閑話:リンカが狂鬼に至るまで



あたし、『虎取 鈴花とらとりりんか』はお姫様に憧れていた。

可愛いだけじゃない、強くて格好良さも兼ね備え――たくさんの仲間も居る、そんな物語の主人公に。


現実は一人ぼっち。

キラキラした主人公には到底及ばない。

あたしが異世界転生したら――そんな妄想は膨らんで。

やがて、『Freedom-Liberty』が発売。


30万なんて余裕で出せる。

下手くそなりに頑張って作った、憧れのキャラクターを真似たアバター。

アニメで見た様な弓を使う花凜な彼女を、自分に投影した。


きっと、素晴らしい世界が待っていると思っていた。



《リンカ LEVEL5 弓士》


「ねぇそこの――リンカちゃん、一緒に狩りしない?」

「良いですよ~♪」


サービス開始一日目。

出来るだけ可愛く話して、身振りも可憐な少女みたいに振る舞った。


『あざとい』、そういうやつかもしれない。

女性プレイヤーは寄りつかず、男ばっかりあたしに寄ってきた。


そしてそれが誇らしかった。

あたしでも、可愛くなれるんだって。

現実じゃ不可能だったお姫様に、あたしはなれるかもしれないと。



「あー、リンカちゃんは後ろ居て良いよ」

「ほらほら下がって下がって~」


「え、えぇ。大丈夫ですよ」


「良いから」

「あっ後で喫茶店行かない? VRだけどしっかり味がして――」


しかし良いのは最初だけだった。

自分よりも戦闘が下手な者ばかりで、逆に前に出ようとすれば下がって良いといわれる。

またそんな弱い奴に限って、狩りをすぐに止めて駄弁ろうとしてくる。


「――『コンタクトショット』」


「お、おいって」

「あはは、俺達邪魔っぽいな~じゃあね」


「え――」


《パーティから追放されました》


そして、我慢出来ずにあたしが前に出て戦えばこれだ。


その繰り返し。

一日目で、既にあたしは理想と違う世界に落ち込んでいた。


……でも、何時かは。

自分の強さを認めて、共に戦う仲間が出来ると思っていた。



「ねぇリンカちゃん! 一緒に組もうよ」

「……ごめんなさい~、今は一人で」


「ふっ、ふふ。可愛いなぁ。良いじゃん組もう、きっと良いペアになれるよ」

「ッ……やめてくださいよぉ」


「良いから良いから」


戦闘フィールド。

もう今日は一人で狩ろう……そう思っていたら、何時かのパーティの一人が近付いて来た。


鬱陶しいナンパに、ボディタッチが目立つその気持ち悪い男。

あたしを舐めており、かつ歪んだ好意が向けられているのを感じていた。


フレンド、解除しておけば良かった。

肩を触る手が気持ち悪い。

その声も。その弱さも。


ゲームを始めたその時。

浮かれずに、このゲームの説明書をしっかり呼んでいたのなら。

『ブロック機能』に『通報機能』を、知っていたのなら。


「――触んな、ゴミが」


《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが発生します》

《PKペナルティ第一段階》


彼に、その矢を命中させる事も無かったのに。


「ひっ……あ、あーあ! 終わったぞお前!」

「あァ?」

「ひい……っ!」


怯えるその身体は蹴り飛ばせば簡単に崩れた。

見下ろした彼の姿は、本当に醜く。


消してやりたい――そう思った。



「失せろ」

「……はっ、はは。殺してみろよこの××ビッチが!」

「あ? テメー何つった!?」

「この暴力女が! 自分の事可愛いとか思ってんじゃね――」


「ッ!! ――『パワーショット』!」


もう止められない。

システムの力を借りず、あたしはその男を蹂躙した。




《『セイ』様をキルしました》

《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》

《PKペナルティ第二段階》


《報酬を獲得しますか?》

《報酬(2)を獲得しますか?》



「……『獲得しない』」





翌日。

昨日はあの男をキルしてから気分が悪くなって、すぐ『FL』を止めた。


そして挑んだ二日目。

一日目に得た経験値にアイテムもほとんど無くなっていたのが、ある意味良かった。


そうだ。

昨日は、悪い夢だ。

今日から再スタート。

この前と同じ様に、可愛く振る舞って……



《パーティに加入しました》


「よろしくお願いします~♪」


「えっちょっと待って」

「ねぇ君、罪ポイントが……30ってなってるけど」


「え」


「あっ! はは、まさかNPCにイタズラしたとか?」


「あ……あの」


「いやそれなら30も行かねーだろ? NPCに30回もってそれはそれで」

「えっもしかして君……あ、じゃあね」


《パーティーから追放されました》


――「……『PKer』だ、危なかったな……」「見た目によらねーもんだ」――


『罪ポイント』、それはどうやらパーティを組んだ時点で見えるらしく。

彼らは、あたしの反応を見て去った。


「待てよ……」


呆然とする自分には目もくれず――遠くへと。



《パーティーから追放されました》


《パーティーから追放されました》


《パーティーから追放されました》


《パーティーから追放されました》


《パーティーから追放されました》


《パーティーから追放されました》


気付けば寄ってきた者達は全員、組んだ瞬間から去って行く。



――「おいアレ見ろよ、確か掲示板で見た危険人物だ」「マジ? 逃げるぞ」「誰でも見境無くキルするらしい、しかもスゲー慣れてる」――



狩り場。

たった一人のあたしを、嗤う様に聞こえてくる声。

昨日のアイツが、掲示板とやらであたしの悪名を広めているらしい。


悪いのは、あのゴミ野郎なのに。

なんで、あたしが。

あたしは――ただ『憧れ』を目指しただけなのに。


どうしてこんな思いをしなくてはならない?


《セイ LEVEL7》


「ひひっ……良い気味だな! フレンドはもう俺だけじゃね?」

「ッ……! テメェ!」


不意だった。

近付いてきた、そのゴミ野郎。

そういえば、フレンドリストからソイツを消していなかった。



「わざわざ同じチャンネルに来て上げたのに酷いなぁ」

「あァ?」

「君はもう戦闘狂の殺人鬼。ほら、君と組んであげられるのはもう僕だけ――」


「――『コンセントショット』!」

「ぶっ……!」


《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが発生します》

《PKペナルティ第一段階》



「二度も言わせるな。失せろゴミ」

「あっ……あ、あーあ! やっちまったなお前!」



《アリ LEVEL6》

《ユウヤ LEVEL8》



「マジでやったじゃん」

「PKペナ持ってる奴、マジで経験値上手いらしいぞ」

「ははっ、覚悟しろ――」


その背中から現れる仲間とおぼしき野郎共。

待ち伏せしていたのだろう。

自業自得。手を出したこの女が悪い。だから容赦なく狩ってやろう――



――なんて、考えを理解した途端。

氷の様に冷たい血が、身体を駆け巡っていく。

要らない思考は消え、精神が研ぎ澄まされていく。

この感覚は、好きでもないが嫌いでもない。



それでも――今はコレが良い。




「……なあ、テメェら」




『戦闘狂』……『殺人鬼』。

このゴミ野郎はそう言った。


なら。

どうせ、流れてしまっているのなら。

あたしが――この『リンカちゃん』が。




「その噂。『』にしてやるよ」




醜い者達は動きすらも醜かった。

何も考えずに振られるその剣が可哀想だった。

猿の様に通じない攻撃を何度も繰り返し。


あたしを、能無しのモンスターと勘違いしているのだろうか?


「おらっ――『スウィング』!」

「ッ」


片手剣、横薙ぎのその武技。

あたしは地面に這う様に体を倒し、避けて。


「ひいっ……!」


接近。

手に持つ矢を、その晒した首元に突き刺す。

怯える様に倒れるゴミ一匹。


「っ、らあああああ!」

「……『コンセントショット』」


そして突っ込んでくる斧持ち。

振りかぶるがこちらが早い。

その顔面の、ひたいにゼロ距離射撃を。

『コンセントショット』……敵が近くに居れば居るほど威力が上がる矢を放つ。

隙も少なく、あたしにはぴったりのスキル。

最初から持っていた訳じゃなく、狩りをしてたら手に入っていた。


「ぐっ、あ……」

「ッ—―バレバレなんだよ」


後ろ。気配。

倒れる斧持ちの頭を踏みつけ跳び、背後から迫っていたもう一人の攻撃も避ける。



「『パワーショット』」

「がぐっ!!」



上空からの一撃。

『パワーショット』。こっちは初期の弓武技。名前通りの威力が高いそれを、ソイツの首元に到達させた。



「もう終わりか?」



吹っ切れたおかげで迷いは無い。

コイツら三人程度なら――ゼロダメージで終了だ。





「つ、強すぎだろ――ッ」


《『アリ』様をキルしました》

《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》

《報酬を獲得しますか?》


「こっちは三人――ッ!!」


《『ユウヤ』様をキルしました》

《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》

《報酬を獲得しますか?》

《報酬(2)を獲得しますか?》

《キル報酬を獲得しますか?》



「くそ、このビッ――」


《『セイ』様をキルしました》

《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》

《PKペナルティ第二段階》

《キル報酬を獲得しますか?》

《キル報酬を獲得しますか?》


《報酬を獲得しますか?》

《報酬(2)を獲得しますか?》

《報酬(3)を獲得しますか?》

《キル報酬を獲得しますか?》

《キル報酬を獲得しますか?》

《キル報酬を獲得しますか?》






「――『獲得する』」





《経験値を取得しました》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振って下さい》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振って下さい》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振って下さい》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振って下さい》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振って下さい》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振って下さい》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振って下さい》



《体術スキルを獲得しました!》

《弓スキルのレベルが上がりました!》

《弓スキルのレベルが上がりました!》

《弓スキルのレベルが上がりました!》

《弓スキルのレベルが上がりました!》

《弓スキルのレベルが上がりました!》

《弓スキルのレベルが上がりました!》


《接射スキルのレベルが上がりました!》

《接射スキルのレベルが上がりました!》

《接射スキルのレベルが上がりました!》

《接射スキルのレベルが上がりました!》

《接射スキルのレベルが上がりました!》

《接射スキルのレベルが上がりました!》


《体術スキルを獲得しました!》

《称号『罪を背負いし者』を取得しました》

《称号『初めてのプレイヤーキル』を取得しました》


《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》

《PKペナルティ第四段階》



その報酬は、今までの自分を消し去るかの様に莫大なモノで。


――「おい、アレ」「レッドネームだ」「倒そうぜ」「しかもあの真っ赤の名前……倒したら凄い事になるんじゃね?」――


この朱に染まった名前を見て、餌に集う虫の様に寄ってくる者達。

なんとなく、彼らの前で倒れたらこの報酬も消えると悟った。


だが関係ない。

死ぬ事など。

こんな有象無象に負ける事など――この自分には無い。


……ああ。

ふっきれたおかげだろうか。

本来のあたしに戻ったからだろうか。



――氷の様に頭が冴え。

――風の様に体が軽い。



「相手してやるよ」



この時決めた。

憧れのお姫様は捨て去って。

『リンカちゃん』は――テメーらゴミ共を踏み台に。

突っ掛かってきた雑魚共を全てひれ伏させ。

このゲームの、トップに立ってやる。





《『ハいる』様をキルしました》

《経験値を取得しました》

《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》


《『あや』様をキルしました》

《経験値を取得しました》

《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》


《『さんかっけー』様をキルしました》

《経験値を取得しました》

《レベルが上がりました! 任意のステータスにポイントを振って下さい》

《罪ポイントが加算されます》

《PKペナルティが加算されます》

《PKペナルティ第五段階》



辺りで見ていた者共が襲い掛かる、返り討ち。

そのループ。


迫り来る者達はいつの間にか消えていた。



――「お、おい止めようぜ」「逃げるぞ!」「アイツ強すぎ」――



「……」


《罪ポイント【91】》


やがてあたしは、その恐怖の目線と大量に積み重なった罪ポイントで悟る。

キャラ再作成でもしない限り――『あたしはずっと一人なのだと』。




「……あは」


歩いて行く道は、自然と誰も居なくなる。

心地良い。


《セイ様をフレンドから消去しました》

《セイ様をブロックしました》


例のゴミ野郎を忘れずに登録して。



《PKペナルティが第四段階に低下》



「……これ、下がるんだ」



あたしはこのPKペナルティが解除されるのを待つために、狩り場を歩いた。

後は……『同志』が見つかれば良いな、とそんな淡い期待を込めて。


勿論仲良くなんてする気は無い。

ただの暇潰し。ただの情報交換。ただ、利用するだけ。

あたしは一人で良い。

もう、フレンドなんていらない。本当だ。


絶対にキャラ再作成なんてしてやるもんか。そんなの負けを認めたようなもの。あのゴミ共が嘲笑うのが見えて嫌。


……そして。

そのあたしの『一抹の望み』は、どうやら叶った様で。



「――――ありがとう、人生で一番楽しかったよ」



遙か遠く。

その、闘う罠士の男に出会ったのだ。





【職業説明:弓士】

スキルによりDEX、AGIに追加ステータスが掛かる。

弓を装備可能。

遠距離攻撃で戦うが、魔法士と違い高威力の攻撃ではなく手数で攻めるタイプ。

防御は低いが回避力は高いためソロでもやっていける。


ただ狙う場所によりダメージが変動、また単純に弓の扱いが難しいのでかなり上級者向けといえる。

PSが高い者が扱えば、魔法士よりもダメージ効率が高いとか。


【キャラ再作成】

メニューに存在。

使用すると、現在使用されているキャラが消去され、再度始まりからやり直せる。

何度でも使用できるが、サーバー負荷対策の為か一ヵ月に一度のみ可能。


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