チェックメイト


魔導士は、『魔導術』スキルの特性上『詠唱』が必要であり、大きな隙が発生する。

時間にして3.5秒。


しかしそれを補うのが、『短縮詠唱』。


文字通り魔導士の詠唱を縮め、本詠唱のみで魔導術スキルを発現出来る。

……が、使用の際は注意が必要である。


30秒という再使用時間ももちろんだが、使用後5秒間は魔導術スキルを発動出来なくなる。


たかが5秒。されど5秒。

使うタイミングが、魔導士としての腕の見せ所だ。






「笑ってないで、とっとと来たら?」

「ああ、そうだな。終わらせよう……『ファイアー・エレメント』――」




“指示”の為。念には念の時間稼ぎ。

思えばそれによって、彼の緊張は少し溶けていたのかもしれない。



「!? 目がッ――」



ノーマークだった。

スコップによる、砂の一撃。



《状態異常:視野狭窄ブラインドになりました》



当然、アーノルドの詠唱は中断。

完全ではないものの、視界が一部奪われたからだ。


(こんなもの……!)


しかし。彼はその対処法を導き実行。


砂ならば――洗い流すまで。

ローブの裏、ポケットに仕舞っていたMPポーションを顔に掛ける。



《状態異常:視野狭窄が解除されました》



それは砂を食らった後……ほんの数秒で完了。

だが、その数秒が命取りになることを彼は知っている。


地雷を受け吹っ飛んだ戦士は頼れない。



(ここだ――ここで使うしかない!)



「『短縮詠唱』――ッ」



よって。

彼は刹那の迷いもなく、そのスキルを発動。


その“殺気”を感じとったダガーは、それに気付くが――どうしようもない。



「――『炎蛇』!!」

「――『高速罠設置』!!」



はず、だったのに。

地面に敷いたスケッチブックの様な“何か”に、スコップを翳すという意味不明な行動。



「――ッ!?」



更に、それを地面から拾いあげて前に掲げる。

まるで、“盾”を構えるかの様に。


あんなもので、この『炎蛇』が防げるはずがないというのに。


なぜか。

得体のしれない不安が、彼を襲う。




(何なんだ、アレは!)




「――『旅の記録』だ」




その疑問に、答えるようにダガーは口にし。




「なッ――!?」



次の瞬間。

旅の記録に空いた“異空間”へ、炎は吸い込まれていった。


あんな紙の束、突き破ってダガーに貫通するはずだったのに。



(まだだ……!)



しかし、炎蛇には追尾性能がある。

あの突如現れた異空間は謎でしかないが、“着弾”はしていない様に見える。

勢いであの穴に入ってしまったが――それの追尾性能は高い。


盾や武器で直接防がれた訳じゃなければ。

空間が広がっているだけならば、火の槍といえど蛇の様に戻ってくるはず。


その穴の中を。

ぐるっと曲がって、あの罠士に――




「――“解除”」




しかし、そんな希望も一瞬で閉ざされた。


彼が、開いている旅の記録を閉じた瞬間。

連動する様に、その穴が“無くなった”からだ。




「…………は?」




その後。

穴に迷い込んでいた炎は、出てくる事もなく。


罠士は――森の影へ逃げ込んでしまった。






「なっ。なんなんだ……アレは……!」



信じられない――そんな表情。

体力はまだ残っているものの、アーノルドは戦える余裕などなかった。

切り札である短縮詠唱が凌がれ、しかもダガーは森の中に潜まれ。


刻々と、時間は溶けていく。

されど、一向に落ち着かない。



「アーノルドさん! 気を確かに!」

「ッ! すまない。アイツはどこに行った――」



戦士の声で我に返るアーノルド。

索敵を開始……だが、足音は聞こえない。



「に、逃げた?」

「だと良いんだがな……」



そんなわけはない――冷や汗を流しながら彼は周囲を見る。

どこだ、どこだとあちこちを。



「!? おいレオ……?」

「ど、毒……」



《レオ LEVEL22 状態異常:毒》



しかし、そんな無慈悲な表示。


毒を食らった。

それはすなわち。



「近くに、います……!」

「ッ!」



青褪あおざめた表情。

それは毒ではなく、恐怖のせいだ。


森という閉塞感。

場所の分からない敵。

近付いてくる死。


それは――プロゲーマーといえど、フルダイブVR。

確実に精神をむしばんで、判断力をごりごりと奪っていく。



「あ、ああくそッ! どこなんだよ!」

「レオ、闇雲に走るな!」


「! そ、そこかッ!」



そして、その時。

彼には見えた。


5メートル程先。木の影から不自然に伸びる“長い棒”を。

言うまでもなく彼の武器。

“鍬”とかいうふざけたソレが。




煽る様に、振られていた。




「待て! それは“罠”――」



戦士は走る。

アーノルドの声は届かない。


気付かれたからか、それは遠くへ逃げていく。

ようやく見つけた罠士の影。


絶対に逃さない。

この悪夢の様な状況から、早く脱したい。

早く、早く――



「――え」



しかし。

その鍬に目を取られ、足音が疎かになっていた。


違和感。

何か、石の様に固い物体。



「……こ、これ――」



――戦士は踏んでしまったのだ。

大きな、黒い塊を。



《レオ様が死亡しました》



「ッ! レ、オ……!?」



そして。

彼は仲間全てを失って。




「よう」




現れた、罠士。

淡々と近付くその男に、どうする事も出来なくて。




「一人になったな、アーノルド」




“チェックメイト”――それを示す様に。


鍬の刃が、アーノルドの喉に突き付けられた。





△作者あとがき

いつも応援ありがとうございます。

次回は恐らく、検証記録を挟みます。

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