さよならシンフォニー

トリノ ミラノ

第1話

 僕は高校に入ってから吹奏楽を始めた。高校には吹奏楽部があって、入部した。

 そんな僕も2時間が経つのは早く、年生になるのは一瞬の出来事であった。夏の大会が迫り、僕は決心した。一つ上の先輩にこの大会が終わったら告白しよう。


 県大会が終わった。僕たちは金賞を獲得した。だけど、上の大会に行くことは出来なかった。所謂いわゆる、ダメ金と言うやつである。それを聞いたときには先輩の影はなかった。彼女に続くように彼女を追いかけて部室を出た。

 

 先輩は少し口下手だけど、いつもまっすぐに音楽に向き合って、高校から始めた僕に親身になって教えてくれた。先輩は頑張ってきた分、僕よりも悲しい気持ちは大きいはずだ。

 

 ところで先輩はどこに居るんだろうか。音楽室の裏だろうか。そよ風が吹くこの場所でよく先輩に部活が終わった後に、自主練に付き合ってもらっていた。先輩を見つけるはずがいつの間にか、先輩との思い出がフラッシュバックしていく。なんで、先輩が好きになったのか。友達にも聞かれたことがある。でも、理由なんて無いはずだ。ただ大会の後に告白したかった。自分勝手だろうけどそんな言葉でしか表せない。僕の語彙力の無さからくるのだろか。


 次に居るとした食堂だろうか。でも食堂には鍵がかかっている。いつもここで練習をしていた。上手く吹けない僕は弱音を吐くといつも先輩に怒られてたな。でも、その後すぐに口癖のように『大丈夫』って言ってくれた。彼女の優しさが大好きだった。自己満の恋愛感情だ、県大会で金賞をとって、地区大会に行ったら告白なんて。先輩の優しさは後輩っていう僕への優しさだ。


 他に居るとしたら何処か。思いつかない。先輩のことを全然知らなかった。部活と学校での姿しか見たことない。そんな彼女に僕は告白出来るのか・・・・・・

 校内の階段を上がり、屋上に着く。そこには先輩がいた。屋上に吹く風に彼女の髪が靡く。 先輩、ここに居たんですね。 問いかけに驚いて彼女は振り向いた。


「ここに居るのばれちゃったね」笑顔の彼女は本当には笑っていない、そう僕には見えた。

 やっぱり告白は出来ない。いつか夏の大会が終わるのは分かっていた。そうして告白する事になるのも分かっていた。何もそのことに疑問や不安を持つことはなかった。なのに今ではここに立ち尽くすばかりで、告白は出来ない。そんな葛藤を抱えながら、彼女のもとに歩き出す。


「先輩、ここに居たんですね。みんなのところに帰りましょう。」


 先輩は案外、素直に階段を降りようとした。先輩に告白するならここしかない。


「先輩、俺・・・・」 「何でも無いです」


 先輩、言えなかった言葉が脳裏に浮かぶ。  

 

 『好きでした。付き合ってください。』


 思い出したんだ。先輩を好きになった日を。あの食堂で話したあの日を。

「先輩、本当に音楽好きなんですね。」


「そうだね。音楽はどんな国の人とでもに話せる共通言語なんだ。」

 彼女の輝く瞳と言い慣れた口上は僕の心を掴んだ。『音楽が共通言語』という彼女の独特の言い方は音楽が大好きな彼女らしい言葉だ。それから先輩と仲良くなったんだ。好きな曲、好きな作曲家、色々な音楽の趣味を教えてくれた。意外にクラシックだけじゃなく、バンドやポップが好きなことも分かって、同じバンドが好きなときは会話が特に弾んだ。


 思い出したからいいんだ。告白は彼女との音楽を話す毎日に水を差す行為だ。


 屋上から部室に帰ると顧問の先生が待っていた。腕を組み、お前たちを待ってやったんだとばかりに待っていた。顧問が口を開く。


「大会お疲れ様だった。ここから1ヶ月後の演奏会に向けて練習に取り組んでもらう事になった。3年生はこれが演奏する最後の舞台だと思って励み、1、2年生は先輩のためそして日頃、応援してくださる皆さんのために励むように。」


 部員全員の はい という声が部室に響き渡る。それから、みんなの目標は演奏会の成功という

 一つの目標に向かう。部室の雰囲気が変わる中、彼女の目は虚ろになったままだった。

 部室を出て、駐車場に向かう。親の車は来ていない。雨が降り出して、慌てて屋根のある場所に入る。そこには先輩がいた。空気は沈んでいて、雨音はザンザンと降りしきっていく。下をずっと向いている彼女に僕は何も言えなかった。


「まだ先輩と音楽出来て嬉しいです。」

 この言葉は好きだとか言うこと関係なく、先輩と音楽が出来る喜びを表した最大限

 言葉だった。


「そんなこと言ってくれるなんてうれしいな。」

「ほんとに言ってくれるなんていいやつになったね。」


 先輩は言葉を発するほどに声が詰まっていく。それを埋めるように彼女は早口になっていく。その声がぴったりと止まって振り向くと、彼女の瞳から雨粒が流れ出てくる。


「また奏でましょうよ、僕らの音楽を。音楽なら絶対、僕らの思いもみんなに伝わりますよ。だって音楽はどんな国の人とでもに話せる共通言語なんでしょ。」


 彼女の涙もひいていき、笑顔に変わった。 

「じゃあ、がんばらなきゃね。私の奏でられる後、一ヶ月間」




 スポットライトは僕たちの演奏する舞台に降り注いでいる。今日は、先輩たちを送り出す日だ。時々、告白しなかった事を後悔しそうになる事も無い訳ではない無い。でも、この演奏会は先輩たちを送るために奏でよう、そう決めて出来ることをしてきた。ただただ奏でよう、先輩の好きな、そして僕が好きなこの音楽を。

 鳴り止まない拍手を眼前に受け、僕はこの演奏を終えた。先輩方の笑顔が輝く舞台だった。

 これが最後の舞台、先輩と練習した日々が思い出される。あの日々はもうない。でも、先輩の音楽への情熱は音楽から伝わったから、きっと大丈夫だ。

 演奏が終わって先輩に問いかけた。

「僕も先輩みたいに音楽の楽しさや情熱を伝えられるますかね。」


「音楽はみんなに気持ちを伝えられる言葉だから、きっと出来るよ。」

 笑顔で語る彼女は溌剌として綺麗だった。

 僕の音楽はここでは終わらない。だからもっと伝えよう、僕の音楽で。

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さよならシンフォニー トリノ ミラノ @MINQWAsu

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