第20話 結託は入れ替わる

 そう言えば、兄弟姉妹がたくさんいるようなことを言っていたような……、その時の経験が今に活きているのだろう。そして、おれの不安までも言い当てて、


「きっと仲直りできるから、大丈夫だよ」

「……うん」


 プリムムと離れてから、おれの部屋は大砲や木箱が置いてある倉庫になっている。ちなみにプリムムは船員部屋なので、位置関係は真逆だ。……当たり前か。隣合っていたら意味がない。


 ばったりと出くわさないようにセイナンに頼んでいるらしいプリムムの徹底ぶりだった。

 そのため、全員が使う大広間は、今はセイナンが独占しているようなものである。


 旅をしている中でも個人の時間はあった方がいいので、大広間から退散し、自分の部屋に帰ってきた。——時刻は深夜。日中に眠っている、昼夜逆転生活とは言え、積み重ねた生活リズムをそうそう変えられるはずもなく、少し眠くなってきた。


 波の音を聞きながら布団に入る前に、目についたものがあった。


「……? 紙切れ、だな」


 壁に針で突き刺されていたのは、正方形に千切ろうとして失敗し、切れ端がギザギザになっている紙切れ――。メモに使えそうな手頃なサイズだった。そこには、こう書かれている。


『一緒に旅をしている二人を、性的に見てたりするの? ――プリムムより』


「……やばい」


 これはプリムムからの仕返しだ。

 紙に書いている時点で実験の一つなのだろうが。


 質問が紙によって指示できるのであれば、攻め方の幅が広がる。

 相手の本音を引き出したい時、メモを相手が見るだろう位置にセットしておけば、後は自分が怪物になることで、回答を引き出すことができる。

 仲間を失いたくない仲間同士だからこそできる、本音の探り合いだ。


 これが信頼できない相手同士であれば、怪物になった相手を放っておけばいい。

 それか、質問に答えずとも、倒してしまえばいい。

 怪物になっても対処できるほどの力があることが前提になってしまうのだが。


 おれたちは前者なので、もちろん見捨てたりもできないし、もしも力があったとしても、倒そうとも思わない。そのため、指示された質問に答えざるを得ない。

 つまり、おれはこの質問に本音で答えなければならないのだが――焦る。


 焦るのは、つまり、そういうことだからだ。


「……まったく見ないなんて、そんなわけないじゃんか……!」


 これは、わざわざ言うことでもないのではないか、と文句を言いたくなる。

 しかしこれはおれの自業自得でもあった。同じことをプリムムに強制させていたのだから。


 プリムムが口を利かなかったのは、この仕返しをしたかったからなのか……! 

 本気で嫌っているわけではなさそうなのが、同程度の攻撃から――対等に見ていることから分かる。嫌われていればもっと、おれを社会的に殺せるような質問をしてくるはずなのだ。


 プリムムは怒ってはいても、縁を切ろうとは思っていないらしい。それには安堵したが、質問に答えなければならないおれの状況は変わらない。……というか、だ。


 セイナンも恐らく知っているはず。

 おれが仕掛けた時のプリムムは、焦りのためか気づかなかったが、セイナンに任せることもできたはずなのだ。

 最後まで答えずに粘れば、最終手段として、セイナンが用意された質問に答えて、怪物から変化させられるのだから。


 だから、セイナンの元へ向かおう。


 駆け足で扉を開けたら、目の前に怪物が立っていた。


 ……同じような光景を見たことがある。


「――うおっ!?」


 慌てて扉を閉めて、部屋の中に避難するが、意味がない。

 外に繋がる、今はもうない扉と同じで、怪物の力は扉を簡単に破壊する。


 扉から突き出た爪と指が扉を歪ませ、丸めた紙クズのようにしわくちゃになる。部屋に入るのに苦労している怪物は、邪魔だと言わんばかりに、扉があった外枠を破壊し始めた。

 使われていた木材の破片が床に散らばる。


 膝を曲げて、のれんを潜るように顔を出した怪物に、倉庫にあった大砲を下の台ごと滑らせ、突撃させた。倒せるとは微塵も思っていない。今は隙が作れればそれでいい――。


 転がる台車を止めた怪物の横をすり抜けて、大広間へ移動する。

 セイナン! と大声で叫ぶと、甲板に出ていたらしいセイナンが戻って顔を出した。


「ロク? 大きな声を出して……、びっくりしたよー」


「そんなことよりもプリムムが怪物に……っ! 伝えられているんだろ!? おれの時みたいにさ――っ、用意されてる質問があるなら早く答えてほしいんだ!」


「え……、プリムム――怪物になってるの?」


 きょとんとした顔で……、とぼけるのはいいから! 


 しかし、セイナンは呟いた。


「……予定と違う」

「は――」


 ……まさか! 一度、仕掛けた側であるおれに同じ仕掛け方は通じないと、だから別の攻め方をしたのか。……つまり、セイナンにも伝えていないのか、プリムムは! 

 緊急回避手段を切り捨てて、絶対におれに答えさせる状況を作り出して……ッ!


「――でも、遅かれ早かれこうはなってたし、まあいっか。

 それで、ロクにはどんな質問があったの?」


 ……あれ? もしかして知らない? ……なら。


 プリムムからの仕返しなのだから、そのまま同じ質問をぶつけられた、とセイナンには伝える。男の子が好きなんでしょう? と質問されたことにすれば、本来された質問への答え方をしても、意味は通じるだろう。

 そうなるとおれはホモになるのだが、仕方のない犠牲だった。


「プリムムにしては、仕返しが甘いような……?」


 こいつら、裏で一体なにを企んでいたんだ……?


 そうこう話している内に怪物が追いつくかと思いきや、しかし姿を現さない。

 不思議に思ってセイナンと見合い、様子を見にいこう、と互いに頷く。


 足を踏み出してぎしっと床が軋んだ瞬間、足下から爪が伸びてきた。

 真上に伸びた爪は指の可動域を考えれば折り畳まれる。切っ先を見て判断するに、おれたちの方へ二撃目がくる。

 バランスを崩したままセイナンを引っ張り、そのまま後ろへ倒れる。

 折り畳まれた爪は、ぎりぎりおれたちに傷をつけなかった。


 腰を上げると、破壊された床から怪物が這い上がってくる。二メートルを越える巨体がおれたちを見下ろした。……中ではプリムムがおれの答えを待っているのだろう。


 ……あの質問をして気まずくなるのはおれとお前なんだけどな!


 幸いにも、セイナンには別の質問だと思わせているし、元に戻ったプリムムに仲直りと一緒に口止めをすれば、セイナンにばれることはない。

 プリムムのように絶対にばれたくない秘密でもないのだから、さっさと言ってしまった方が傷口は浅いだろう。


「ロク……これは?」


「怪物の追いかけ方がちょっとずつ厄介になってるよな――、セイナン、どうしたの?」


「今、ロクの手から落ちた紙切れを拾ったの」

「ああ、それね。それは――」


 はっとして、握り締めていた拳を開く。あるはずの紙切れがそこにはなく、振り向けばセイナンが『例の質問』が書かれた紙切れを読んでおり――、


 理解した、と言わんばかりに、セイナンは丁寧に紙切れを折り畳む。


「なるほど、プリムムらしい一撃だね。で、どうするの? ロク。答えは?」


「…………」


 にやっ、と、怪物が笑みを作ったように見えた。



 元の姿に戻ったプリムムの独壇場だった。


 同じ気持ちを味わったので、おれがどれだけ酷いことを興味本位でしてしまったのか、よく分かる。甲板の上で正座したおれの前で、仁王立ちをするプリムム。

 そして、おれの答えに苦笑いをしているが、たぶんだけど引いていたセイナンは、部屋に閉じこもってしまった。


 これから顔を合わせづらいなあ……、プリムムに関しては、そんなことなど吹き飛ぶほど、めちゃくちゃに怒られているので平気なのだが。


「――それで、言うことは?」


「言いたくないことを掘り出してしまってごめんなさい」


 不機嫌そうな表情だが、実際は――、とは思えないので、謝り倒して、なんとか許してもらった。縁が切れなくて良かった、と安堵するが……、

 問題は、先送りにしていたおれの回答に、照準が合わされる。


「それにしても、へえ……、わたしたちを性的な目で、ねえ。……へえー」


「おれをいじろうとしているところ悪いけど、いじろうとしているプリムムが恥ずかしがっているのが、おれも恥ずかしい」


「別に、恥ずかしがってなんか」

「性行為」


「っ」


 免疫がないからこそ、逆にこの中で一番、変態なのではないかと思えてきた。


 文字列だけで想像して顔を赤くするって……、見ていて飽きないな。


 もっといじってみたくなったが、調子に乗るとおれも制御が利かないので、地雷を踏む前に退散をしよう。プリムムと仲直りできたわけだし、次は閉じこもってしまったセイナンだ。


「セイナンはなんで部屋に閉じこもったんだろう? 苦手ってわけでもないだろうし」


「いや、身近な友達が自分のことを性的に見ていたらびっくりすると思うけど……」


「プリムムはおれのことを性的に見ていたりしないの? おれたちくらいの年頃の子供は、好き嫌い関係なく、妄想くらいはするものだし。

 理想の代用として使ったりするものだと思っていたけど」


「み、見ないわよ! しかもそんなことしないし!」


 その辺りは、人間と亜人の文化の違いかもしれない。


 船内の大広間へいくと、真ん中に置いた机の前の椅子に座っていたセイナンがいた。部屋に閉じこもっていたのだが、短い時間で出てこられたらしい。

 ……どこの誰かさんとは大違いだった。


 セイナンの元へ駆け寄ったプリムムが、


「セイナン、大丈夫なの?」


「うん。びっくりして思わず逃げちゃったけど、冷静になったら大したことないもんね。だって男の子がそういう風に女の子を見るなんて普通だし、健全だもん。

 男の子にしか興味ないんだって言われるよりは、ぜんぜん変なことじゃないしね」


「さり気なくプリムムが攻撃されてるけど……」


 女の子にしか興味がないと言っているプリムムは、充分に変であると言っているようなものなのだが……。


「うーん、そうなんだけど、違うと思うよ」

「……? そうなのに、違う?」


「セイナン、フォローとかはいいから……」


 プリムムに止められたセイナンは、ごめんごめんと謝りながら。


 おれには分からない、二人の間での会話があったのだろうか。


「プリムムも変わったってことだよ」

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