第23話 かぼちゃの頭、とんがり帽子
強く叩いたり揺すったりはしなかったが、ひたすら揺すり続けた結果、イラッとしながら目を覚ましたプリムムは、当然、機嫌が悪かった。
覚悟をしてやったことなので素直に受け入れる。
体が温まったからこそ感じる、上着の湿りによる寒さ。二人で上着を脱いでから、
「プリムムは、ここにくるまでのことを覚えてる?」
「……覚えてないわ。気づけばここにいた……、今に至るって感じよ」
「なら、おれが知っている限りのことを知らせる」
プリムムを手招いて、一つの出入口へ案内する。
淡い緑色の光があると言っても、人の顔は見えても足下はまだ暗い。
恐る恐ると言った様子で、ゆっくり歩くプリムムの手を引いた。
「……なんだか、慣れた感じよね」
「そうかな。やらされてる内に、できるようになったのかもね」
おれ自身は上手いとは思っていない。
というか、上手も下手もあるのだろうか。
「誰によ」
「幼馴染。プリムムもセイナンも知らない、人間の女の子だよ」
もうこの世にはいないけどね、とは、言わなかった。
特に話も広がらず、それ以上、プリムムも会話を続けようとはしなかった。
タイミング良く目的地に着いた、というのもあるが。
出入口の先には、おれたちが目を覚ました場所と同じような広さの空間が広がっていた。
こちらも明かりは壁に密集している緑色に頼っている。近くにいたからこそ気づけなかったが、こうして引いて見てみると、緑色の光が飛び、移動を繰り返している。
複数の個体が飛び交っている様は、昆虫を連想させるが、思った通りだった。
蛍が大量に集まっているのだ。
……プリムムには言わないでおいた方がいいだろう。虫嫌いにとっては、たとえ幻想的な光景だとしても、嫌いなものは嫌いなのだ。
注目するのは光るお尻だが、そこ以外は普通の虫と大差ない。
見づらいとは言っても、いるだけでも嫌がるのは目に見えている。
「あれって……」
プリムムが注目しているのは、足を折り畳んで伏せて眠っている、狼の亜獣だった。
おれが伝えたかったのは蛍ではなく、狼の方だ。
狙いはどうあれ、結果的に助けられた、ということになるのだろうか……?
おれたちは雪崩に巻き込まれた後、あの狼に拾われたのだろう。
狼の亜人であるセイナンが無関係であるとも思えないし……、セイナンが助けを呼んでくれたのか、と考えたが、亜獣に敵だと認知されている亜人が助けを求めたところで、亜獣が助けてくれるかどうかなのだが……。
「絶対にない、とも言い切れないわよ……わたしたちが知っている亜獣たちは、亜人を食糧としか見ていなかったけど、もうわたしたちが知らない場所まできてる。
例外があっても不思議ではないもの」
そう、狭い中で見聞きした常識を言えば、あり得ないと判断するが、根拠である狭い空間から既に出てきてしまっている。ここから先はなにが起こってもおかしくはない。
おれたちの常識は、もうあてにならないのだ。
すると、眠っていた狼の瞳が開いた。
すく、と立ち上がり、おれたちを見る。
出入口から身を乗り出して覗いていたおれたちは、反射的に頭を引っ込める。
「……とりあえず、戻ろうか。敵でも味方でも、セイナンがまだ奥に残ってるしね」
「そ、そうね。それにしても、立ち上がると、意外と大きかったわね……」
もしも敵だった場合、一つしかない出口までの道を、亜獣に捕まらずに潜り抜けるのは至難の業だろう。敵ではないと願うしかない。
この際、敵でなければ味方でなくとも構わない。
セイナンの元へ戻る。彼女は、まだ意識を取り戻していなかった。
呼吸はしているから大丈夫だと思うが……だが、些か、楽天的だった。
彼女の上着をプリムムが脱がせたところで、見えない部分に、セイナンには外傷があった。
腹部に大きな穴……、血は固まっていて、次に右腕が折れていた。
手足の凍傷は、この空間の温かさでだいぶ回復はしているようだが、安堵はできない状況だ。
おれたちの少ない装備で、まともな治療ができるとは思えなかった。
「なによ、これ……ッ」
「プリムム……、セイナンは、雪崩からおれたちを守ってくれたんじゃないのかな。
でも、自分に限界がきたから、一か八か、亜獣に助けを求めた。同じ狼を持つ同種に――」
おれは夢を見ていた。
あれはセイナンに助けられた時の、断片的な記憶なのではないか。
「どうすればいいのよ……っ、こんな傷、わたしたちにどうにかできるものじゃないわよ!」
雪山のどこかも分らない洞穴の奥深く。助けを呼ぼうとしても、自分たちから整った設備がある場所へ向かおうとしても、時間が足りない。
後者に関しては、あるかも分からないのだ。
セイナンの命を救うには絶望的過ぎる状況と、装備の足りなさが不可能を突き付けてくる。
おれたちは大自然と旅を、あらためて思うが、なめ過ぎている。
その状況になればどうにかなるはず――そんなわけがないのだ。
どうにもならない状況がまさに今、おれたちを襲っている。
どうする……、しかしなにもしないわけにもいかない。手持ちの道具で、たとえ効果は薄いかもしれなくとも、骨折した腕を固定し、腹の傷も塞ぐ――。
凍った血によって傷は塞がっていたが、それも溶け始めている。
上から布を当てて、包帯で押さえつけた。
「……目を覚まさないわね」
「辛抱強く、待ってるしかないよ。
……ここから出るのは、セイナンの体調が回復してからだ」
外の吹雪が止んでくれれば、セイナンの回復が長期的なものになっても、外に食糧や、あるか分からないが、薬草を探すことで長く滞在することも可能だが……、
外に出る前に、狼の件もある。
やはり敵か味方か、早い内にはっきりさせておいた方がいいだろう。
立ち上がると、おれの制服が引っ張られた。
振り向けば、手を伸ばしたままのプリムムが――。
――不安そうな顔が見て取れる。不安だけど、おれがしようとしていることを理解し、必要なのだと思っているのだろう。
止められない、止めてはいけない。
でも手が出てしまった。そんな後悔が、瞳の奥にちらついている。
「……すぐに戻るよ」
掴まれた指を丁寧に解いて、出入口へ向かう。
足音を立てないように……、だが、いくら意識しても、あの狼には気づかれているだろう。
ほとんどばれているだろうことを前提にして、隣の空間を覗き込む。……狼は眠っていた。
「……随分とまあ、リラックスしてるな」
伏せ、の体勢ではなく、体を横にして足を投げ出している。
深い眠りについている……? だとすると、起こしてしまったことで機嫌を損ね、攻撃されては堪らない。
一歩、一歩、静かに近づく。
残り一メートルもない距離まで近づいても、狼は目を覚まさなかった。
「…………?」
異変に気づいたのはその時だった。
確信を得ていたからこそ、躊躇うことなく触れることができた。
青い体毛を撫でながら――体温はある。
見たところ、外傷はない。だが、心臓の鼓動が感じられない。
狼は絶命していた。
「どういうことだ?」
『オレが奪ったからだ――それにしてモ、珍しいな、人間トハ』
狼の体の上、つま先が尖がった靴を履いた、五歳程度の子供のような体格……、
黒いマントで首から足首まで覆われ、頭はオレンジ色のかぼちゃだった。
目、鼻、口をくり抜いて表現している。その表情は笑顔だった。
最後にとんがり帽子が、かぼちゃの上にくっついている。声は少年のように思え――呼称は彼としよう……彼は白い手袋をはめた手で、短い杖をおれに向け、狼の体毛に腰を下ろした。
位置の関係上、おれは彼を見上げる形になる。
「誰だ?」
『驚かない? ……突然、現れても驚くことでもないのカネ』
彼は些細なことだと、重要視はしない。
おれとしては狼が絶命している――なぜなのか、彼が登場したことで絶命の理由が分かった、と解明されたことで納得が上回り、驚きはしなかった。
突然、姿を現せば、誰でも驚くだろうとは思う。
そもそも、彼は驚かせたいわけでもないのだろう。
「――ジャックランタンか」
『そうだとも。さすが人間と言うべきか、オレたち
置いていかれるこっちは寂しいものさ。
あ、呼び名は多数あれど、なんでも構わないから気にすルナ』
どこから出したのか、彼の手にはいつの間にか、名前の半数を占めるランタンが握られていた。代わりに杖がなくなっている――彼はランタンを乱暴に、おれへと投げ渡した。
「――うおっとと。……これは?」
『オレは生物の魂を喰らう。この亜獣がなぜ絶命したのか、分かったカネ? ――オレたちは気まぐれだ。気まぐれで消え、気まぐれで生まれる。そういう幻想というソンザイなのさ』
ランタンを渡した意味は教えてはくれなかった。……その光が強いため、蛍の光はいらなくなる。互いに均等に照らされるよう、ランタンを地面に置こうとすると、彼に止められた。
『見続けているといい。そうすれば、キミの瞳は光に染まるカラ』
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