第19話 悪用計画
一瞬の間が開き……反応をしたのはプリムムだった。
「だ、誰がレズよ! 勘違いされそうなことを言わないでくれる!?」
「えっ、ごめん……、まさかそんな剣幕で否定されるとは思わなくて……。
ただの雑談で聞いただけだったんだけど……。でも、手――繋いでるからさ」
机の下に隠されていたのだろう、繋がった手が剣幕と共に出てきた。
慌ててプリムムが隠すが、見られてしまっているのだから意味がない。
セイナンの方は、あははっ、とお気楽な笑みだった。
反対に、プリムムは冷静さを保とうとしているが、顔が少し赤いので、攻めるとしたらプリムムだろう。いつも強気な口調で攻められているので、こういう時くらいは仕返しをしてもバチは当たらないはずだ。
あと個人的に、プリムムはいざ攻められると弱いと見た。
いじりがいがある。
「これは! 昨日から不安を消すためにずっと繋いでいるだけで、そういう意味はないの!」
その可能性はある。
だけど指を絡ませる恋人繋ぎなのはどうなのか。
プリムムが気づいて離したりしないので、
本当に知らずに繋いでしまった形なのかもしれないが。
「プリムム」
おれの短い言葉に、彼女がびくっとした。
いや、その反応はおかしいよ。
「な、なによ」
「隠しごとはなし。プリムムは女の子の方が好き?」
「っ。だから、違うって言ってんでしょ! わたしだって男の子が好きなのよ! まったく、もういいでしょ! ロクが起きるまで、昼食を待っていたんだから食べましょう、早く!」
……そうだね、と言って昼食に取り掛かる。
これだけ否定しているのだから、プリムムにとっては触れられたくない部分なのだろうが、じゃあ聞かないでおこう、とはならなかった。
なぜなら、相手の本音を引き出す、ちょうど良い方法があり、思い立ってしまったから。
昼食を終えた後、マストの頂上まで、セイナンを『手伝ってほしい作業がある』ことを理由に呼び出した。人、一人分しか入れない空間に、無理やり二人が入ったので、ぎゅうぎゅうだった。おれなんてほとんど足しか入っておらず、お尻を手すりの部分に乗っけている。
太陽光を遮る雲が続いているので、消える心配はない。
もしも消えたとしても対処法が分かっているのだから、焦る必要もなかった。
プリムムはもちろん、ここにはいない。
すると、おれを見たセイナンが、
「あ、悪い顔してる」
「そんなセイナンも、面白そうだねって顔してる」
顔を合わせただけで、相談ごとの内容が理解されたようだった。
おれの企みを話すと、セイナンは悩んだ様子だった。
確かに、無理強いすることにはなってしまうのだが――ただ、実験という側面もある。
前回と同じ方法で通用するなら、確実な対処法として備えることができる。
今はまだ、確信となった武器にはなっていないのだ。
「――うーん、まあ、こういう力づくな方法も必要なのかなあ……」
「セイナン?」
「……うん、乗った! 事情はあたしが理解してるから、やろうよ!」
がしっと手を力強く握り合う。
こうして、おれとセイナンの計画が始動した。
気づけば、プールに仰向けで寝転がっているような感覚だった。
周囲にはなにもなく、本当に水かと思ってしまうような水色によって満たされている。
しかし、冷たくない。温かくもない。この場にはなにも無かった。
「なんだ、ここ……? あ、そう言えば、おれは――」
セイナンから聞いた場所と酷似している。
セイナンの場合は水色ではなく黄色だったと言っていたが、それ以外はまったく同じだ。
確かこの後、目の前にある閉じられた両開きの扉が開かれ、外の景色が見えると言う。
思い出した。おれは消滅したのだ、太陽光を浴びて。
だとすると、ここは怪物の中であり、今は真夜中になるまでの待機時間なのだろうか。
ぼうっとしながらしばらく待っていると、
「あ、扉が――」
視界に現れたのは船の甲板の景色だった。
自分の体がそこにいるように思えるが、おれの操作はまったく受け付けない。
意思を無視した歩みによって、怪物が壊れたまま直していない扉の先へ入る。
大広間には誰もいなかった。だが、別の扉が開いた。
「ねえセイナン。そう言えばロクって――」
お風呂上りなのか、少し髪が濡れているプリムムだった。
おれ(怪物)を見て固まり、そして冷静に状況分析をして、姿の見えないおれが今の怪物だとすぐに理解した。
「ロク……あんたねえ……」
――おれの意思とは関係なく怪物が動いてくれて助かった。
もしも制御が利いていれば、プリムムの低い声に、おれは怯えて動けなかっただろう。
怪物になった仲間を元に戻すには、直近にされた質問に答えを返す。これが本当にそうなのか、という実験である。
そしてもう一つ、実験一が方法として確立した前提であるが、質問への答えが本音であるべきなのか、そうでなくても可能なのか、ということだ。
「プリムム? 一人で騒いでどうしたの? ――って、ロクが怪物になってる!?」
セイナンは知っていたのだが、大げさに驚いてくれた。
いきなりパニックになっても困るので、セイナンには伝えてあったのだ。そして、もしもの時のためにすぐに元に戻せるように質問をあらかじめ教えておいてある。
「セイナン、ロクはどうして怪物になってるの? 太陽の光は避けていたはずだけど……」
「分からないよ。でも、壊れた船を直す作業に没頭してたし、気づかない内に浴びていたってこともあると思う」
「無我夢中になると周りが見えなくなるんだから……じゃあ、さっさと質問に答えて――」
そこで、プリムムの言葉が止まった。……さては、いま気づいたな?
そして聡明な彼女なら、おれが進んで太陽光を浴びて怪物になったことも気づいただろう。
そうだ、おれがプリムムにした質問は――あれだ。
『プリムムは女の子の方が好き?』
「ろ――ロクぅうううううっ!!」
顔を両手で塞ぎ、彼女は屈み込んでしまう。
……ちょっと罪悪感。しかし、隠しごとをするなと言ったのはプリムムなので、自業自得なのだ。もしも逆の立場であれば、おれはどんな質問にも答えるだろう。
セイナンだってそうだ。
プリムムはもっと、おれたち二人に素直になるべきなのだ。
「ううぅ! うぅうううううううううううッッ!」
やばい、低い呻き声が止まらない。
「プリムム!? 落ち着いて、深呼吸だよ!」
「せ、セイナン……、お願い。ちょっとの間、耳を塞いでくれる?」
「それはできないよ、あたしも聞きたいし。というか、その言葉はもうロクの質問を肯定しているようにしか聞こえないよ。
……もう、そんなに悩まなくてもいいのに。どんな性癖があろうと、あたしもロクも気にしないよ。——受け入れるまで少しの時間がかかるけど」
セイナン、それは気にしているとしか思えない。
「…………質問に、答えればいいのよね?」
塞ぎ込んだ顔を上げたプリムムは、ヤケクソになっているようにも思えた。
もうどうとでもなれ、という強い意志を感じる。
「質問に答えるだけなら別に――、わたしは、男の子の方が好きよ!」
と、叫んだが、もちろんおれの体は元に戻らない。
なにも説明していないのに、データを取ってくれるプリムムはありがたかった。
さて、失敗したプリムムに残された答えは、言わなかった片方を認めるしかないのだ。
やはり質問には本音を答えるしかないのか。
これで、対処法は武器として確立された。
「……ロク、覚えてなさいよ……っ」
不穏過ぎる言葉を残して、プリムムが女の子の方が好きだと認めた。
条件が揃い、怪物から元に戻ったおれを待っていたプリムムが、羞恥に顔を真っ赤に染めて涙目のまま怒っていた。
色々と混ざり合った感情のサラダボウルに、おれは面食らう。
首を絞められ、押し倒されて、マウントを取られたまま、めちゃくちゃ殴られた。
「こ、殺す! 殺してわたしも死んでやるッ!」
「待ってよ! それだとあたしが一人になっちゃうよ!」
セイナンに止められ、プリムムとは別室に引き離された。
腫れた頬を自分で手当てしながら、今更だけど思う。……やり過ぎたな。このまま喧嘩別れみたいになったらと思うと、一睡もできない。
プリムムに謝ろうとしたけど、セイナンに止められた。
「プリムムって不機嫌そうだけど全然、そんなことがないのが普通なんだけど……いまは凄い怒ってる」
「……だろうね」
どれだけいじっても、最後には優しく許してくれるだろうという甘え。信頼しているからこそできることだが、親しき仲にも礼儀ありだ。
おれがしたことはいじりではなく、いじめになってしまったのだろう。
「どうすればいいかな。謝りたいんだけど……会えそうにないよね」
「あたしがなんとか間に入るから……、プリムムが落ち着くまでは……ね?」
余計なことをするな、黙って時期を見ろ、そういうことだろう。
セイナンはそんなこと、当然、言ってはいないのだが、
解釈した上で言い方を悪くすれば、そう聞こえる。
おれが悪いのだから、会えない時間が多くてもがまんしよう。だが、いつも顔を合わせて、相談ごとをするならプリムムだった――その依存が、寂しさを増長させる。
……喧嘩別れをしてから、二日が経った。
その間の船旅は順調だった。ハプニングでも起これば会えるきっかけにでもなるのだが、平和過ぎて、会う口実が思いつかない。気づけば頭の中は、プリムムのことでたくさんだった。
風呂上りに、大広間にいたセイナンを見つける。
「あ、セイナン。プリムムは――」
「もー、会う度に聞かれても一緒だよ。部屋にいるから大丈夫。もうちょっとだけ、時間が必要なのかもね。
プリムムはさ、小さなことでも考え過ぎちゃうんだよ。あの発言は誰かを傷つけていないかな、次に会った時に、なんて声をかければいいのかな……、人にどう思われているのかなって。
心が強そうに見えるけど、実はそうでもないんだよ?」
それは、意外だった。
人の意見なんて気にしない、我が道をいくタイプだと思っていたから。
プリムムは叩けば壊れてしまいそうなガラスのように、繊細なのだ。
「だからもうちょっと、時間をあげてほしいんだ」
「……なんだかセイナンって、お姉ちゃんというか、お母さんっぽいよね」
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