第6章 すれ違い

「はぁ……」


 俺は姿見の前で上半身裸になったまま、ため息をつく。

 加藤と比べるのもおこがましいくらい、ひょろひょろしている。


 タンクトップごしにも分かるくらいはちきれんばかりの加藤の筋肉のことを思い出し、かなり鬱気味だ

 今から筋トレを始めたとして、どれくらい経てば、あんな筋肉になれるのだろうか。


 スマホを手に取り、杏樹とのメッセージのやりとりを眺める。

 気まずいまま別れて以来、メッセージのやりとりもなんとなく気まずくて出来ていなかったし、図書室へも行く気にもなれなかった。

 杏樹の顔をみたら、きっと加藤のことがちらつくだろう。


「くそっ。あんな男に負けてたまるかっ!」


 むしゃくしゃした気持ちをぶつけるように、俺は筋トレを始めた。



 科学の教科書を手に、他のクラスメートのあとに続くように理科室へ移動していた。

 杏樹と話さず、メッセージを送ったりしなくなって、もう一週間が経つ。

 一日でも空くと、ずるずる尾を曳くみたいに気まずくなっていった。

 それでも『鎧龍戦隊ナイトウジャー』は見続けて、今や、20話――かなり重要な場面まできた。

 何度、感想を送ろうかメッセージアプリを立ち上げたか分からない。

 でも結局、遅れなかった。我ながら情けない。

 すっかり過去のことだと思ったのに、今さら中学時代の女へのトラウマが蘇ってくるなんて。


 その時、向こうから見馴れた顔がやってくることに気付いて、足を止めた。


「杏樹

「あ、先輩……。ど、どうも」


 杏樹は目を軽く伏せたまま、言った。

 三つ編みに伊達眼鏡――俺にとってはこっちのほうが違和感のある、杏樹の病弱を装った姿。


「ひ、久しぶりだな。どうしたんだ。ここ、二年生の階だけど」

「今、家庭科室からの帰り、です」

「そっか。俺は今から理科室。化学の授業でさ」

「……そうですか」


 何か言わなきゃと思うのに、焦ればあせるほど言葉が出てこなくなる。

 そして予鈴が鳴った。


「じゃあ、失礼します」

「ああ……」


 しばらく歩いてから俺は、振り返る。

 でもそこには杏樹の姿はなかった。


 なんだよ、今の会話……。

 もっと言い様っていうか、話すべきことあっただろ。

 俺、何やってんだ。

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