第7話 音のする方へ

「みんなッ!」

「あああああああああああああああああッッ!」


 必死に走っては躓いて、前転を繰り返しているアルアミカとその後ろを転がってくるかぼちゃが、俺のいる瓦礫に突っ込んでくる。

 その後ろからは、グレイモアの伸びた腕だ。投げたボールがバウンドするような軌道で地面を突いては再び真上に弾んで、アルアミカを追っている。


 ちらっと周囲を見れば、ぺタルダもティカもメガロも、それぞれが伸びる腕から逃げていた。


「ちょ、おい――っ、こっちくんなバカッ!」


 俺が避けた方にアルアミカも避けたのか、狙ったのかは分からないが、ばっちりと体が重なり、瓦礫をさらに崩す衝撃と共に二人で縦に並んで、瓦礫の上で大の字だった。


「っ、た……ッ。なんであたしが避けた方に避けるんだアホウ!」


「こっちのセリフだ……っ、いいからどけって――の前に避けろっっ!」


 うつ伏せで俺の上で大の字になるアルアミカに、後ろが見えるはずもなく、狙われていることも気づけない。

 射出された腕から逃れるために、アルアミカの胸倉を掴んで引き寄せ、横へ転がり、なんとか危険を避ける。


「む、胸倉! びっくりするからそれやめろ!」


「手段なんか選んでいられるか! ほらもう既に数体いるじゃねえかッ!」


 見える範囲に、もう、うじゃうじゃと。

 四つん這いから二足歩行まで、こちらの様子を窺っている者から、好戦的に腕を伸ばしている者まで、多種多様なグレイモアが、俺たちを中心にして集まってきていた。


 俺とアルアミカの元に、ぺタルダが上空から降り、ティカを背中に乗せたメガロが、その太った体型にしては身軽な動きで攻撃を避けながら、ここまでの不安定な道を進んでいた。


 集合した俺たちがするべきことは決まっている。

 ……どうやって囲まれたこの状況から抜け出すか、だ。


「もう砂漠地帯へ逃げるって選択肢はねえよな。あんな開けた場所に逃げれば、追ってください、そのまま背中から刺してくださいと言っているようなもんだし……、だったら町の中に隠れた方が、生存率は高いはず――」


 かぼちゃを抱えたアルアミカが、周囲を見回し、


「それは賛成っ。だけど隠れるにしても、こんだけいたら監視の目がきついんだぞ……」


「いや、案外、目の前を素通りしてもばれないんじゃないかしら」


 ぺタルダの言葉に、俺もティカもメガロも、なるほど、と頷いた。


 砂のカーテンによる目潰しを常にされているような状況で、耳が発達している状態が、グレイモアだとすれば……、目の前を誰かが横切ったとしても、音があるだけで、視覚的にばれることはないはずだ。


 そして、目よりも耳の方が誤魔化しが利く。


 音は隠そうと思うと難しいが、特定させないように絞ってしまえば、やりようはあるのだ。


 音を散らしてしまえば、俺たちが通過する音も他の音に飲まれて気づかれにくくなる。


 知能がなく、音がした方を反射的に意識してしまうからこそできる手段であった。


 思い切り大胆に。

 数体のグレイモアの至近距離を、ごく普通に歩くことで、包囲網を抜け出す。



「力持ちのオーガ族……、メンタルなしでこんなことができるのか……」


「比較的、軽い瓦礫を投げてるよ。これでも余裕ってわけじゃないから」


 メガロが自分とそう変わらない瓦礫を、両手で上から振り下ろすように投げ、別の瓦礫の山へ着地させる。

 着地の音と、連鎖的に崩れて膨らむ音に、グレイモアたちの視線がそちらへ向く。透明な体の内部にある複数の赤い目玉のようなものが動いて、音のする方の部位へ集まった。


 投げ終わっても、瓦礫が崩れる音は続いているので、その隙に俺たちは焦らずゆっくりと包囲網から抜ける。

 焦って走り、足音に気づかれては、作戦が無駄になる。

 たとえ敵の目の前を横切ることになっても、心を乱してはならない。


 そして、予想外のアクシデントもなく、見える範囲にいたグレイモア包囲網から抜け出て、俺たちは町の中、亀裂が入った地面を歩く。


 建物の壁から顔を出して周りを窺い、グレイモアたちの動向を見れば、別の音を見つけたのかぞろぞろと俺たちから離れていく――。


 ……ふぅ、と安堵の息を吐いて壁から離れようとして、


 視線がはずせなくなった。



「……アル?」

「なんで、なんでだよ……ッ、ふざけんな、なんで、あいつが……ッ!」


「……なにしてるの? ――ちょ、アル!?」


 俺は思わず壁から外へ飛び出していた。

 せっかく逃げられたのに、またグレイモアを呼び戻すことになってしまっていても、俺は止まれず、胸中の思いを吐き出さなければ気が済まなかった。


 とあるグレイモアの腕に。


 見覚えのあるバンダナが巻かれていた。


 かつて、それはマナが愛用していたもので。


 やがて、それはワンダ師匠に、預けられたものだ。



「それを――どうしててめえが持ってんだッッ!」



 声に反応したグレイモアの体内にある赤い球体が、背中に集まり、俺を見た。

 首がぐりんと百八十度、回り、後ろ向きなのに顔はこちらを向いている不快な体勢に。


 首に合わせて遅れて体も回転し、見慣れた姿へ戻った。

 一歩一歩、ゆっくりだが、着実に俺へ近づいてきている。


 引き止めたグレイモア以外のヤツらも一緒にだ。

 俺を中心にして引き寄せられるように、俺を目指して歩んでいる。


 しかし、マナのバンダナを腕に巻くヤツ以外、眼中になどなかった。


「……それは俺の師匠の持ち物だ。

 生きて帰り、絶対に返すと約束してくれた――。大切なものなんだ」


 師匠の隙を突いたのか、一瞬の隙間を狙って奪ったのかは知らないが、ただ無意味に徘徊するてめえらが持っていていいものじゃない。


 握った拳と同時に、足はグレイモアに向けて進んでいた。


「……返してもらうぞ」


 元よりある力関係など忘れて。


 そんな前提など、怒りの前では冷静さと一緒に消え失せる。


 勇敢とも無謀ともまた違う。

 単純に俺は、この時、目の前が見えていなかったのだ。


 射出された相手の腕を、最小限の左右の動きで躱し……とは言え、掠った爪が肉を斬り裂き、頬からは血が流れていたが、くすぐったいような不快感も、二の腕で拭うことで誤魔化し、決して走りは止めなかった。


「もしも、もしもお前が喋れるのなら……」


 頭の片隅にあった、考えてはならないと封印したはずの願望が思わず口に出ていた。


 小さな呟きに、俺でさえも気づけなかったのだ。

 この場で気づけた者などいるのだろうか。


「あの時、ワンダさんは――、生き延びられたのか……?」


「誰か……ッ、――あのバカを止めなさいよッ! お願い、止めてッッッ!」


 突如、急に体が重くなり、バランスを崩して、俺は顔面から派手に転ぶ。走っていたので勢いがついたまま、顔から地面へ、一直線に。

 地面を掘る勢いで転んだ今、顔の半分は埋まっているだろう。

 口の中は砂と血の味でしっちゃかめっちゃかだった。


 俺の頭を五本指で掴むヤツがいる。

 遅れて気づくが、俺は転んだのではなく、後ろにいるヤツに、地面へ顔面を押し付けられたのだ。上から乗られたのか、腕の力づくで押し付けられたのかは、後ろに目がない俺には分からないことであったが……。


 かはっ、と砂を吐き出しながら後ろを見れば、そこにいたのは、メガロ――。


 声をかけようとして息を飲み込み、声が出なかった。


 メガロの肩と胸。


 射出され、への字のように方向を変えた槍のような腕が、突き刺さっている。


 苦痛に歪む表情から、余裕があるとはとても思えない。

 そんな状況でも、メガロが優先したのは俺の安全だ。


 俺の自殺行為をやめさせ、目を覚まさせるために、危険を避けることを捨てていた。

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