第24話 課題×2

 光に染まる。

 どういう意味なのか図りかねていると、暗かった周囲が鮮明に見えるようになった。


 青い体毛の狼も、ランプの光に依存して見ていた彼の姿も、

 壁に密集していて、あらためて見ると気持ちの悪い蛍も、全てが。


 光が空間内、全体を照らすように隅から隅まで、なにからなにまで瞳が情報を仕入れる。


 なんのつもりだと視線を向けると、おれの疑いに気づいたのだろう。

 彼は手っ取り早く本題へ話を移すことにしたらしい。


『キミも物分かりが良いネ……いや、抗う無意味さを知っている。条件を飲んだ方が全てが上手く回るコトそこにどんな犠牲と困難があろうトモ』


「魂を奪う幻想始人が、どうしておれにこんな『目』を?」


『魂を奪うのは食事だからネ。亜獣の魂で満腹になったから、無理にキミたちの魂まで喰らう必要はないのサ。だから少し、遊ぼうと思った。

 オレたちの少ない娯楽の一つだと思えばイイヨ。ずっと見ていたけど――、キミの仲間に、瀕死状態の子がいるだろう? 良ければ、その子の怪我を、治してあげようカ?』


 ……美味過ぎる話だ。乗りたくはないが、しかし乗らざるを得ない。

 打つ手がなく、このままでは命が危ないセイナンを知り尽くした上で、おれに訊ねている。

 絶対に断ったりはしないと確信を得ながらだ。


「代償におれの魂を? ――それなら別に」


『いやいや、それは失敗したら、の話にしよう。

 キミも自分の命を犠牲にするなと言われているのではないカ?』


 よく知っている。今さっき見ただけでは分からないことだろう。ずっと前から見ていたのだろうか……、幻想と呼ばれる存在ならば、なにができても不思議ではないが……。

 もしくは誰かの記憶を覗くことでも、その不思議は解決される。


『ご明察ダネ。記憶を覗かせてもらっただけダヨ。キミが人間でありながら、オレたち幻想始人に近い存在かもしれないということも分かっている……判断がしにくいけどネ。

 キミは、普通の人間ではない。ああ、言い方が悪いカ。この世界の人間ではなイ』


「…………答え合わせに意味はないだろうけど、一応、正解だよ。それで――おれと君との契約の内容はどうすれば? なにをすればセイナンを助けてくれるのかな」


『出した指示を遂行してくれればイイ。オレはキミとその周りを観察し、楽しませてもらうよ。

 ただしルールがある。なあに、簡単なことサ――彼女にばれては、ならないヨ?』


 彼が指定した彼女とは、セイナンを除けば一人しかいない。


 ――プリムムにジャックランタンや彼から出る指示についてばれることなく、彼からの指示を遂行しなければならない。

 多くない数の試練を達成できれば、セイナンは救われる。だが途中でばれれば、おれの魂が奪われる……、彼の言う通り、確かに簡単な話だった。



「どうだったの?」


 おれが隣の部屋に向かったのは、忘れかけていたが、狼の亜獣が敵か味方なのかはっきりさせるためだ。ジャックランタンの印象が強いが、プリムムは彼とは出会っていない。そのため、彼女にとって最も重要なのは、亜獣についてだ。


「敵か味方かは分からなかった。ただ、もう死んでたよ。理由は分からないけど……」

「そう……」


 プリムムは特に詳細を問い詰めてはこなかった。聞かれたらどう返そうかとシミュレーションしていたが、杞憂だったようだ。彼女も今の状況に参っているのかもしれない。


 ジャックランタンからもらった光のおかげで、部屋全体が明るく見える。プリムムの表情も、彼女の機微も、よく分かる。隣に座ると彼女がやけにそわそわしているな、と感じたが、そう言えばトイレ事情は解決していなかった。


 旅をしている最中、催した時は帆船だったので解決はした……だが、今は洞穴の中だ。

 外に出たいが、吹雪なので難しいだろう。

 となると、隣の空間の隅っこを利用するしかないのだが……、おれがここにいれば見られないとは言え、彼がいることを知っているおれとしては、あまり勧めたくはなかった。


「……プリムム」

「はいっ!?」


 ぐんっ、と急上昇した折れ線グラフのように、声のトーンが高くなる。おれに声をかけられたことでびっくりしたのだろうか……。数え切れないほど、これまで呼んでいるはずなのだが。


 彼からの指示をさっさと達成してしまいたいが、今のプリムムはなんだか、ガードが堅いようにも思われる。手を伸ばせば急激に退いてしまいそうな気がした。


「な、なんなのよ、急に……」


「……そわそわしてるから、どうしたのかと思って。気になることでもあったり?」


「なにもないわよ。いいから、セイナンが目を覚ますのを待ちましょう」


 おれもおとなしくそうしたいところなのだが、そうもいかないのだ。彼からの指示は『プリムムの頭を撫でること』……相手がセイナンならば簡単に、理由もなくできるのだが、プリムムの場合は理由付けが必要になる。

 上手く、頭を撫でてもおかしく思われないシチュエーションに持っていかなければならない……。だが、目ざとい彼女ならば、おれのおかしな行動からすぐに答えに近づくだろう。


「……なんだか、暑過ぎないかしら……?」


 プリムムは制服のネクタイを緩め、首元のボタンを二つほどはずした。

 暑いくらいに体は温まっているが、暑過ぎるほどではない気がする。すると、しゅるり、と衣擦れの音が聞こえ、ネクタイが解かれた。

 いつもきちんとしているプリムムが服装を着崩していると、不良少女みたいで背徳的な魅力が生まれる。


 周囲が暗いからこそできる大胆な行動だが、彼女は知らないのだ。おれには鮮明に全てが見えている。ボタンをはずして開かれた胸元、その白い肌までもが、おれには見えている。


「…………」


 ――暑過ぎる、というワードはありがたい。


「もしかして、熱でもあるの?」


 そう言っておれは手を伸ばす。ちょっとごめんね、と声をかけて、手の平をプリムムのおでこに当てる。熱を測る、という名目で彼女のおでこに触れ、その流れを活かして、頭を撫でることができるのではないか――。

 結果は、やや浅いがそれでも頭を撫でた、と、ぎりぎり言えるくらいには接触したはずだ。


「……プリムム、本当に熱いよ。寝た方がいいと思う」

「大丈夫よ、ロクを一人残して、眠れるわけがないわ」


 そうは言うが、頬がさっきよりも赤くなっている。制服の上着も既に脱いでおり、ワイシャツのボタンも半分以上がはずれていた。……ちらっと、白の下着が見えている。


『くくっ、両方から見ると面白くなってきタナ』


 耳元で囁くのはジャックランタンだ。おれの隣で浮いているが、当然、プリムムには見えていない。……そんな彼の言葉で思い当たることがあったのだが、それを訊ねると恐らくは失敗扱いになるかもしれない。そのため、おれはその考えを飲み込むしかなかった。


 ……だとしても、ドキッとはするんだよ……。


『見ていて飽きないが、破壊した先を見てみたいとは、誰もが抱くだろうネ』

「いつまで続くんだ……」

『撫でたのは、良しとしようか。じゃあ次は、キミが彼女の服を脱がせるんだネ』


 意図が分からない。――ただ、彼は、破壊、と言った。


 おれとプリムムの人間関係を破綻させる気なのか。


『理由をつけてその気にさせるのはキミの得意分野ではないのかナ。

 それっぽいことを巧みに言って、一体、何人の同級生を操ってきたのか、忘れたのかナ?』


 人を詐欺師のように言う。

 人聞きが悪過ぎる評価だが、しかし、間違いでもないのだ。


 方向性としては、大きく括ってしまえば、騙すのと同じだが、客観的な目線から彼・彼女が悩んでいる事情が、実際は大したことがないと考え方の一案を提案してみたり、一歩踏み出すことを躊躇っている同級生の背中を押してあげたり――他人事だからこそ言える口だけの共感……おれはもっと酷い失敗をしているという自虐を交えながら、相手に自信をつけさせていただけだ。


 操っているだなんてとんでもない。

 それを言ったら操り失敗の方が多いくらいなのだから。


 おれの話をどう解釈し、どう結果を転ばせるかは、向こうの判断に任せている。

 結果を操作することは、おれにはできない。


 おれが思い通りに操れるのは流々くらいだし、人を思い通りに操れるのも流々くらいだ。


「君はおれを買い被り過ぎだよ」


『指示は変えない。キミの手腕に期待をしヨウ』


 まったく、簡単に言ってくれる。

 プリムムの服を脱がせる理由などあるわけがない。どう状況を持っていけば怪しまれないか、そんなものなどないと言い切れる。

 今回の指示はハードルがかなり高いだろう。


「…………っ」


 だが、プリムムがなぜか残りのボタンをはずし始めた。暗闇だから気づかれないとでも思っているのかもしれない。だが、繰り返すが、おれには全部、見えているのだ。


 全てのボタンをはずし終わったプリムムのシャツは、前が全て開いている。首から鎖骨を下り、二つの膨らみを越えれば、柔らかそうなお腹とおへそに到達する。

 スカートに手をかけていないのが幸いだった。


 おれに性欲がない、と思っているのならば大間違いだ。考え方が年寄りみたいだと思われていても、やはり盛んな十五歳だ。……女の子の肌を生で見て、興奮しないはずがない。


 プリムムがシャツから肩を抜き始め、そこで思わず手が伸びた。

 彼女が自ら服を脱いでしまえば、おれの課題が達成されなくなる。……止めはしたものの、プリムムの手首を掴んでいる理由を、おれは用意していなかった。


「……なんで、服を脱いでいるんだ――」


「あ、暑いなあって……」


 プリムムは、あまり言い訳や理由付けが上手いわけではないらしい。意外だった。余裕がなくなると、パニックになるのかもしれない。

 目がぐるぐると回り、視線があちこちを飛び回っている。

 暑いの一点張りでは、おれも見逃したら、彼女にとっては違和感になりそうだ。


 ……いや、それでいいのかもしれない。


 おれは、プリムムにもジャックランタンと同じような幻想始人がついているのだと思っている。でなければ、プリムムがこんなおかしな行動をするはずがない。


 ルールが同じなのであれば――、おれは知っている……つまり、ばれているのだが、恐らくは自己申告制なのだろう。

 おれとプリムムが互いに、相手が指示を受けて行動していると直接、指摘しなければ、ばれていると判断されないのではないか。


 黙認し合えば、この場を乗り切ることができそうだ。


「暑いなら、脱いだ方がいいかもね」

「え……」


 プリムムのシャツを肩からはずす。

 上半身が下着だけになり、彼女が頬だけではなく顔を真っ赤にさせた。


 腕を抜いた途端に自分の胸を隠すように体を抱く。そこで、彼女も気づいたようだ。

 おれにも幻想始人がついていることを。おれも、指示を受けているということを――。


「ロ――」


 しっ、と指を立てて彼女の唇を塞ぐ。反則ぎりぎり、いや、彼らの判断一つで失敗扱いされてしまうかもしれない。

 だが、彼らの目的は楽しむための娯楽だ。

 停滞させずに次々に展開させていけば、見逃してくれる可能性も高まる。


 プリムムは深呼吸を一度し、どうやら落ち着いたようだった。

 事情は互いに理解している。そうと分かれば、行動に躊躇いがなくなる。


 プリムムから脱がせたシャツを隣に置いた。……指示を遂行したはずだが、次の指示がまったくこない。まさか、スカートまで脱がせろ、と言うわけじゃないよな……?


 すると、意識がスカートに向いていたおれの目の前に、プリムムの顔がぐっと近づく。

 女豹が這うように、挑発的な上目遣いで、おれをじっと見る。


 彼女の服を脱がすために膝立ちだったために、今は正座をしていた……、その太ももに手を乗せて、プリムムは胸元を見せつけながら、おれの顔に、自分の顔を近づける。


 ……頭がおかしくなりそうだった。


 近づくプリムムの匂い、冷たい指先が服越しだが、触れられている感覚を得る。

 唇を見ているだけで、その感触を想像する。


「……する、から」


「…………」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る