第5章 微妙な2人の距離感
数日後、俺はバイト帰りで大通りを歩いていた。
そして、『ミナヅキ・アクション・ヴィレッジ』の前を通りかかった時、足を止める。
通りからも、中の様子を見られるようになっていた。色々な器具を使って大勢の男女が練習に励んでいる。
自然、俺は杏樹の姿を探す。
と、視界をさえぎるように誰かが目の前に立つ。
「入学体験?」
「!?」
加藤だ。
あいかわらず、すごい筋肉だ。タンクトップだから余計、そう感じる。
背も高いし、威圧感がはんぱない。
「あれ、君、たしか、この間、杏樹と仲よさそうだった……」
当たり前のように杏樹、と呼び捨てにしたことが、かなり気になった。
「……俺、杏樹と同じ学校の片岡っていいます」
「杏樹と待ち合わせか。それなら、もうすぐ練習が終わるから中で待ったら?」
「……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……って、いきなりなんですか! 人の腕を掴んで!」
「君、なかなかいい骨格してるなぁ。スタントに興味ある?」
「あ、ありませんよ」
「残念だなぁ。ちょっとでも興味が湧いたら是非、うちのスクールにきてよ」
「はあ」
中に入れてもらえると、加藤が杏樹がいる場所を教えてくれた。
そこにはバク転をしている杏樹の姿があった。
ティーシャツにスパッツというラフな格好で、髪を後ろでくくって背中に流している。
汗でティーシャツの色が深くなっていた。
すごいな。あんだけ汗かくくらい練習してるのか。
と、杏樹と目があえば、俺は右手をあげて挨拶をする。
瞬間、杏樹ははっとした顔をしたかと思えば目を反らすと、加藤のもとに駆け寄った。
加藤と話している姿を見ると、やっぱり胸のあたりがチクッと痛んだ。
情けない。俺、完全に加藤に嫉妬してる。
彼氏でも何でもない、ただの学校の先輩だってのに。
杏樹は一度、裏に引っ込んだかと思えば、しばらくして制服姿で出て来た。
俺の所に来る直前に加藤に輝くような笑顔を見せ、綺麗な姿勢で頭を下げる。
「先輩、どうしてここに……?」
「今日もバイト帰りで、前を通りかかってさ。杏樹、いるのかな~って思ってのぞいたら、加藤……さんに声をかけてもらって、中で待たせてもらうことに……」
「……そ、そうなんですね。じゃあ、行きましょ」
「お、おう」
なんだろう。妙に気まずい。
図書室で会う時と、杏樹の雰囲気がぜんぜん違うからか?
違う。杏樹に、いつもより妙に距離を取られてるせいだ。主に物理的な距離を。
目の端に加藤が映り込んで、俺たちのことを見ていた。
もしかして、杏樹は加藤に俺と親しくしているのを、見られたくないのか?
「……加藤さんって、有名人なのか?」
「あ、そうですよ。現役のスーツアクターなんです。『天神戦隊ファイブゴッズ』――ナイトウジャーの前のシリーズなんですけど、その主人公のスーツアクターを務めた方なんです。スタント経験も豊富だし、加藤先生が講師にいらっしゃったから、この学校を選んだんですよ」
「そ、そうなのか。加藤さんのこと、好きなんだな」
「はい。憧れですからっ」
なんて弾ける笑顔を見せるんだよ、杏樹。
「えっと、ごめんな。いきなり来ちゃって……。練習の邪魔しちゃったか?」
「いえ、そんなことありません……。予定通り、でしたから」
会話が続かない。そうだ、こういう時こそあの話だろ。
「杏樹、そういや、ナイトウジャーだけどさ、8話まで見たぞ」
「本当ですか?」
「うん、なかなか面白かった。5話の段階だと敵陣営ぽかったのに、まさか、ああいう展開で来るなんて予想外だった」
「……楽しんでもらえて、良かったです」
え、終わり? 楽しんでもらえて、良かったです――それだけ?
あの激しい戦隊ヒーローへの情熱はどうした!?
物理的に距離を取られているせいか、いまいち会話が盛り上がらないまま、分かれ道に来てしまった。
「じゃ、じゃあ、私はここで」
「おう。じゃあ……また明日」
何か気の利いた言葉でも言えれば違うんだろうが、俺はそこまで器用じゃなかった。
杏樹はぱっと頭を下げると、逃げるように走り去ってしまう。
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