恋愛の噂

 人のうわさは早いもので2週間もしたら社内中に話が回ってしまったらしい。

 おひる中に話しかけてきた人がいた。

「ヘェ~その人が今カノになる人なわけ?」

「え?」

 別のフロアにある経理の人だとは思うが、話したことはこれが初めてだ。


 そしてぽっちゃりしている。制服のサイズが2つは私よりも大きいことだけは察しが付く。

「こんにちは!えっと私が一方的に好きなだけって言いますか……」

(会社用の言い訳がまだできていないんだった)


 失礼とは思うが、外見でそんなに若くは見えない。

 40半ばというところだろうか。

「ふーん」

 納得はしていない様子だ。

「私がまえのまえのまえのカノジョってやつなの。ヨロシクね」

「はぁ」


 まえのまえのまえならお互いに前に進んでいていいようなものだが。

 元のカノジョさんは、まだ彼女でいるような口ぶりだ。

「……今は違うんですよね?」

「ええまあ。いつか戻るわよ」

「そうですか。ご忠告ありがとうございます」

 そこは戻らせないようにしようと思う。




 警告はされたが、もともと諦めるつもりはない。

 嫌がらせなど増えるだろうか?

 とりあえず一人で暴走するのはまずい。

 一応確認してみよう。


 運よく忠告された夜に時間が取れた。

 夕食となった。ちょっと緊張はする。

 もちろん格安の居酒屋だ。


「え、他に社内恋愛したって? 誰が」


「あなたが。過去にしていたって聞いたのだけど」


「誰から聞いた?」


「まえのまえのまえのカノジョさんから」


「ふぅん。なるほどねぇー」

 焼き鳥を一本口にくわえ、少々間が長い。


「は? 自己紹介されたけど。違うの?」


「勝手に名乗ってて困ってんだよ。そいつのは自称だ。自・称」


「俺はデブ専じゃな――あ、ぽっちゃりは苦手なんだ」

 ……男子全員の感想ではない。この人の感性の問題だから批判はやめてほしい。

 お通しの漬物を口に運びながらも考える。

 私生活では意外と辛口だな。



 仕事ではあんなにまじめで丁寧な口調なのに。


「俺の好みは華奢で折れそうでなんか――ほっとけないやつなんだよ」

「華奢ではありますが」

 確かに制服が7号というとちょっと細いとは思う。

 7号の服が少しダボっとしていることからも

 もう少し太ったほうがいいことは自覚している。


 でも最後の方は私のことではないような気がして。


 なんか複雑になる。


 いやいや、成人していて過去1人も彼女がいない方がびっくりしてしまう。

 なりゆきでも何かしら機会はあるのものだ。


「では会社関係に恋愛に発展したことはないとおっしゃいますか?」

 目が泳いでいる。正直でよろしい。

「挙動不審。いますね」

「1人いたけど」

 彼がまた焼き鳥に手を伸ばす。そろそろ私の分を確保せねばなるまい。

「それがどうしたの? 気になる?」

「ええ。気になるわ。なんで前の前の前って言っているのかとか?」


 なぜ前の彼女ではない表現を使うのか。

 そんなに女にだらしがないのか。


「それは女ぐせわるいって噂流して、俺の評判下げてるの。そういう策士な女性に目を付けられててつらいの」


 この上司、女性にも男性にもモテすぎじゃなかろうか?


「付き合ったことはあった。

 けど振られたし、2年位前だし、他に男いたし」


「ふぅー--ん」

 今回のディナーは割り勘ではなくおごりにしてもらおう。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る