第12話 ゲーム一日目③

 現在13時。

 拷問は情報を話すか、話さないかの二択で問われるのではない。が問われるのだ。拷問官は相手から情報を引き出すまで永遠拷問を続ける。ならば拷問される側は結局は情報を話してしまう。でもこの状況は違う。今回は僕がいつ朝水の命令を聞くかが問題なのではない。僕が命令を聞くかどうかが問題なのだ。なにせ、タイムリミットがある。おそらく三時間のうちに『貴族』がノルマを達成できなければペナルティ——おそらく死亡する。ならば、僕は耐えるばいい。耐えて耐えてタイムリミットまで粘ればいい。

「さあ、我慢比べと行こう。お前が死の恐怖に耐えながらリモコンのボタンを押し続ければいい。僕はあと二時間耐えてみせるさ」


 ——————————————————


 それから一時間後。

 僕は冷たい床の上で干からびたミミズのように這いつくばっていた。

 幾度も電流が全身を冒し、その度に神経を炙られるような激痛が身体を焦がす。後半の方からは痛覚が壊れたのか何も感じなくなってきていた。

 一方朝水は床にぺたりと座り込み、叫びながらリモコンのボタンを押している。

「はやくいうこと聞きなさいよ………!!!

なんで、なんで、なんで、ナンデ、ナンデ、ナンデ!!!!!!」

 もうここまで来れば、倒れている俺を殴れそうなものだが。……いや、おそらく『奴隷』の同意が必要なのだろう。まあ、力ずくでYesと言わせるのでも合意なのだろうが。

 もう身体に電流が流れているかどうかすらわからない。霞む視界て朝水がボタンを連打しているから流れてはいるのか。

 あー、ちくしょう。頭回らねー。意識が霞み出した。いや、何回か意識は落ちてんのか。意識が落ちても電流で呼び覚まされるのか。まだかなー。今の時間は……。ピントがボケて時計のデジタル表示すら読めん。もう二時間はたったか。いや、まだか。あー、だめだ。もうやめたい。うち帰ってシャワー浴びて、腹一杯ご飯食べて、ふかふかのベッドで寝たい。帰りたい。やめたい。諦めたい。なんでこんなことしてんだっけ? あ、朝水に復讐するためか。あれ? なんで朝水に復讐したいんだっけ? 最初の『課題』でこいつがクラスを扇動して僕を『不人気者』にしたからだ。僕を助けなかったからだ。僕を見捨てたからだ。あれ? ならなんでこいつだけに復讐するんだっけ? いや、クラス全員とこのクソったれな『課題ゲーム』運営にも復讐するんだ。みんな屈服させるんだ。みんな支配するんだ。みんなに屈辱を味合わせるんだ。がクラスを支配するんだ。


 グスッ、グスッ、と鼻を啜るのような、嗚咽のような音が聞こえる。白く歪んだ視界の端で朝水が床に這いつくばっていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい。もう電流を流しません。もうひどいことも言いません。なんでも言うこと聞きます。土下座だっていくらでもします。だから、私を助けてください。このままだと私死んじゃうんです。あと三〇分しかないんです。もういやだ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。いやだ嫌だ嫌だイヤダイヤダ。もうやだ。やめようよこんなこと。やめさせてよこんなこと。誰が助けてよ。もう家に帰りたいよ。もう耐えろないよ。いやだよ。ママー! まー!! もうやだ。もうやだ。もうなんでもするからさ。だから私を助けてよ。協力してよ。殴られてよ。殴られろよ。ただそれだけでしょ。女子の細腕でのパンチなんてたかが知れてんじゃん。なら殴られてよ。もういやだよ。死にたくないよ。まだやりたいことあるんだよ。やり残したこともあるんだよ。だから助けてよ。もうなんでもいいからさ。私の全部あげるから、なんでもいいこと聞くから、助けてよ。協力してよ。言うこと聞いてよ!!!」

 ……………………………………………………………………。

 やっとか。やっと心が折れたか。これで俺の勝ちだ!

 俺は言うことの聞かない身体をなんとか起こす。デジタル時計を見ると、もう14:26と表示していた。あとおよそ三〇分。なんとかなるな。それにはまず、身体の自由を取り戻さないと。

 それから一〇分ほどしてやっと身体が満足に動かせるようになった。

 よし……!!

 僕は床に這いつくばっている朝水の元へ歩み寄る。そして肩にそっと触れる。

 ビクッ!と一瞬朝水の身体が震える。

「朝水。土下座したんだな」

「土下座しました。土下座しましたよ。だから約束通り言うこと聞いてください。聞いてください。お願いします!!!」

 顔中、汗と涙と鼻水でぐしょぐしょにして。女子のリーダー、クラスの女王様は僕のズボンの裾を掴んで懇願してきた。

 哀れだな。

「なあ、朝水」

 努めて穏やかな声で話しかける。

「知ってるか? ものの価値は常な変動するんだ。二時間前まではお前の土下座と、俺がお前の言うことを聞くのは等価だった。だが、今は違う。俺は言ったはずだぞ? ラストチャンスだと。そのときに土下座すればよかったんだ」

 朝水の顔が曇る。俺が言わんとしていることを理解したのか。

「もう今は、お前の土下座だけじゃ足りないんだよ。……そうだな。ただ土下座するだけじゃ味気ない。よし、全裸で土下座しろ。それでお前の願いを聞いてやる」

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