……二年後の地下世界/昇る地獄・未知の絵図

第1話 不安な共同生活

「うわぁ……」


 部屋に入り、嫌そうな顔をしたのはティカだった。


 小さい荷物を地面に置いて、散らばっている誰かの衣服を指先でつまむ。

 ……まるで汚いものを持ち上げるかのようなつまみ方だった。


 部屋は地面が見えないほど、色々な荷物がそれぞれ種類ごとに置かれている。

 例外は、まとめられていないアルアミカだけだ。


 当たり前だが、最初はなにもないこの部屋も綺麗だった。

 一番、最後にきたティカが見る光景としては当然とも言える……、集まった各々が自分色に染めようと部屋を使い出したために、尚更、汚く感じてしまうのだ。


 まず、メガロが一番目だったらしく、一人で先に部屋にいて、次に『俺』が部屋に入った。女子たちは荷造りに時間がかかったらしく、ぺタルダとアルアミカが一緒にやってきた。そして約束の集合時間から数分遅れて、今、ティカが部屋にやってきた――。


 現状の汚さの大部分は、アルアミカの多過ぎる荷物を解いたことが原因だった。荷物の取捨選択ができないアルアミカのために、ぺタルダがついていたのに、あまり効果はなかったらしい。

 散らばるものを見れば、どれもこれもいらないものばかり……。


 ……かぼちゃの被りものは、ずっと思っていたが、必要なのだろうか。


「貴様、分かっていないなアルブルめっ、このマスクと黒マントが格好良いのだろう! 

 子供たちに大人気なのを見ていなかったのか、このアホめッ!」


 黒マントに身を包むアルアミカが、人差し指を俺に向けるので、その細い指をぎゅっと掴んで、反るように斜め上に押し上げてやった。


「だっ、いだだだだッッ!? 

 関節はそれ以上っ、曲がらないと知っているだろうにッ!?」


「子供たちに大人気なんだから、人を指差してはいけませんを示してみろ」


 というか、俺に絡んでくるよりもまずは自分の荷物を整理してくれ。


 散らばっているのが衣服だから、つまり中には下着も混ざっているのだ。


 ティカが汚そうに持ち上げたのが、まさにかぼちゃとマントをイメージさせる、アルアミカ色のパンツなのだから。


「ハッハッハッ、あたしのが見られて嬉しいくせに。

 照れているのかーっ!? 仕方ない、存分に見たらいいぞ!」


「……ぶっ飛ばすぞ、誰がお前のなんかに興味があるかよ」


「じゃあ、この中なら誰の下着が一番見たいんだー?」


 からかいではなく素の表情で、アルアミカが八重歯を出して爆弾を投下してきた。


 ……この中で……?

 アルアミカを否定してしまっている以上、アルアミカとは今更、言えない……。


「それは興味あるわね」


 と、ぺタルダが俺の隣に寄り添うように。……この二年で身長差が出てしまい、寄り添うと俺の肩にぺタルダの頬が当たる。彼女は頬ずりするように、上目遣いだった。


 甘えているような仕草でも、チクチクと攻撃されているのは俺の方だ。


「私とティカなら、どっちの下着が見たいわけ?」


 ちらっとティカを見ると、目が合った。

 しかしティカはすぐに逸らして、


「どうでもいいから。

 はぁ、この部屋を五人で使う共同生活って、無理あるでしょ」


 どうでもいい、と、ティカから助け船をもらったので、素直にそれに乗るとしよう。


「ぺタルダだよ、ぺタルダ。下着が見られるならぺタルダが良い」


「なんかテキトーね……。まっ、いいわ。ふんふーんっと」


 ぺタルダは上機嫌に、散らばったアルアミカの衣服を拾ってかばんに詰める。

 やっぱりテキトーに思えても、選ばれることは嬉しいのか……。


 じゃあ選ばれなかったティカは? と彼女を目で追うと、自分の胸元を見下ろして、


「べつに……中身なら勝ってるし……」


 呟きは聞こえなかったが、さっきよりも不機嫌なので、ティカも興味がないようでしっかりと女の子なのだな、と分かった。


 すると、俺の隣に忍び寄る太い影。


「大変だな、共同生活」

「メガロ……、本当にお前がいてくれて助かったよ……」


 もしもいなければ……、——さすがにそんなチーム編成にはしないとは思うが、男が俺だけになってしまっていた……だから少ない同性の相手は、唯一の安らぎだ。


「頼りにしてくれてもいいけど、ぺタルダとティカに関しては、解決案は出せないからね。そこは自分でなんとかするように。

 ただ、アルアミカの方は、おれでもなんとかできそうだから任せてもらってもいいよ……。とにかく頑張れよ、リーダー」


 背中をどんっ、と強めに叩かれる。

 嫌な気がしないのは男同士だからこそか。


「おーい! かぼちゃがここにいるって聞いたぞー!」


 部屋を覗き込んだのは、まだ小さい男の子だ。いつもアルアミカの傍にくっついている子供の集団の中の一人……だと思う。

 同じような顔ばかりで正直、分からないが。


 彼はアルアミカを見た途端、部屋に入ってアルアミカに飛びついた。

 ……そうか、もうそんな時間だったのか。

 かぼちゃで浸透していても、被りものではなくアルアミカ自体にも人気があるのだと分かる。


 精神年齢は同じくらいだし。子供たちも接しやすいのだろう。


「今日はいつものはお休みだと伝えたはずだぞ。こら、くすぐるな、アホっ」

「えー。かぼちゃ冒険譚、第二部の百五十二話がすっごく気になってたのに!」


「なんだそれ……」

「アルアミカが聞かせている創作話だよ。今、子供たちに大人気なんだ」


 呟きにメガロが答えてくれた。

 へえ。広場で集まってなにをしているのかと思えば、そんなことを……。どうせ思いつきのしっちゃかめっちゃかな話なんだろうなとは、アルアミカの性格上、分かるけど。


「いや、そうでもないよ。最初はテキトーだったらしいけど、やっぱり長く続くと話の統合性も取れなくなるし、修正もしづらくなる。一度、子供たちに指摘されてから、アルアミカもまずはおれに見せてくるようになって……。

 得意じゃないけど、おれも統合性を取れるくらいには、客観的なアドバイスはできるつもりだし、毎日アルアミカの創作話を書き留めてるから。

 アルアミカにしてはまとまってると思う。どう? 知りたければ見せるけど」


「気が向いたらな」


 アルアミカにしがみつく男の子は手を離す気がないらしく、二足歩行すら諦めた。


 だらんと投げ出された足を引きずるように、アルアミカが逃げようと歩くが、無駄に体力を消費するだけだった。


 と、男の子の両脇に手を差し込んで、指先を使ってくすぐる。


 思わず手を離してしまった男の子が、ひとしきり笑った後に、なにすんだよぉ、と振り向けば――だーめっ、と似合わない仕草をするぺタルダの姿があった。


 慣れていないのだろう、男の子とまったく目線を合わせない。


 仁王立ちと、笑顔で見下ろされている男の子の気持ちはたぶん、恐怖だろう。


「普通、屈んだりして、子供を威圧しないようするんだけど、ぺタルダはまったくしないんだよな……あれは逆に凄いと思う」


「小動物に赤ちゃん言葉を使ってしまうみたいに、自然とそうなっちゃうんだけどね。いやー、さすがぺタルダ。女王様とか、女帝だとか、噂になってるよ」


 その件について、ぺタルダは知っているのだろうか。

 言われて、満更でもない反応をしそうだけどな。


「アルアミカは今からこの部屋の片づけをするの。だから今日はダメなのよ、ごめんね」

『えぇー!』


 アルアミカまで、男の子と一緒に不満を漏らす。


 アルアミカに言ったのだろうけど、ぺタルダは一緒になって男の子まで、


「ん? なに? もう一回、言ってくれる?」


 笑顔で脅していた。

 ぺタルダの一番恐い部分って、笑顔なんだと思う。


 いや、マナさんもティカも、訊ねる時の笑顔はどれも恐い……。


「……思えば、実害がないのはアルアミカだけなんじゃねえか……?」


「それはきっと、自分よりも下だとアルブルが思っているだけだと思うけどね」

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