踊る少女
《ダガー LEVEL22 罠士》
思えば不思議な男だった。
その職業で一人のプレイヤーを倒し、牢獄からは一人で脱出。新フィールドにも誰よりも早く突入した。
あの時、同じレッドネームの彼を見て――下手くそな匍匐前進を見て声を掛けた時は、そこまでの人物だと思わなかった。
「……『罠設置』、っし行けた」
「ここに入れば良いのかよ?」
「ああ」
鉄格子の下に、鍬の刃を擦りながら罠を発動していた彼。
……やっぱり変だぜ。
「入って一秒後上昇するから、身体を前に移動させれば脱出だ」
「分かった」
「……な、リンカ」
そう言う彼の言葉、1つ1つで胸の奥がじんわりと暖かくなる。
「……?」
「俺に、いつもの『リンカ』を見せてくれ」
「――!」
「じゃ、頑張れよ」
「……うんッ」
応えたい。
ダガーの前で、下手な動きは見せられない。
こんな気持ち――久しぶりだった。
「行ってくるぜ、ダガー!」
☆
《リンカ LEVEL15 弓士》
まるで檻から放たれた猛獣の如く。
彼女は、その看守と相対した。
「――ッ」
『……!』
もうリンカの前に鬱陶しい鉄格子は無い。
堂々と、彼女は歩いて行く。
『ウオ……!』
看守の大剣がリンカに迫る。
「……ッ」
しかし、彼女は全く動じず。
半歩ズレて斬撃を避け――背中の矢筒から矢を手に持ち、首元を刺した。
(近接攻撃じゃ反射は無い)
そう理解した彼女は、間合いを全く開けずに看守と相対。
『反射』、看守の厄介なスキルの1つ。
あらゆる攻撃を、そっくりそのまま攻撃した者へと跳ね返す。
そしてリンカの言う通りで、看守のスキル……『反射』は近接攻撃では反応しない。
『ウオオオ!!』
「ッ」
身体を反らして看守の『突き』を回避。
握っている矢を、再度首元へ。
『オっ……』
「まだまだッ」
突きの体勢から、身体を回して大剣を振りかざす看守にも――屈んでリンカは回避。
(今なら当てられる)
そのまま後ろへジャンプ。
そして――跳躍の最中に弓に矢を装填。
「『パワーショット』」
『オオっ……!』
吹っ飛びながら、エフェクト付きの矢を発射。狙いは一寸のズレもなく、首元へ。
しかし、当然の様にその矢は『反射』。彼女の元に返ってくる。
だが――跳躍していた彼女はそのまま仰向けに体勢を移行させ回避。
(……行ける。『このまま』なら)
未だ被弾ゼロ。
そして看守のHPは、最初の80%から削って75%。
リンカは手応えを感じるも――その心中には、少しながら引っかかりも感じていた。
☆
看守の攻撃パターン。
大剣の振り下ろし、振り回し、振り上げ攻撃。そして大剣の突き攻撃。
どれも即死級の一撃であり、特に厄介なのは『突き』だろう。
モーションも短く、避けたと思えばすぐに追撃される。
一瞬の油断が命取り。
集中が途切ればその時が終わり。
近距離での戦闘を強いられ、即死技の連発。
そして、そんな地獄を掻い潜ったその先は――――
『ウオオオオオオオオオオ!!!』
それは『始まりの街・看守』の
HPが10%以下になった後、攻撃を受けると発動。ただでさえ高い攻撃力と防御力は2倍以上へ跳ね上がり、更に剣やナイフなどの近接攻撃も『反射』する様になる。
これが意味する事は何か?
この『番人の意地』が発動した時点で、『近接攻撃』は自爆の危険な択となってしまう。
つまりダメージを受けずに看守を撃破する為には、近距離から遠距離の攻撃に切り替え、『反射』と看守の攻撃を同時に対処しなければならないのだ。
パーティーでももちろん、ソロの場合は相当な難易度へと移行してしまうソレ。
ちなみに看守は毒などの『状態異常』が唯一の弱点だが、彼女にその手は無い。
ただ、ひたすらに『矢』で削るしか無いのだ。
『オオオオオ!!』
「――ッ」
黒いオーラを纏いながら突っ込んでくる看守に、先程通りリンカは矢を手に彼の首に刺す。
そして――刺さった矢が、まるでバネに押し返される様に跳ね返る。
「!?」
当然の様に、ダメージが彼女に入り。
残りHP――40%。
対して看守は、10%から9.9%。
微ダメージなんてモノでは無かった。
(……近接もダメになった? しかも全然減ってねぇ――クソがッ!)
リンカは心の中で悪態を付く。
デタラメ過ぎるそのモンスターに、足が竦むけれど。
「――」
息を吸い込む。
心を落ち着かせ。
彼女は、弓をそのボスに構えた。
『ウオオオオオオ!!』
(この距離で撃てば避けられない……)
反射される攻撃は、距離が無ければそれだけ避けるのが難しい。近いと回避の余裕など無いから。
なら距離を開ける――考えるものの、隙を見せず突っ込んでくる看守がそうはさせない。
(どうすれば良い?)
近接攻撃は不可。
遠距離攻撃もほとんど通らない。
『詰み』。
その考えが過る。
☆
『ウオオオオっ』
迫る攻撃を避け続け、どれほどの時間が経っただろう。
一撃で終わり。掠っても終わり。
ずっと続くその精神の摩耗が――不意に彼女の足を取る。
「しまッ――」
『ウオオオオオオオオオ!!!』
突きを避けた後。リンカは足を滑らせ転ぶ。
目の前には――すぐさま大剣を上に振りかぶり、その剣先が彼女の胸に向かおうとしていて。
――ゲームセット。
脳内。自分の声が、嫌に響いていくけれど。
《――『俺に、リンカを見せてくれ』――》
彼の声が上書きする。
過った考えは捨て去って。
熱い何かが胸に広がる。
(……まだ)
(まだ、終わりたくない)
(ダガーが見ている前でこんな結末、絶対に嫌だ!)
その目が、もう一度闘志を宿し。
その手が、ポケットにある『それ』を手に取る。
『オオ――っ』
「ッ……らあッ!!」
瞬間。
大剣は――触れた小さな刃で軌道がズレ、地面に刺さる。
その『武器』は看守の身体では無い。
『反射』は起こらないだろう、そう読んでの彼女の行動は正解だった。
『投げナイフ』……そのアイテムは、投擲する事でダメージを与えられる小さなナイフ。装備品ではなくポーションと同じアイテム扱いなので、弓を持っていても使用出来る。
リンカはそれを普段は扱わないが、保険としてそれを防具のポケットに入れていた。
弓が使えなくなった時の非常用だが。
(これは使える――!)
『オオオオ!!』
「ッ……」
立ち上がり、横なぎに振るわれた大剣を後ろに下がって避けるリンカ。
そして、タタッと逃げる様に距離を取り。
「『パワーショット』!」
ナイフを握りながら矢を番え、弓武技。
『ウオオオオっ!』
突進。迫り来る看守。
当然矢は『反射』――彼女に迫り来る、だが。
リンカはその場から逃げずに立ち。
《――「じゃ、頑張れよ」――》
彼の台詞を反響させ。
タイミングは呼吸で合わせ。
迫る反射された矢に、『当てた』。
その、小さな刃で弾く様に。
「……行ける」
優しく繊細で大胆な。
神業とも言えるナイフ捌き。
結果彼女のHPは減る事なく、迫っていた矢は軌道を変えて――あらぬ方向へ。
そのままリンカは鉄格子を背にする。
「しょッ――!」
「グオオオ!」
「『パワーショット』!」
『突き』の体勢で迫る看守に、背後の鉄格子を素早く登り――格子を土台にジャンプ。
看守の上を通過しながら――距離を取る事に成功したリンカはまた弓武技を放つ。
当然、一番ダメージの通る首元!
『グオオ!!』
「ッ――」
そして『反射』の矢を、再度投げナイフの刃で打ち落とす。
(この、感覚は――――)
彼女はとっくに
指が、腕が、足が、考えるよりも先に動く。
(――――ねえ、ダガー。見ててね)
高揚していく意識。
仮想世界の身体に、もはや違和感は無い。
もはや現実世界と同じ。
――氷の様に頭が冴え。
――風の様に体が軽く。
――炎の様に心が熱い。
(アイツを、ぶっ倒すところッ――!)
「あああああああッ!!!」
少女は咆哮した。
この溢れるエネルギーに、意識が持って行かれない様に。
『ウオオオオ!!』
「『パワーショット』!!」
衝突する2つの姿。
哀れに踊らされる『看守』に。
楽しげに舞い踊る『弓士』の姿。
その終幕は――鉄格子の中で見ている罠士からしても、明らかなモノだった。
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