自惚れと代償
《――「簡潔に言うと、この街の牢獄のボスみたいな奴倒したらスゲー経験値貰えた」――》
あっけなくアイツはそう言った。
そしてソレをあたしは聞いて、自分でもいけると思ってしまった。
バカだった。
そして、焦っていた。
《――「罠士には罠士の可能性と魅力がある。そしてソレを俺は知ってる」――》
あの言葉を聞いて、世界が止まったかの様に嬉しくなった。
誰も近付いてこなかった自分に、彼だけはあたしの事を知ってくれて、仲良くしてくれて、認めてくれていると。……その台詞は自分に当てはまる気がしたから。
そして――そんな彼に早く報告したかったのだ。
『リンカちゃんも、看守倒したぜ!』って。
でも。
甘すぎた。
軽率にNPCを殴り、わざと捕まって。
《貴方の拘束時間は10時間です》
「……ッ。何でだよ!!」
《貴方の拘束時間は10時間15分です》
「うッ。うう……」
叫んで檻をぶん殴る。流れるアナウンス。
また自分の首を締めた。
あたしは選ばれた人間だと思っている。
仮想世界でも、ほとんどのプレイヤーより上手い自信がある。
謙遜する気はない。実際事実だったから。
現実世界と同じ、『孤高』の『最強』を。
手にするだけの力があると、ずっと思っていたのに。
何の活路も見いだせない。
この鉄格子の前を徘徊するモンスターが、あたしの自信を打ち砕いた。
鉄格子は何をやっても壊れない。
鍵穴はあるが、どこを探っても鍵なんて出てこない。
そして『看守』は、遠距離攻撃でダメージを与えても『反射』してくる。
「なんで。なんなんだよッ……!」
ダガーは、あんな軽く言っていたのに。
こんなの無理に決まってる。
看守を倒すどころか、この場所から逃げる事も出来やしない。
「……うッ、うぅ……」
薄暗い牢獄。
無機質なアナウンスが、あたしをどんどん追い詰める。
せめてもの抵抗でログアウトはしていないけれど。
もう限界だった。
積み上がっていく拘束時間で目眩がしそうになる。
気付けば、視界が歪んでいた。そして水滴が落ちる音。
何かが折れた。
……ああ、あたし、泣いちゃってるんだ。
ゲームの中なのに。
《ダガー様にメッセージリクエストを送りました》
気付けば彼にそれを送っていた。
分からない。でも、彼の声が聞きたかった。
現実世界に戻るという選択肢よりも、身体がそれを選んでいた。
《メッセージリクエストが承認されました》
「!」
アナウンス。
身体が跳ねる。
《『何? 今から未開の地に突入しようと思ってたんだけど。果敢な勇者に労いの言葉でも?』》
その声は、おどけたいつもの彼だった。
そして――気付く。
今話したら、泣いている事が丸わかりだ。
……知られたくない。
彼は、あたしの強さを認めてくれたのに。
弱い所、見られたくない。
《『……』》
早くいつもの調子に――そう思っているのに、何故か彼の声を聞いてから涙の勢いが増した
なんで?
なんで、止まってくれないの!
《『おい何か喋れ』》
彼から聞いたことの無いような、そんな怒気を孕むその言葉にも。
未だあたしは、何も答えられず。
《『……』》
《『話が無いなら切るぞ。じゃ』》
《『……ッ』》
《『……じゃあな』》
びちゃびちゃになっていく地面と、呆れた様な彼の声。
一言も話せず、止まってくれと願うも叶う訳も無い。
時間が過ぎていく。
そして、その時は当然の様にやってくる。
《ダガー様とのメッセージを終了します》
「……助、けて……うぅ」
全てが終わった後で、その台詞を零す。
ぐちゃぐちゃになった感情が気持ち悪い。
もうやだ。嫌われちゃった。
もう、どうにでもなればいい。
《始まりの街・看守 LEVEL???》
「――『パワー、ショット』!!」
『……!』
「うッ」
《貴方の拘束時間は10時間30分です》
ヤケクソのその一矢は、看守の鎧に到達……そして当然の様にあたしの身体に返ってきた。狭い牢の中じゃ避けきれない。
軽い衝撃。減るHP。
仮想世界の『現実』が、また押し寄せてくる前に――
「――『パワーショット』!!」
『……』
《貴方の拘束時間は10時間45分です》
「ううッ……」
身体を動かしていないと。
止まった瞬間、全てが押し寄せてくるから。
☆
《貴方の拘束時間は11時間です》
☆
《貴方の拘束時間は12時間です》
☆
《貴方の拘束時間は13時間です》
「はあッ、はあッ……」
そして――止まった。
足が動かない。
手も、指も、何もかも。
頭がこの行為を『無意味』だと理解してしまった。そしてずっと忘れていた『現実』を流し込んでくる。
ひとりぼっちの自分自身を。
「……うッ、えうッ……うう……!」
今になって。
こんなにも、あたしが弱いと気付いて――
「『罠設置』」
――その声が聞こえたのだった。
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