第2のアナベル/海の王者

第12話 船上行方不明者

 ドクロマークを掲げた帆船が視界に大きく映る前に、

 沈んだあいつが姿を現していたことを思い出そう。


 おれと共に身投げをしたあいつは、海の底で動かなくなったと決めつけていたのだが、早計だったようだ。

 波が珍しいらしく、プリムムとセイナンが膝にも到達しない深さの海ではしゃいでいた頃、あいつは静かに浜辺を目指していた。


 エンジン音も上げず、どういう原理で動いているのかは分からないが、まるで人が押しているように、ふらふらとした足取りで前へ進んでいた。

 怪我でもして足(……タイヤだが)が重いのか、と思ったが、足場の悪さだろう。砂にタイヤの安定が取られており、ジグザグに進んで水平を保とうとしている。


「ロク!」


 と、岩に座っていたおれのところに駆け寄ってきた二人が、おれの両手をそれぞれ取る。

 あいつのライトは光を失っているが、目印はまだ生きているはずだ。誰を狙っているのか、三人で集まり、確かめようとする。

 だが、ライトがない今、視線の機微も分からない。


 このまま突撃されたら、一網打尽も冗談ではなくなる。


「……でも、襲って、こないぞ……?」


 おれたちの隣をゆっくりと通り過ぎていく。

 まるで、興味を失ったみたいだ。


 振り向くとあいつも止まって、前輪だけが斜め横へ傾いた。たぶん、おれと同じように振り返ったのだろう。数秒、目があるのならば、合った気がした。

 勘違いだろう、とは思うが。

 前輪を前に戻したバイクは、そのまま浜辺から去っていく。最後までエンジン音は上げずに、壁を垂直に上がって、森の中へ入っていった。


「――なんだったんだろう……」

「……さあ、ね。アナベルに詳しいプリムムなら、どうだろう?」


「わたしに振られても。でも、目印のことを考えたら、仲間内で囮役を強制的に作らせる意図も考えられるわよね。……仲間割れを誘発させる、みたいな。

 でも結局、わたしたちは仲間割れをしなかった。

 だから興味を失ったと見るのは……どうなのかしらね」


 プリムムの意見は、おれと同じだった。

 誰かが言ってくれると自分の考えにも自信が持てる。


 興味を失った、というのを言い換えれば、条件からはずれた、なのだろう。


「もう大丈夫そうだね。

 二人とも、まだ遊んでていいよ。まだここにくるまでに時間があるだろうし」


「くる? なにかくるの?」

「いずれ分かるよ」


 そう返すと、セイナンはむすっとしながらも、海への欲求の方が強いらしく、おれの手を離して波の中へ戻っていった。

 一方で、片手の方はまだ握られたままで、プリムムは海へいこうとはしなかった。


「もしかして誘ってる? おれは、二人と違って足首まで裾があるから濡れたくないんだよ。それに、全力疾走したから疲れちゃって。

 あと、二人に助けられた時に肩も痛めたらしくて……だから今は休みたいんだ。でも、違うよ? 別に二人を責めてるわけじゃ――」


「隠しごとはなしよ」


 プリムムは言う。

 視線の先に、おれが見ているものを見たらしい。


「……隠してはいない。なにか分からないから、分かるまで言わなかっただけ。なにか分からないのに二人に言って不安にさせても悪いでしょ。近づいて正体が分かれば、危険かどうかも分かるはず。その時に指示をするのが一番良いと思ったんだ」


「だとしても、わたしには言いなさいよ」


「それは……、特別扱いをしろってこと? セイナンを仲間はずれにしろってこと?」


 違うわよ、と言われるまでもなく睨まれたので、彼女の地雷を踏んだのだと分かった。

 ……今のおれの言葉にも、棘があると自覚している。睨まれて当然だった。


 握られていない方の手を挙げて、降参を示す。

 プリムムも息を吐いて、心を落ち着かせていた。


「セイナンは気づいていないみたいだけど、わたしは気づいているから。

 たぶん、そういうのはロクと同じくらい敏感に気づくと思う」


 アナベルの時の推測を聞けば分かる。

 プリムムはきっと、おれと見ている部分が似ているのだろう。

 大人びた振りをして、人と違うことを、内心では優れていると思っているところも。


 人との距離があることを、苦にもしないところだって、似ていた。


「そっか。じゃあ、プリムムには相談することにする。だから逆の場合も、頼むよ」


「……隠しごとはしないわよ」


 その言葉、忘れるなよ。


 ――後におれたちは、本当に隠しごとができない状況へ、落とし込まれることになる。



「――海賊?」


 旗に描かれたマークの説明をしたら、そんな質問があった。発信源のセイナンは、大きな帆船の全体を写真に収めようと後退し、シャッターを切る。

 そんな片手間での質問だったので、おれも答える気を多少、失くしてはいたが、間が開いてしまうので、知っている部分だけを話す。


「海賊ってのは、海上や海の近くを拠点にした盗賊だよ。金品を狙ってね……、逆に盗賊を取り締まる組織もあったみたいだけど……。

 一般的に商船や漁船を襲って、金品を力づくで奪う、野蛮な集団って認識でいいと思う」


「その認識でいいならあの船は危険ってことになるわよね? あんたさっき、危険なら指示するって言ってたじゃない。岸に着いちゃってるんだけど……」


 プリムムの意見はもっともだ。

 ただ、あれは幽霊船の可能性が高い。


「世界は広いからなんとも言えないけど、海賊は人間が生み出したものだよ。だから中に人はいないはずだし、いたとしても、それは願ったり叶ったりじゃないかな。

 おれ以外の人間がいるなら見てみたいしね」


「……どうするつもりなの?」

「もちろん――乗り込んでみるよ」


 帆船は三本マストの大型船だった。


 三人で過ごすには充分過ぎるというか、充分過ぎて余りが出る。

 余りの方が多いくらいだ。


 おれたちは船の側面に垂らされたままの網の梯子を上がって、甲板に降り立った。


 マストを見上げると、いくつもの帆があり、数か所、破けているところがあった。

 進みが遅かったのはそのせいか。風を受けても問題なく進むが、全ての力を受け切れているわけではないので、推進力も少なくなってしまう。


 とりあえず、中を見て回ることにしよう。

 そう言い切る前に、既にセイナンが目についた扉の中に入っていってしまった。

 おれとプリムムも各自で部屋を一つ一つ調べてみることにする。


「……って、部屋もそんなに多くはないんだな……。十畳以上のリビングみたいだ」


 リビングとは言っても、年代はかなり遡るが。


 階段を下れば、まず広々とした空間だ。

 真ん中には机と椅子があり、大人数で集まり、食事をするためのものだろう。

 端には調理場も備えられており、長い船旅でも安心できる生活環境だった。


 壁にはオイルランプがあり、おれとしては――たぶん、二人もそうだが、電球に慣れているせいで新鮮だった。

 いまいち使い方が分からないが、既に点いているのでいじらない方がいいだろう。


 人間の発明を引き継いだのが亜人たちだ。

 彼らが電球を使っていたのなら、既に人間は電球を発明していたことになる。となると、オイルランプが使われているこの海賊船は、さらに昔のものである可能性が高いが……、


 そうなると、長時間もオイルランプが点いているとは思えない。

 それは、誰かが利用し、補充した証明になりそうな気もするのだが――。


 広々とした部屋からさらに下りてみると、今度は部屋が分かれていた。

 一つの扉を開ける。中には外の景色が見える小窓から、突き出た大砲があった。

 黒い玉が近くに置かれており、様々な道具が木箱に詰められ、いくつも重なっていた。

 部屋も小さいので、倉庫なのだろう。


 大砲は、使えるのだろうか。

 使えなくとも、使う機会などなさそうな気もする。


 なにもないと判断して部屋から出ようとしたところで――、

 思わず見逃してしまった事実に目を向ける。


 浜辺が遠い。


 ――碇を落としていなかったのはおれたちのミスだ。だから仕方ないと言えばそうだが、いつの間にか、帆船は浜辺を出て、海の先へ進んでしまっていた。


「…………、どうせ出港するつもりだったから、遅いか早いの違いでしかない、けど……、一応、二人にも伝えておこうか」


 もしかしたらもう知っているのかもしれないが。


 甲板に戻ると、プリムムが手すりに肘を置いて、景色を眺めていた。

 風が髪をなびかせる。

 扉を閉める音に気づいて振り向き、彼女がなびく髪を片手で押さえて、


「おかえり……、出発させたのは、ロク?」


「違うよ。きちんと浜辺に止めておかなかったから、勝手に出発したみたいだね。でも、問題ないでしょ? 忘れものがあるわけではないし、いずれは海を渡るつもりだったしさ」


「まあ、そうね。あ、見つけたんだけど、食糧がたくさんあったから、しばらくは生活できそうよ。危惧していたお風呂もあったし、意外と快適な船旅になりそうね」


「そう言えば、セイナンは?」

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