第2話 地上と天上

 で。


 アルアミカの代わりに、俺が広場へ連れて行かれた。


 なぜなら、アルアミカを欲しがるわがままな男の子の友達の男の子が、俺が修行をつけてやっている弟子だったからだ。

 いつもの時間通りに修行をするため、広場には行く予定だったので、アルアミカ担当の子供たちも一緒に預かってしまおう、となった。


 修行とは言っても、お喋りをしたり軽い運動をしたりするだけなのだが。


 アルアミカの創作話を楽しみにしていた子供たちは、えーッ、と、ブーイングの嵐だったが、運動不足なのか普段の生活では暴れ足りないのか、俺が提案した、二チームに分かれた追いかけっこをし始めたら、全員が笑顔になっていた。

 気づけば最初よりも子供たちが増えており、広場が狭く感じる大勢の遊びに発展していた。


「しっかし、増えたなぁ……」


「部屋に引きこもっている子も、覗いてみたら面白そうだって言って出てきたもんねえ」


 メガロと並んで座り、走り回る子供たちを見守る。


 あぐらをかいた俺の足には、走れない子供が数人座っており、この子たちには簡単なクイズを出して暇を潰してもらっている。


 メガロには、彼の体をアスレチックだとでも思っているのか、頭や肩の上に数人の子供が乗っていた。

 俺と比べて、メガロは大人気だ。


「増えた、って言ったのはそうじゃなくて、この地下世界自体の子供の人口だよ。二年前はそこまで多くなかっただろ。一気に増えたよなって」


「他の地下世界の存在がばれて、連鎖的に別の地下世界もばれて、敵に追われた子供たちを一斉に引き取ったからだろうね。この二年、変わったことと言えば、地下世界を『敵』にいくつか潰された……、おれたちが追い詰められた、ってことだけだからなあ」


「子供ばかりが増えたのは、良いことなのか悪いことなのか……。我が子だけでも助かるべきだと、親や大人が命を懸けて逃がしても、子供にとってはきつい現実だろ……」


 地上世界を、子供たちだけで生き抜けるはずもない。


 だから地上世界へ出た『ゴイチ組織』のメンバーが見つけてくれたのは偶然だった。

 助からない命を助けることができる。ただ――、


「地上世界の敵をどうにかするのを含め、生き残りを救助するのが、俺たちゴイチ組織の目的とは言え、そろそろ、この地下世界の人口が溢れるんじゃねえか? 

 現状の改善として、組織でチームを組んだメンバーは連携できるように一部屋にまとめられてはいるけど、だとしても足りねえよ」


「今は昔と違って、早々にチームを組ませているみたいだよ。おれたちはある程度の授業を受けてから、相性が良いメンバーで組んだけど、今の子たちは総司令が独断でチームを組んで、一部屋にまとめてるみたい……。共に成長させることで、絆を深めるやり方にしたらしいね。でもさ、仲が悪ければ、すぐに変更するとは言っても入れ替わる子たちにとっては一大事だよ」


 育んだ絆も、その一件で逆に傾くことだってある。


「他にも問題はあるぞ。部屋が足りないってことは、赤の他人と一緒の部屋になるわけだ。組織に入っていなければ、チームでもない、本当にただの相部屋だ。

 プライベートなんてまったくない。ストレスの原因だ。二年前よりも人は増えたが、その分、多種多様な種族が集まり、くせのある性格を持つやつも増えた。

 喧嘩なんてしょっちゅうだし、極めつけは、あの問題だし――」


「……地上種」


「そして天上種。種族の敵が現れる以前の、ながーく続く戦争だ」


 敵の敵は味方、という方程式に当てはめて、現在は種族の敵に対抗するため、こうして種族がごちゃ混ぜになってなんとか生き延びている状態だが、たまにいるのだ。

 天上種と地上種の犬猿の仲を持ち出す、空気の読めないやつが。


 基本的に天上種の方が絡んできやすいが、今は地上種も変わらない。

 昔からそうだが、そっちがやるならこっちもやろうか、というのが地上種のスタンスなのだ。

 つまり天上種が言えば言うほど、地上種もやる気になっていくので、一旦加速してしまうとなかなか止まらない。


 そして、天上種の筆頭として問題を浮上させているのが、『五一組織』のアンギラス族。

 彼女は成績優秀、そして功績も一位なので、文句を言えないというのが困った原因。


 しかも、一つ年上なのだ。


「……噂をすれば、きやがった」


 広場の真ん中を堂々と横切るアンギラス族。取り巻きの数人も同じくアンギラス族だが、翼の大きさが違う。最も大きいのはやはり一番前を歩く少女だ。


 ブロンド色の髪を指で耳に引っ掛ける仕草で、視線を集める。周囲で騒いでいた子供たちは彼女の登場に足を止めて注目していた……魅了されている。それは憧れか、恐怖か。


 確かに見た目は綺麗だが……。


 ふと、彼女の視線に止まったのは、男の子と、小さくとも翼を持つ女の子だ。二人は楽しく追いかけっこをしている最中だったが、彼女の登場により足を止めてしまったのだ。


 進行方向に、やや被るような位置にいる。


 アンギラス族の彼女が足を止めた。二人の子供を見下ろし、


「なにをしているのですか? 地上種が、天上種と――立ち並ぶなど、おこがましい」


 次の瞬間には、地上種の男の子が数メートル先へ体が飛んでいた。……ぺちっ、なんて優しいものではない。躾ではなく攻撃。怪我をしてもおかしくなかった。


 手の甲で男の子の頬を殴ったのだ。


「う、うぁ、あ……」


 膝をついたまま、男の子は顔を歪め、女の子が彼を心配して寄り添おうとする。


 だが、女の子の進行方向を塞いだのは、取り巻きの一人だった。


「どこへ行こうと言うので?」


 先頭に立つアンギラス族が言う。

 彼女――、サリーザは、ぺタルダと似ているようでまったく違う。


 ぺタルダは子供の扱いに不器用なだけだ。だがサリーザは、容赦がない。


 小さな子供も対等に……、いや、自分以外は下にいると見下しているからこそ、対等ではないか。自分以外は大人だろうと子供だろうと同じ下等であると思っているのだ。


「ふ、ひぐっ……っ」


「泣いていては分かりませんよ――もしかして地上種の元へ? それはいけません。あれは我々とは創りが違うのです。同じ空気を吸っていることすら気に入りませんが、そこは寛大な我々、天上種が大目に見ましょう。あなたもいい加減、現実を見るべきでしてよ?」


 サリーザは周囲へ言い聞かせるように。


「地上種は、我々、天上種の敵です。

 仲良くする天上種は裏切り者として撃滅対象になりますので、ご了承を――では」



 天上種の女の子は、サリーザへ道を開け、ちらちらと視線を向けて男の子の元へ行っていいのか、迷っていた。


 いくら子供とは言え、撃滅対象になる恐怖は知っている。しかも五一組織で最も優秀であると有名であるサリーザの言葉だ。活躍を見ている身近な存在の言葉は、想像しやすい。


 寄り添う言葉がなくとも、彼女の功績は英雄のようなものだ。


 種族として強さを持つ者が、『違反をすれば攻撃をする』と言えば、影響力は大きい。


 仲が良かった子供たちは、サリーザの言葉に従い、天上種と地上種に自然と分かれる……。


 二つになったグループは、さっきまでの活気を失くし……、

 まだ殺伐とはしていないものの、気まずい空気が流れる。


 サリーザの魂胆は分かりやすい。

 天上種と地上種の垣根が無くなり始めている今、小さな子供たちに再び、天上種と地上種の犬猿の仲を刷り込ませることで壁を作るのだと。


 効果はてきめんで、壁ができ始めている。サリーザの狙い通りに。


 だから言ってやった。


「関係ねえな」


 沈黙を破ったその言葉に、子供たちが一斉に俺を見た。

 俺は座ったまま、振り向かないサリーザへ笑みを見せる。


「あ、口、出すんだ。今まで黙っていたから見過ごすのかと思ってたのに」


「いや、見過ごすわけないじゃん……俺がなにも言わなくても、お前が口を出すだろ、絶対」


「当たり前」


 メガロはチームのブレーキ役ではあるが、俺と同じくらいに許せないことには口を出す。


 よく俺と一緒にいるからこそ隠れて見えるが、なかなか、こいつも悪かったりするのだ。



「地上種も天上種も関係ねえよ。仲良くなりたいやつはなればいいし、気に入らないなら敵対すればいい。個人の感情を種族間にまで発展させるなよ。

 ――お前らも、好きなら告白すればいい。嫌いなら無視すればいい。天上種だろうが地上種だろうが関係ねえよ。時代遅れのしきたりなんて気にすんな。俺たちが生きているのは『今』であって、これからの未来だ。過ぎ去った過去を持ち出す必要はねえ」


 そして。



「俺を支持するも、サリーザを支持するも、お前ら次第だ。全員、好きにしろよ」



 俺の言葉に、徐々に活気を取り戻していく子供たち。


 今の子供たちは、天上種と地上種の争いなんて興味がないし、気にしてもいないのだ。


 これが今の世代の答えだが、さて、サリーザはどうする?

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