『1%』の挺身戦
目の前の罠士は、すぐそこに亀が迫っているというのに全く動じていなかった。
そして――『現れる』。
半径1mほどの大きな穴。その後彼は後ろへ駆け出す。
「墜ちろ」
背中越しに呟いた彼。
そして、次の瞬間。大亀がその穴に触れた瞬間。
その大きな穴は――さらに、さらに大きくなった。
引きずり込まれる様に、ジャイアントトータスは埋もれていく。
HPは大きく削られ――6%!
『コ――オ!?』
「す、すげぇ……」
「……『罠設置』」
やがては手じゃなく、その頭も、身体も。
まるで食われているかの様に。
横の本人は見もせずまたスキルを発動しているが。
……空瓶? を手にして。
何やってんだ。
「え、おい!」
「――『高速罠設置』」
そして彼は、また走って大亀に接近。
もう一度地面に手を触れるダガー。
すでに上昇し、怯んでいる大亀にも目をくれず――
「『罠設置』……やっぱりか」
「え」
「『罠設置』、まだ攻撃してこな――」
『――コ――――』
「やばいぞダガー、もう復帰する!」
「くそッ、了解――」
立ち上がり、ダガーを踏みつぶそうとする大亀。
なのに彼はそのままで。
どこか、悲しげな表情で――
『コ――オ――!!』
「クロセ。残念ながら俺はここまでだ」
「……は?」
俺に向いて声を掛ける。
まるで――『心中』するかのように。
「――だから、お前は早く逃げろ」
『コ――オオオオ!!』
そう言って、彼は地面を踏む。
現れる大穴。
そして『彼ごと』落ちていく大亀。
『コ――』
「ッ――ま、無理だよな」
悔しそうな声。
同時に――パリン、と。何かが割れ、爆発音。
更に大亀のHPは1%削られて。そしてそのまま。
「ッ――すまん、クロセ――――」
身体が、嘘みたいに動かない。
思考がまとまらない。
穴の奥底から聞こえる声。
《ダガー様が、ログイン時間超過でログアウトされました》
嫌でもそんなアナウンスで分かる、その現実。
彼はあっけなく消えてしまった。
『1%』のHPを残した、
「……おい、嘘だろ……?」
沈んだ大亀と共に彼は消える。
紛れもない現実だ。
《――「だから、お前は早く逃げろ」――》
「……」
このゲームのシステムはよく知っている。50%以上のダメージを与えていたプレイヤー、パーティに報酬は与えられる。横取り防止のシステムだ。
10%時点で彼のパーティに参入し、オレがジャイアントトータスを倒した所で、経験値もアイテムも手に入らない。入るのは恐らく彼だけ。それもログアウトしているから彼にすら入るかどうか分からない。
きっと『誰も何も得られない』――そんな事態。
それを分かっているから彼は逃げろと言ったんだ。
『コ――オ――!!』
地面、動き出す大亀。
でもオレは、剣を握ってそれに向く。
「……逃げて、たまるかよ――」
報酬が欲しいのなんて当たり前。
それが貰えないなら倒す意味なんて無いかもしれない。
でももし、このままオレが踵を返してしまったら。
コレまでのアイツとの『共同戦』が――全て意味が無かったモノになる気がして。
あんなに楽しかった時間が、無かった事になるのは嫌なんだ。
せめてコイツを倒して、ダガーに報告してやるよ。
笑って――
――『やっぱり、何も貰えなかったよ』って。
『コ……!!』
「『ランスケープ』!」
手足を振り上げ地面を揺らし、近付いて来るその大亀。
再使用時間が終わり、ランスケープを発動。
今は逃げる為じゃない――攻める為に使用する!
『コ――!』
「――ひっ、入った……!」
移動する大亀に突っ込み――死ぬ気でその手と手の間から甲羅の下に入る。
ここなら、手足の振り下し攻撃は食らわない。いわば安全地帯。
とんでもない地面の揺れはあるが――
「――『スウィング』」
ジャンプして上方向に武技を放てば――頭上にある腹部分に一撃が入る。
確かな感触。
見える大亀のHPバーは……微かに、でも確かに0.1%は減っていた。
「行ける、かも――」
『ゴ…………』
《――「大丈夫。アレは『休憩』だ――離れるぞ」――》
その低い、呻くような大亀の声。
瞬間ダガーのセリフが蘇る。
逃げなければ――っ!
『――――』
「やばいやばいやばい――ぐっ!!」
ゆっくりと落ちてくる大亀の腹。
下敷きになる前に、なんとか出てこられたけど。
かすったせいか……オレのHPは既に10%まで減少していた。
《ランスケープの効果時間が終了しました》
『コ――コ――』
「こんな減るか? 普通……」
回転する大亀を眺めながら地面に座る。
揺れるせいでまともに休憩できないが……。
「はぁ。良い作戦だと思ったんだけど」
腹の下という安全ポイントを見つけたらコレだ。
結局のところオレは――
「――『真正面から、やるしかない』」
『コ――コ――』
甲羅の回転を終え、ゆっくりとこちらへ向き直る大亀。
オレもそれに対峙する。
……さあ、覚悟を決めよう。
オレは――ジャイアントトータスの手の付近に走り。
「『ブレイブハート』」
冒険の技術スキル、レベル10で取得したそのスキルを発動。
身体を赤いオーラが包み込む。
【AGI】、【STR】、【VIT】が上昇。HPも減っているから更に上昇。
この効果時間、20秒でケリをつける!
『コ―ー』
「っ――『スウィング』!!」
前、振り下された巨大な右手。
それが地面に到達する前にジャンプ――剣をその手に振り下す。
残り、『0.7%』。
『――――』
次。大亀の左手がオレの居る場所に振り下ろされる。
揺れる地面に足が取られない様に、横っ跳び。
「――らあああああああ!!」
そして跳びながら剣を振り回し、下ろされた左手に斬撃!
残りHP、『0.5%』。
『コ――――』
容赦無しの大亀の連撃。
次――迫る巨大なその右手。
体勢は崩れた。もう跳べない。
なら。
転がってでも生き続けろ!
「おおおおおおああああああ!!!」
右手が迫る瞬間――俺は『前方』に転がり込んだ。
そこは大亀の腹の下。
さっき入っていた『安全地帯』。
「『スウィング』!!」
そのまま上空に跳んで武技を払う。
大亀残りHP、『0.2%』。
……知っている。安全地帯といえど、『アレ』が来る事は。
『――ゴ…………』
その唸るような鳴き声。
もう逃げられない。
やがてその巨体は下のプレイヤーをプレス機の様に押し潰すだろう。
――でも。
オレは、それを待ってたんだ。
《――「さて、まずはスライムからだな」――》
思い出すのは、視界いっぱいに広がる草原。
憧れの職業に就いて。再スタートを切ったあの瞬間。
輝く光景を思い浮かべながら――手に持つ片手剣を、高く、高く上へ掲げた。
「――“次”はお前だ、大亀」
そして、上空に向けられたその切っ先は。
地面へ落ちるその腹を突き刺して。
最後に残った――そのHPを削り取った。
《 《 《『ダガー』様と『クロセ』様のパーティーが、ユニークモンスター『グラウンドトータス』の初の撃破に成功しました!》 》 》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます