第8話 不死者と生存者

「…………なんでだよ」


 俺の勝手な行動だ。俺一人、安全地帯から飛び出したのは、みんなを巻き込まないようにする意図もあったというのに……。


「……お前は、リーダーだろ、それ以前に仲間だ。お前の許せないことは、おれたちにとっても許せないこと……だろ? 一緒の道を進んでいくって時に、仲間が倒れそうになっていて助けないのは、仲間じゃないはずだ。……そうだろ、アルブル!」


 メガロは己の体に刺さる二本の腕を掴み、無理やり引き抜いた。

 そして、一本の腕の手首から先を、腕力で真っ二つに折る。


 女性のような高い悲鳴(?)と共に、伸びた腕が戻っていく。


 メガロが折った手首はしかし、ヤツは手首を一度、捻っただけで完全に治っていた。


 グレイモアは死なない。

 死んだ姿など、誰も見たことがない。


 必死になって与えた傷も、ああして治ってしまうため、不死者とも呼ばれている。


「メガロ、お前……、たくさん血が出てるのに、大丈夫なのかよ……」

「周りが見えるようになったのか? なら、上出来だ。どうやら目が覚めたみたいだな」

「ああ、おかげさまでな」


 俺はうつ伏せの状態から立ち上がる。

 すると、胸のあたりで、ぶつかった衝撃を感じ取った。


 なにかと見下ろせば、薄っすらと見える人影があり、やがて鮮明に見えてくる。


「目が覚めても、いつも通りではないらしいな。お前が目の前にいても見失うなんて珍しいよな……今まで一度もなかったんじゃないか、そんなこと」


「……ティカ」


 身長差があっても、彼女は俺の胸倉を掴んで、ぐっと引き寄せた。


 額を叩き付けるような勢いで、急接近する。攻撃的な目と口調だった。


「リーダーが、一体なにをしているのよ。……みんなを危険に晒して、一人、無謀な挑戦をして――自己満足と一緒に心配と迷惑をかけて。

 今はチームで動いているのよ、自分勝手に戦況を動かさないでよ」


「…………ごめん……」

「なら、これからやるべきこと、分かっているわよね?」


 リーダーとしての責任を果たせ――そういうことだよな。


 多くのグレイモアに取り囲まれ、さっきと同じ方法で脱出するには、手頃な瓦礫が足りないし、そもそもメガロが手負いのため、無理をさせるわけにもいかない。

 メガロの治療をするためにも、敵を意識しないで済む隠れ家でもあればいいのだが……。


 そもそも、隠れ家よりもまず、ここを抜け出す方法が先だ……。

 が、一点突破するにしても、囲まれているため、背中から攻撃されるだろう。


 見える範囲以外にも、グレイモアは溜まっているだろうし……、見て分かる薄い敵の壁に期待はできない。となると、土地勘がないまま、あまりしたくはなかったが、仕方がない……。


「チームを二つに分ける」


 三つでもいいのだが、五人で一チームなのだ。

 二人で一チームが二つの方は良いが、一人のみのチームを作りたくない。一人は身動きが取りやすいが、緊急事態に弱いのだ。

 一度のミスで全てが終わることを考えると、二人以上は必須になる。


 チームを分けた後は二手に分かれて、一点突破をする。互いに真逆に逃げれば、背中側から攻撃されることはまずないためだ。

 ……あくまでも一時的であり、

 再び合流するためにここから逃げ延びるため、苦肉の策である。


「俺とメガロは分かれよう。ティカはメガロについていってほしい……急ぎで、怪我の治療だ。じゃあアルアミカは――」


「あたしはメガロと一緒にいくぞ」

「ああ……なら、ぺタルダ、一緒にいこう。……ぺタルダ?」


「……そういうこと……。救難信号なんかじゃなかったわけね」


 ぺタルダは宙を羽ばたきながら遠くを見つめ、聞こえない呟きを漏らした。


「ぺタ……、っ――!」


 結果を言えば、俺たちはグレイモアの包囲網から逃げ延びることができたが、予定通りに事を運ぶことはできなかった。


 砂色の建物が立ち並ぶこの町、どうやら老朽化しており、耐久力が限界だったらしく、グレイモアが集中的に集まったせいで、地面が崩れた。


 地下世界とはまた違う、広々とした地下空間があったらしく、地上の瓦礫、建物を飲み込み、俺たちは崩れた地面と共に真下の空洞へ落下することになる。


 咄嗟に握った近くの相棒を、決して離さないようにして。




 目が覚めた時、寒さに震えながらも右の手の平だけが温かいことに気づいた。

 添い寝をするように隣で意識を失くしていたのは……ティカだった。


 ……状況把握だ。


 砂漠近くの町にいた俺たちは、グレイモアに取り囲まれ、絶体絶命だった。しかし集まったグレイモアの数が多かったのか、老朽化によって耐えられなくなった地面が崩れ、底の見えない地下空洞へ落下する。


 一緒に落ちた瓦礫や建物が周囲に散らばっており、押し潰されなかったのが奇跡だ。


 仰向けのまま見える、遥か上空にある、赤い空。

 真上が、俺たちを落とした穴なのだとすれば、脱出まではかなり遠い。

 ここから登って脱出できる距離でもないし、迂回をするしかないだろう。


 体を起こして周りを見ても、俺とティカしかここにはいないらしい……心配なのは他のメンバーだ。同じ穴から落ちても、同じ場所に落下したとは限らない……。

 血が見えないため、瓦礫に潰されたわけでもないのが幸いか。


 俺たちが気絶していたからか、一緒に落ちたはずのグレイモアは、既にこの場にはいなかった。目的を見つけられず、この空洞を徘徊しているのだろうか。



「……逃げられたと思ったけど、結局、なんにも変わってないな……」


 地下空洞にもグレイモアがいるなら同じことだ。


「ん、うん……?」


 握った手が握り返され、ティカが目を覚ましたらしい。


 ここは地下だが、地下世界ほど密閉されているわけではないため、隙間だったり、穴が空いた天井があったりして、外の明かりが入り込んでいる。


 身近な人の姿が分からないほど、暗いわけではない。

 探索するには充分な明るさが確保できている。


「ティカ、大丈夫か? 怪我はして、ないよな?」

「……うん、なんともない、かな」


 自分の体を触って、無事であることを確かめる。さっきのごたごたで、腰に巻いたカバンが取れていなかったのが、ティカにとっては安心材料の一つだ。


 ティカの場合、治療道具が入っている。万能とは言えないが、ある程度の怪我の応急処置ができる装備が中に入っている。

 たとえば今、軽く捻った足を動かせるように包帯を巻くことで痛みを誤魔化せるように。


「これは怪我の内には入らないよ。ほら、アル。頬の傷を消毒するから、顔を貸して」

「いらない。血も乾いたし、今更って感じもする」

「いいから顔を下げなさい。医療班の言うことは聞くものよ」


 チームのリーダーが俺であるように、ティカにも役目がある。彼女は医療担当なのだ。


 ぺタルダが副リーダー、ちなみにメガロが探索担当、アルアミカが戦闘担当だ。


 それぞれがその分野のスペシャリスト、というわけでもないが、他よりも秀でているのは確実だ。分断されることを想定していなかった俺が悪いのだが、治療道具を持っていない俺が医療担当のティカと合流できたのは運が良い。


 頬の傷を消毒して、包帯を四角く切り取り、頬に張りつけられる。


「これで大丈夫。……それより、心配なのはメガロよ。だってあの傷……」


「メガロも治療道具は持っているだろうし、隣にはアルアミカがいるから大丈夫だろ」


「……アルアミカがいるって、なんで分かるのよ。

 わたしたちみたいに、こうして一緒に落ちてきたとは限らないでしょ?」


「落下する時、メガロは近くのアルアミカを掴んだんだ。俺がティカの手を握ったようにな……だから十中八九、一緒にいるとは思う。

 一番心配なのは、飛んでいたから落下には巻き込まれていないけど、一人きりのぺタルダだ……。一刻も早く合流しないと」


「でも、目的地が上だと、道が絞り切れないね……。

 どこからどういっても、上へ繋がる階段や道が、本当に繋がっているか分からないし……」


「考えるだけ無駄ってことだな」


 俺は直感で、初めに視界に入った奥へ続く道を選んだ。


「とりあえず進もう。ここにいてもなにも始まらない」



 なにも始まらないのは困るが、かと言ってこんな始まり方は遠慮したかった。


 人影が見え、グレイモアかと思って足を止めたが、よく見れば服装は俺たちと同じだ。


 別のチームだが、同じゴイチ組織の仲間だ。

 しかし……、見るも無残だった。


 千切れた翼、ひしゃげた腕、閉じたまぶたと……、

 吐き出した血が、顔の半分を覆っていた。


 眠っている……、のか?


 地面に横たわるアンギラス族と、彼女を膝枕する手負いの、もう一人のアンギラス族。


 彼女たちもさっきの崩壊に巻き込まれたのか、別ルートから逃げ込んできたのかは分からないが、無事……、とは決して言えない。

 ティカの治療でなんとかなる規模を越えてしまっており、ティカも首を左右に振る。

 それでも、仲間を見つけて治療しないわけにはいかなかった。


「お前ら、確かアンギラス族の……、サリーザのチームだよな?」

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