの元だ」


「彼女はその“偶然”を機に、『それ』を完成させた」



つらつらとアーノルドへ語り掛ける。



「……何が言いたい? よくある発明秘話だろう」



まあ確かに、その通りだ。

ただ、これだけは彼に伝えたかった。



「“彼女”は――当時じゃ珍しい女性の研究者だった。男性優位の時代だ、最悪成果なんて掠め取られる事もある。加えて会社に雇用された者。もし成果がなければどうなるか……だが、その“偶然”を追って、実用性を高めた」


「偶然を、ただの偶然で終わらせる理由には十分だった。でも彼女は成功した。好奇心と失敗を恐れない意思、それらひっくるめた情熱が――今の防水スプレーの発明に繋がったんだ」


「……何が言いたいか、気付いてくれた?」



世は面白おかしく、彼女の発明を“偶然の産物”と言い回っている。

溶液が入ったガラス瓶を地面に落とした結果、ポンっと生まれたのが防水スプレーと。


運が良かったのは確か。

だが、絶対にそれだけじゃない。


数多くの失敗と、諦めない強い意志の上に――その偶然は乗っかっているだけだ。



「お前はプロゲーマーで、仕事故に窮屈きゅうくつな考えになってしまうのは仕方ない」


「信じられなかったこと、予期できなかったこと、都合の悪いことを“偶然”やら“幸運”やらで片付けるのは簡単だ。それが一番楽で現実的だしな」


「でもな、そんな“偶然”にこそ――必ず目を向けるべきだ」



予想外への気付き。

その能力は、教えてくれるものではない。


遥か昔に、“彼女”はそう言ったという。



「ゲームで何言ってんだって思うだろうが……お前は“それ”で食ってんだろ? だったらきっと、その考えは足を引っ張る事になると思うよ」



慣れない長話を終え息を吐く。

説教は苦手だが、なんとなく彼は放っておけなかった。


あのパーティーの中で、最後まで平静を保っていたのはアーノルドだけだった。広い視野も指示能力も、“隠し玉”のタイミングも申し分ない。コイツが居なければ、残りの三人は一瞬でキル出来ただろう。


だからこそ、その歪んだ思考回路が気になったのだ。



「……ああ。そう、だな……」

「うん」


「……詫びよう。すまなかった。貴様の“罠士”を愚弄した事を」

「うんうん。まあ謝罪は要らないけど、その考えは改めてね」


「それで……貴様は」

「なに?」

「ならばどうやって、三日目に――“そこまで”到達出来た?」

「おっ。良いね」

「教えてくれるのか?」



彼は、もはや杖を仕舞う。

明確な武装破棄。



「質問はもっと具体的に頼む」

「……すまない。貴様はレベルがいくつの時に、始まりの街のどこで、どの様なモンスター、あるいはどのクエストでレベルを20まで上げた?」



その目は、確かに最初とは違っていた。

それを確認した後――俺は口を開く。



「“脱獄”だ」

「……は?」


「始まりの街、牢獄エリア。そこの看守を倒したら経験値がバーッと入ったんだ」

「な、何だと? そもそもあそこは檻が……」


「だから言ったろ。脱獄したって。『落とし穴』でな。その上で看守を撃破した。罪ポイントもすんごい入ったけどね」

「フッ、フハハ! 何だその滅茶苦茶は!」



声を上げて笑う彼。

それは、眼鏡がずり落ちそうな程に。


しかし――



「ならば……どうやって?」

「気になる?」

「……貴様が言った事だ。あらゆることに目を向けろと」



それを言われると耳が痛い。

まあでも、秘密にするようなものではない。



「五時間ぐらい話そうかな」

「……この話は止めだ。終わる前にログアウトになる」

「俺もそう思います」


「ならば。どうやって最後――私の一撃を防いで見せた?」

「軽くだけど良い?」

「……感謝する」



それぐらいなら、すぐに終わる。



「まず、『地面』とは何かから考えようか」

「……?」



おいおい。

決してこれは、怪しいお話ではないぞ!





「……その時、服に落とし穴が設置出来て……それの応用の更に応用というわけか」

「そういうこった」


「フッ。なるほどな」

「分かった?」


「……理解した。そして、貴様が強い理由も」

「それはどうも」



数分か、看守の時の記録から今に至るまでをざっくり解説。

案外興味深く聞いている様で驚いたね。



「罠士であろうと、貴様が“そのまま”であろうとも、プラチナレッグは貴様を迎えるつもりだ」

「お前嘘言ってたの(ドン引き)」


「……ああ。偶然で上手くいった素人を、引きずり降ろすつもりだった」

「怖っ」



こいつヤバイ奴だ! 近寄らんとこ!



「謝ってすむものでは無いが、本当にすまなかった。因果応報……引きずり降りるべきは私だったな」

「そういうことだね」


「……で、“それ”だったら入るのか?」

「言ったろ。お前らのチームに入っても、何の旨味も無いってな」


「フッ。そうか、そう言うと思ったさ」

「娯楽を仕事にするとか絶対無理だね!」



答えが分かっていた様に笑うアーノルド。

どうやらこいつも大分俺の事が分かってきたらしい。



「さて……貴様は、気付いているのか?」

「ん? もちろん。お前と話し始める前からな。あの“舐めプ”はこの為ね」


「“そういうこと”だ。で、貴様はコレからどうするんだ」

「まあなるようになるだろ」

「フッ! 凄まじいな貴様は。その度胸を分けてもらいたいぐらいだ」



ま、実際今手出して来てないし。

怖がろうにも怖がれないよね。



「お前はこれからどうすんの?」

「私か? 当然“金”には居れない。居るつもりもない。良い機会だ……少しFLから離れ、自分を見つめ直そうと思っている」

「別ゲー?」

「ああ。これでも、そこではトップランカーだった。そして私が一番好きなゲームでもある。貴様もどうだ?」



どうやらアーノルドも色々あるようだ。

でも……別ゲーか。



「罠士はあるの、そのゲーム」

「無いな」

「じゃあいい」


「フッ、貴様らしい――それでは最後に、この私を糧にしていけ」

「えぇ……なんかやりにくいし逃げても良いよ」

「私は敗北した。強者である貴様には、私を経験値にする権利がある」




両手を広げるアーノルド。

そこに抵抗の意思は無い。



「そういうもんかね」

「……あと……“上司”の叱責から逃れたいというのもある」



と思ったら、そんなことを言いたくなさげな顔で話した。

案外人間っぽいとこあるんだね。



「はは! なら仕方ないな」

「ああ、すまないが頼む」



まあそういうことなら逝かせてやろう。





「へぇ。そのゲームじゃお前、以外と面白い武器使うんだな」

「フッ、まぁ昔の話だが――」



雑談交じりに、大地雷を二つ地面に置いて。



「OK! じゃ、この断頭台に進んでくれる?」

「ハハハ、ド派手に逝きそうだな!」



その返事と共に、彼はそれに歩き。



「それではな、ダガー。健闘を祈る――」



また、周囲に聞こえぬ程の声で。

小さく彼は呟いた。



《アーノルド様を倒しました》

《経験値を取得しました》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振ってください》

《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》

《PKペナルティ第四段階》

《称号『ジェノサイド』を取得しました》



「――それはどうも」



鳴り響くアナウンス。

ああ、レベルが上がったか。ステータス……を振る前に。


先にやることがある。



「さて――」



俺は辺りを眺めた。


一見何もないジャングル……だが、分かる。

そこらにいる、趣味の悪い“観客達ギャラリー”がね!



「出て来いよ。“プラチナレッグ”の皆さん方!」

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