SIDE:杏樹

 もう最悪。どうして何も言わないで、立ち去っちゃったんだろ。

 何でも良かったじゃない。

 元気ですか、とか、最近どうですか、とか。だいたい、なんで目を伏せたわけ、私。

 あれじゃあ、話したくないオーラを出してるのと同じ、じゃないっ。

 話したいことがあるくせに、何やってんのよ……。


「はぁ」


 ため息が漏れてしまう。

 クラスに戻って自分の席につく。

 なんとなく教室を見回すと、岸本君と鈴山さんが教室の片隅で、額がくっつかんばかりの距離で、ひそひそ話してくすくす笑っていた。

 あの二人は付き合っているらしい。

 最初こそクラスメートが冷やかしていたけど、今ではすっかり日常の風景に溶け込んでいる。

 それでも、やっぱり目がいってしまう。

 二人が付き合っているらしいって話が出回った時には、心の底から「あっそ」と思えるくらい色恋に興味なんてなかった。

 だって、私にはそんなことよりもずっと大切な夢があったから。

 アクション俳優になるために、学校では省エネモード。

 第一、自分には色恋なんて、似合わないと思った。

 だって、戦隊ヒーロー好きな高校生だよ?

 一体誰がそんな子と話したいの?

 だから、恋愛なんてどうでも良かった――はずなのに、今では岸本君たちのことが気になって仕方なかった。羨ましい、って思ってしまう。


 あのまま先輩と仲良く接することができてたら、私たちもあの二人みたいな関係になれたのかな。

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