第6話 脅威・グレイモア

「……そっ。じゃあいきましょう。なにがあったのか知らないけど、アルの足がさっきよりも速いから、今までのペースじゃ間に合わなかったりするのかしら」


 なぜかアルアミカに抱き着かれて暖を取っているぺタルダが、俺の焦りを見抜く。


 かもしれない、という可能性なので伝えるか迷っていたが、見抜かれていれば話すべきか。さっきの羽根が、町にいる生き残りの救難信号ではないか、と伝えた。

 情報が少な過ぎで、確定していることがなにもないため、ティカの言い分も嘘ではない。


 俺たちの勝手な想像で分かった振りをしているだけで、実際はなにも分からないのだ。


「目的地は一緒だから、いくのは構わないけどさ、その救難信号が本当だとしたら、あたしたちも危険だぞ? 生き残りが危険なのは分かるけど、だからこそ慎重に進むべきだと思うけどな」


 助けるために焦って向かい、敵に囲まれては俺たちも全滅してしまう。


 だからこそ慎重にいくべき。だが、慎重に進めば、助けを求める生き残りが、俺たちが辿り着いた頃には既に殺されている可能性も高い……だからどうする? とアルアミカはかぼちゃの頭のまま発言しているわけだ。


 見た目で損をしているが、考えないわけにもいかない意見ではある。


 ……こうして悩んでいる時間も貴重な時間だが、作戦を立てないわけにはいかない。


「アル、そもそもの話、生き残りがいるかもしれない、という予測なんでしょ? いない可能性の方が高いかもしれないんでしょ?」


「そう、なるな。焦っていっても慎重に向かっても、助けるべき相手がいないかもしれないって可能性はある。でも、助けを求めている誰かがいる可能性もある。

 いないと決めつけて向かわずに、助けられたはずの命を見捨てたくはない。二年前のあの時、もしも総司令に助けられていなかったら、俺たちはここにはいないはずだろ、ぺタルダ」


「……そうね。じゃあ慎重にいきましょう。さすがにここから先は運だけど、その羽根を飛ばした救難信号が、敵に見つかったから飛ばしたものなのか、それとも隠れているけど出られない状況だから飛ばしたものなのか……後者と見て動きましょう。

 残念だけど前者の場合、今からじゃ間に合わないわ。でも、後者であれば慎重に向かってもまだ間に合う可能性はある。いるかもしれない生き残りを助ける前提で動くけど、まず私たちの全滅を避けることを最優先で動くわ。……それでいいわよね、リーダー?」


 見事な作戦の組み立て方に、文句の一つもなかった。


 ぺタルダの案に全員が頷いて、アルアミカを先頭に、廃墟の町を目指す。


 先を進んでいくと、町を一望できる砂漠の丘に辿り着く。地図が見れたとしたら、そろそろ砂漠の終わりだとは思うが……、ここは砂漠の果ての町だったのだろう。


 見下ろすと、砂漠と同じ砂色の建物が、景色一面に敷き詰められていたはずなのだが、状態は欠け、崩れており、多少ある木も倒れて、灰になりかけている。

 そして、町をこんな姿にした原因の敵、グレイモアが道など関係なく不規則に徘徊している。


「風が吹いているね……、砂が舞って目に入れば、戦闘中だったら大きな隙になる……」


 すると、メガロが気づいた。


「砂漠の砂が町に侵入してるけど……。町を囲う円の壁があるのに、それを越える量が積もっているな……この砂の丘が崩れて落ちたのが溜まっている、だったらいいんだけど……」


「それ以外に積もる理由って?」


「風だよ。暴風で後ろの砂が町へ入れば……。現状で安心しない方がいいな」


 状況は刻々と変わっていっているのだ。

 砂による目潰しの危険性は、常に警戒しておかなければならないようだ。


「ん? んん?」


 砂の丘から身を乗り出したアルアミカが、かぼちゃの頭を取った。


 どうやら視界が狭いせいで、偶然見つけたものを見失ったらしい。


「くっ、こんな被りもののせいで……ッ」


「お前だけは絶対に味方でいなくちゃダメだろうよ……。

 というか、友達の形見なんじゃないのかよ……」


 最も長く被っているのに、なぜアルアミカが一番、慣れていないのだろう。


 アルアミカは脇にかぼちゃを抱えて、


「いま、人影が見えた気がしたんだ。

 でも、あたしたちから隠れたようにも感じたけど……」


「……もしかして、敵だと思ったのかも?」

「だとしたら、俺たちから声をかけて、敵じゃないと伝えれば済む話だよな」

「待ちなさい」


 砂丘を滑り下りようとする俺の服を引っ張るぺタルダ。


 足場の砂の一部が音を立てて、斜面を滑っていく。


「大声で叫ぶなんてバカな真似はしないわよね? 生き残りを見つけた場合は見つからずに接近し、助けるべき相手の口を押さえて、こちらの正体を明かす、と習ったはずよ。じゃないと、パニックになった相手が叫ぶかもしれないし、その声で敵を呼び寄せてしまうんだから」


「もうやり方が誘拐犯みたいだよな……」


「仕方ないでしょ、音には気を遣わないといけないんだから。……人影をまず見つけられたのは幸先が良いわね。

 ただ、ここから広い範囲、見える町からいるかも分からない生き残りを探すのは骨が折れるわよ。たとえ人影が敵だとしても、見つからないように接近するのは同じなんだから、やることは変わらないわ。敵の位置を知っておくのも重要だしね」


「じゃあ、どうする。一旦、複数に分かれるか? それともまとまっ」

「――アルッッ! 足ッ!」


 と、ティカの叫びも間に合わず。


 がくッ、がくんっっ! と、急激に視界が二段階、位置を下げる。右足が砂丘に埋まって、身動きが取れなかった。

 そのまま砂丘の外、廃墟へと、背中を引きずられるように落とされる。


 背中から落下したが、砂が積もっているためにダメージはない。

 ……が、覆い被さるようにそいつがいた。


 実物を見るのは二年ぶりか。透き通った老木の人型生物が俺を見下ろし、口だけがある顔が目の前にぬうっと伸びてきた。


 大口を開け、鋭い波線が割れて、鋭利な部分がまるで歯というよりは刃のように――。


 俺の首を狙って急接近してくる!


 だが、音に反応するという特性を見抜けば、利用もできる。


 ――かぼちゃの被りもの。積もった砂にぶつかった落下音に反応し、俺を狙っていたグレイモアが噛み付きを中断して、音の方を見る。

 その隙にグレイモアから距離を取り、回避に専念する。


 いま戦っても勝ち目がない。


 かと言って、逃げ切れる状況とも言えない。


 そして中距離は、まだヤツらの射程範囲内なので、危険は去っていないのだ。


「まずいな」

「まずいわね……」


 俺とぺタルダの声が重なっている。


『今の音のせいで、残りのグレイモアがここに向かってくる!』


 幸い、砂丘の下にいるのは俺だけだ……。


 いや、なんで……、――アルアミカまで下にいるんだッ!


「だ、だって落としたかぼちゃを回収しなくちゃいけないし!」

「そんなもん後でいいだろうが! 命よりも大切なものじゃないだろッ!」

「そうだけど、でも――!」


 そうだよな、それはお前の友達の形見なんだもんな! だったらもっと大事に扱えよと言いたいが、かぼちゃを落としたのは俺を助けるためなのだから、文句も言えない。


 俺はアルアミカに感謝をしなければいけない立場だ。


 ……砂丘の上の仲間は、そのまま後退してもらえば済む。だが、下にいるアルアミカは連れていくしかないな。

 砂丘の上まで戻るよりは、町に入った方が隠れられるし、ひとまず休息も取れるだろうし――よしそれでいこう。


 方針を決めた途端だった。


 暴風と共に砂丘の頂上部分が崩れ、土砂が流れて、グレイモアを飲み込んだ。


 アルアミカも一緒に飲み込んだが、浅いために、ぷはっと息を吐いてすぐに顔を出す。


 当然、上にいた残りの三人も勢揃いであり、ぺタルダは翼を広げている。


「ぺタルダたちまで下りてこなくて良かったのにッ!」

「……仲間がどんな目に遭おうとも、決して立ち止まってはならない……でしょ?」


 土砂の上に立つぺタルダの言葉は、組織のルールであった。

 それは……。


 やられる仲間がいる後ろを振り向かずに、保身のために逃げろという意味だったが、俺は違う解釈をしたはずだ。


「……決して、助けるための足を止めてはならない」


「全滅は避けなくてはならない。確かに仲間を置いて逃げることで、全滅を避けるべきだとは私も思うけど、仲間を必ず助けることで避けられる全滅もあるわけ。

 全部、アルが言ったことなのに、もしかして忘れてたの?」


 確かに言ったが、ぺタルダに同じことをさせるつもりはまったくなかった。


「自分が守られることをまるで想定していないみたいね。いいわ、良い機会だから、存分に助けられなさい。守られる側の心配を、とくと味わえ、英雄気取りのバカアルっ」


 ぺタルダ……、えっと、なんで怒っているんだ?


「あんた、ね……。怒ってなんかいないわよ、心配してあげてるのに、そんな風に思われるって私ってば損ばっかりじゃない!」


「やっぱり怒ってるだろ!」

「今のアルの態度にアッタマきたのッ!」

「二人共っ、今の状況を考えて!」


 ティカが俺とぺタルダの間に入ることで、忘れかけていた状況を思い出す。


 崩れた土砂に埋まっているであろうグレイモア。しかし同じように飲み込まれたアルアミカが這い出ることができたのだから、当然、グレイモアだって抜け出すことは可能だ。


 俺たちの予想、斜め上を越えて、ヤツは腕だけを伸ばして、土砂から射出した。


 地中で爆発したように、膨らんだ土砂が破裂して、空中に砂が舞う。

 攻撃と同時に視界を狭める砂のカーテンを作るとは……。

 知能がないくせに、戦闘の勘は鋭いようだ。


 槍のように飛び出した腕と、その先の鋭利な指先は、一直線に俺の元へ。


 咄嗟に掴んだ相手の手首。地面を踏ん張るが、力では敵わない。もう片方の手を追加して、なんとか勢いを弱めることはできたが、完全に止めることはできなかった。


 地面に二つの線を引きながら押されて、崩れた瓦礫が集まる中へ突撃させられた。


 こいつ……ッ、この腕は、一体どこまで伸びる……ッ。


 ぐぐぐっ、と俺が押し負け、段々と近づいてくる鋭利な爪を、顔の少し横にずらして、手首を握る手を緩める。


 押さえられていた分の力がなくなったので、相手の腕がぐんっと伸び、俺の真横の地面を突き刺して、さらに奥へ突き進んでいく。


 そして、忘れてはならない。


 グレイモアの腕は、六本ある。

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