第14話 両手にある守りたいもの

 えと、えっと……、と感情が、言葉が、勢いのまま流れて、結局なにが言いたいんだと僕自身が思っていたら、ティカがくすっと噴き出した。


「こんなに一生懸命なのに、技術が伴わない人、初めて見た」


 うっ、と僕が呻くと、ティカが再び笑みを見せてから、


「でも、こんなに想われたのも初めて。わたし、不愛想だし、冷たいし、人を避けるようにしてきたから、人に嫌われやすいの。いじめられたりはしないけど、常に無視されるような仕打ちは受けてる……。集団で無視って、結構さ、心にくるものがあるもの」


 その気持ちは僕には分からなかったが、ぺタルダに口を利いてもらえなくなった時はショックだったので、それが集団になった場合のことでいいのかな……。


 アルアミカ、メガロ、マナさん……みんなに無視されたと考えたら――心が痛い。


「でも、どうして自分から存在感を強調しないの? 自分から声をかければいいのに」


「わたしが話しかけたら、忘れていたわたしの記憶も戻るけど、一瞬の時間差があるの。声をかけたわたしを見て、『誰?』みたいな顔をされてから、わたしだと認識される。

 わたしだって、遅れて認識されると分かっていても、親しい人に一瞬でも『誰だっけ?』みたいな顔をされるのは、悲しかったから……」


 そしていつからか、声をかけなくなった。

 親しい人も作らなくなった。だって、忘れられるから。


 たった一瞬の反応が恐くなって、悲しくなって。


 だったら一人でいた方が気楽でいいと答えを出して、貫き通した。


 ――こうして僕がくるまでは。



「わたしを思い出したこと、ある?」

「ない。だってずっと覚えていたから」


「そう。シルキー族だからなのかな? 

 でも、ここにも数人、シルキー族はいると思うけど……やっぱり人によるのかな」


「シルキー族だからじゃないと思う。――僕だから、……かな……?」

「最後、曖昧な語尾と疑問符をつけなければ、格好良かったのに」


 くすっ、とまた笑った。ティカが笑ってくれた。


「わたしのことを忘れないなら、友達になってあげてもいいよ」

「や、やった! 忘れないよ、絶対にっ!」


「……こんなわたしの、どこが良いんだろうね、本当に……」


 なにかを呟いたティカの手を掴んで――大事なことを言い忘れていた。


「お願いしたいことがあるんだけど……」

「なに?」


「さっきの広場まで案内してくれない? ここがどこだか、分からないんだよね――」


 あー、はいはい、とティカが僕の手を引いて。僕もその手を離さなかった。


 そして、言い忘れていたことがもう一つ。


 ティカのことを詳しく教えてくれたのは、メガロだった。

 つまり、忘れていなかった彼も、ティカのことを探せば見つけられたのではないか?


 という、そんな可能性の話だった。



 ティカに案内されて広場に戻れば、聞き慣れた声だが、あまり聞かない怒声があった。

 広場の中心では、ぺタルダがマナさんに詰め寄られていた。


 ぺタルダは、あしらうようにマナさんの言葉をひょいひょいと躱す。いつも通りの光景であるが、違う点を言えば、マナさんが決して退かないところだった。


 根負けしたマナさんが諦めるはずが、今回はなぜかしつこく食い下がっている。


 ぺタルダの方がうんざりと疲弊しているように見えた。


「……あの子、アルの知り合いでしょ? 家族、だっけ? 

 ……お姉ちゃん? 妹? ……放っておいていいの?」


「いいわけないけど、巻き込まれたくもないんだよね……」


 だって、ぺタルダが怒られている。理由はどうあれ、連帯責任であるため、ぺタルダへの怒りの矛先は、僕にも向かうこともあるわけで……。


 すると僕に気づいたぺタルダが、ぼそっと声に出した。


「アル」


「――アルくーん、ちょっとこっちにきてくれる?」


 つまりマナさんも同じように僕に気づくわけで、微笑みと共に、おいでおいでと声をかけられる。……行きたくないなあ、と尻込みしていると、ティカに背中をぽんぽんと叩かれた。


「行かないと終わらないと思うよ。見守ってるから、頑張って」

「……じゃあ、行ってくる」


 小さく手を振るティカに向けて、僕も手を振り返し、さて、マナさんのお説教を甘んじて受けようとしたら、なぜかぺタルダまでもが腕を組んで僕を睨み付けていた。


『説明してもらえる(かしら)?』


「うぇえっ!? 説明は、するけど……えっ、一体なんのことを?」


「とりあえずはマナの方が先よね。

 私のは、別にいつでもいいし、夜通し追及するし」


 ぺタルダは急ぎではない別件らしい。


 マナさんは、むすっと頬を膨ませたりもしないで、真剣な眼差しだった。


 いつもと違うというだけで、マナさんを前にして、緊張感が跳ね上がる。


「私の怪我の治療と引き換えに、二人が『五一組織』に自分を売ったことを詳しく、経緯を説明してくれる? 私、全然っ、納得してないんだからね!」


 売った……?


 一瞬、遠い世界の話のことかなと思うくらい、歯車が噛み合わなかったが、次第に理解が追いついた。マナさんは、僕たちがマナさんの怪我を直すために、ゴイチ組織に入隊したのだと勘違いしたらしい。


 違う、そうじゃない。


「違うよマナさん。僕たちは望んで入隊したんだ……。たとえマナさんが怪我をしていなくとも、総司令の話を聞いて、間違いなく入隊していたよ」


「……どうして」


「逆に、どうしてマナさんが、僕たちが入隊することを反対しているの? だって地上の敵に対応するための対策組織だって説明を受けたんだよ? 僕たちの地上世界を取り戻すための戦いなら、志願するよ。ワンダさんだって、同じことをしていたはずだよ」


「ワンダくんの意志を継いだからと言って、なんでもかんでも真似なんかしなくていいの。……組織への入隊を、なぜ反対するかって? するよ、するに決まってる! 

 だって地上世界を取り戻すには、地上世界に行って、あの恐ろしい種族の敵と戦わなくちゃいけないんだよ!? アルもぺタルダも、一度見て分かったでしょ? あんなの、倒せっこないって! 家族が死地へ向かうのを止めない親がどこにいるのッ! しかも、自分のせいで向かわなければならない状況を押し付けてしまったなら、私は自分が許せないッッ!」


 大丈夫、とは、嘘でも言えなかった。


 もう一度、あの敵と向き合えば、また逃げ切れるとは限らない。逃げ切れる可能性の方が少ないだろう。だけど、なんのための組織であり、クラス分けであり、授業なのか。


 最悪の事態にならないために、備えて学ぶのではないだろうか。


 勝つためでもあるが、生きるための授業だ。


「……ねえ、マナ。もしかして、マナが方向性の違いで抜けた組織って、ここだったりするの? 

 あの機械の被り物をしたヘンテコなおじさんと知り合いだったりするわけ?」


「……それは――」


 マナさんの表情が歪み、唇を噛んで、言葉を出すのが苦しそうだった。


「言いたくないなら言わなくても大丈夫だよ、マナさん。でも、入隊に反対なのを、僕たちは反対する。なにも今すぐ地上に出るわけじゃない。総司令が無茶な要求はしないって言っていたから……。僕たちはまず、確実に生き残る道を選ぶ。

 だから、マナさんが思う心配事はないと思う。

 それに、マナさんの怪我を治す時の取引だから、どうせ断れないし」


「だったら私自身でまた腹を開けて――」


「意味ないわよ。一度治療した手間暇がかかってるんだから。いい加減、認めなさいよ。いつまでも子供みたいにわがまま言わないで。私たちの保護者ならどしっと座っていてほしいものね」


 言われたマナさんがキッと睨んだのは、僕たちではなく、いつの間にか後ろに立っていた総司令の方だった。


「卑怯者……ッ。交換条件なんて出さなくても、治療くらいすればいいのに……ッ」


「命の恩人に言うセリフではないな。それに、自分で言うかね。ワンダもお前も、生意気なのは変わらないな。……卑怯、か。甘い報復、とでも解釈してくれればいい。

 自覚はしているだろう? 親切にされていないとは、思っていたのではないかな?」


 ――ふんっ、と、さっきと比べればだいぶ怒りが治まったらしいマナさんが、呼吸を整えた。

 仕草も目つきも、普段通りの慣れ親しんだマナさんに近づいていく。


「そっか……、二人だって、もう子供じゃないんだよね……」


 そう言われると、まだ子供だけど、否定はしなかった。


 マナさんは拗ねるように、


「いいわよ、納得もしていないし、許しも出さないけど、勝手にすればいいよ。

 その代わり、いつまでも私に構うことっ、それでいいよね!」


「納得も許しもしていないのに条件を出すなんて、どうかしているわよね……?」


 たんっ、と、マナさんが足を踏み、音を鳴らすが、迫力の欠片もなかった……。

 でも、怒りは伝わった。


 細かいことを気にせずに言うことを聞け、というわけらしい。


 マナさんも完全服従ではなく、どこか保護者としての優位性が欲しいらしくて……、


 で、ここが落としどころだと思ったらしい。


「分かったわよ。構う構う。……ね、アル」

「そんな条件を出さなくても、いつまでも構うのに……。でも、分かったよ、マナさん」



「話は済んだかな? では、正式に入隊、と。二人とも、構わないかな?」


 僕とぺタルダが同時に頷く。

 すると、僕の後ろに忍び寄る気配があった。


 僕以外は、堂々と歩く彼女にまったく気づいていないらしく、誰も彼女を見ない。


「あれ、ティカ?」

 と僕が言ったことで、周囲がティカを認識した。


 視線が一斉にティカへ集まった。


「総司令、わたしも入隊したいです。

 ……ただ、わたしのことを覚えられるメンバーがどれだけいるか……」


「その理由で避けていた部分もあったな、そう言えば。しかし私は嬉しいが、急に志願するとはどうしたのだ? 目立とうとしなかった君が、こんな行動を起こす理由が気になる」


「別に……、大層な理由はないです。とっても小さな個人的なことなので言いません。

 必要ならば、地上世界を取り戻すためと動機をテキトーに記入しておいてもらえれば」


 総司令は理由を聞けなくて残念がっていたが、ティカの加入に素直に口を笑みの形に。


「ティカ、元々志願していなかったのに、どうして今になって……?」

「なんでもいいでしょ。理解者になんでも教えると思ったら大間違いだからね」


 指先をびしっと鼻先へ向けられ、無意識に仰け反ってしまう。


 理由はどうあれ、ティカとも一緒にいられる時間が増えるというのは、素直に嬉しい。


 入隊してしまうと、時間が拘束されると聞かされていたからだ。授業を受けているか、受けていないかで、時間の使い方も違うので会えない時間も多くなる。

 だけど一緒なら、時間の使い方も同じだ。


 もしかしてティカはそのために……、と思うのは、調子に乗り過ぎだと自分を律する。


 僕はそこまで、ティカの中で大きくはない。

 ティカにとっては珍しく親しみやすい同年代の位置くらいだ。


「さあ? どうでしょう?」

「えっ、って、ティカっ。僕の背中を背もたれにして、寄りかからないでよ!」


「アールー……」


 隣では、ぺタルダが人でも殺しそうな表情を見せており、僕はもうそれを見れないので、顔を逸らす。……ぺタルダの情緒がもう分かんないッ。


 遠くでは、アルアミカが僕たちの入隊に一番喜んでおり、かぼちゃの被り物を手に持ってその場でぐるぐると回転していた。

 メガロは僕たちを見て何か呟いたが、僕たちには聞こえない。


「板挟みかあ。大変そうだなあ、アルブルのやつ……」



 そして。


 あっという間に、二年の月日が流れて――、

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