第4章 はじめてのメッセージ

 俺はバイト先であるコンビニから、大通りを抜けて帰宅お途中だった。

 今は午後九時、平日とはいえ、大通りは通行人が多い。


 杏樹、戦隊ヒーローが好きなんだったよな。

 今後、話のネタに予習でもしとこうかな。


 スマホで検索すると、『鎧龍がいりゅう戦隊ナイトウジャー』という番組が検索結果に出てくる。

 西洋の騎士をイメージさせるコスチュームの、現在放映中の超戦隊シリーズの最新作のようだ。


 へえ。こういうのが、杏樹が好きなのか。

 杏樹って大人しそうな外見とは裏腹に、中身は向こう見ずっていうか、結構激しいからな。

 俺は図書室で椅子を振り上げる杏樹を思い出して、思わず口元を緩めてしまう。


 そういや、けっこう色々と話してるけど、まだ杏樹と連絡先を交換してなかったな。

 明日にでも切り出してみるかな。不審に思われないよう言い方を気を付けないと。


 そんなことを考えつつ、ホームページをチェックする。

 あれだけ戦隊ヒーローの魅力を、早口でまくしたてたくらいだ。

 杏樹の奴、テレビにかぶりつかんばかりに見てるんだろうな。


「……杏樹がどんな顔をしてるか見てみたいな」

「――はい?」


 聞き慣れた声に、顔を上げるとそこには――。


「杏樹!?」

「せ、先輩!?」


 杏樹だった。

 三つ編みをほどいて背中に流してるし、伊達眼鏡もかけてない。制服姿ではあったけど、学校での雰囲気とはぜんぜん違う。

 それでも杏樹だと一目見て分かった。


「なんで、先輩!? なんでっ!? やっぱりストーカーだ! 私の後をついてくるとか、ありえないんですけどっ!」

「ば、馬鹿っ。声がでかすぎだっ! その言い方には語弊があるっ! 偶然だ!」

「それじゃあ、なんでこんなところにいるんですかっ!?」

「バイトの帰りなんだよ。俺、分かるか? 通りの向こうにあるコンビニでバイトしてるんだ。今は家に帰る途中」

「ふうん……」

「そういう杏樹こそ、こんなところでなにしてんだよ」

「わ、わ、私も……ば、バイトの帰り、です……」


 洒落にならないくらい目が泳ぎまくってる。

 と、今しがた杏樹が出て来た店を見ると、『ミナヅキ・アクション・ヴィレッジ』と書かれていた。なんだ、この店。

 そこへちょうど、店舗の中から体格のいい男が出てくる。

 てか、すげえ筋肉。


「あ、加藤先生!」

「杏樹、さっきの動き、良かったぞ。正直、見違えた。これまではどこか堅さがあったが、最近は絶好調だな。動きにもキレが出てきて、今後の成長が楽しみだ。なんていったかな。気分の発散法を見つけた、だったか? そろそろその正体に関して、教えてくれてもいんじゃないか?」

「いくら先生でも駄目です。企業秘密ですから」

「ははは。そうか。あ、家に帰ったらしっかり柔軟しとけ。じゃ、また来週」

「はい、ありがとうございました……!」

「!?」


 あの、杏樹が九十度のお辞儀!?

 それに、杏樹、すごく綺麗に笑うんだな。あの男、何者だ?


 う……。なんだこの胸のモヤモヤ。俺、嫉妬してる、のか……?


「すいません、先輩。じゃあ、途中まで一緒に行きましょう」

「ああ」


 俺が歩き出すと、杏樹が肩を並べる。


「……聞かないんですか。あの場所で私が何をしてるのかって」

「あ……そ、そうだな」

「? どうしたんですか。変ですよ」


 あの加藤という男のことを考えていた、とは言えない。


「バイト帰りで疲れてるからかな。で、あそこで何をしてるか教えてくれるのか?」

「……まあ、先輩には色々と知られちゃってるんで、隠すのも今さらって感じなので。私、あそこに通ってるんです」

「あそこってジムか?」

「ジム的な要素はありますけど、あそこはアクション俳優になるための学校なんです」

「もしかしてここで、桜の枝に飛び移る技を習得したのか?」

「そういうこと、です」

「そうなのか……。でもアクション俳優ってなんだ?」

「スタントマンとか、スーツアクター、とか」

「スタントマンは分かるけど、スーツアクター?」

「……戦隊ヒーローの中の人です」

「マジか! ただ好きなだけじゃなくって、演じたいレベルで、ナイトウジャーとかが好きだったのか」

「え……。先輩、ナイトウジャーのこと知ってるんですか!? 何で!?」

「杏樹が戦隊ヒーロー好きって言ってたから、ちょっと調べたんだよ」

「そうなんですね。すいません。取り乱してしまって……」

「いや。でも子どもの頃以来に見てみたけど、杏樹の言う通り、最近のはデザインも洗練されてるし、昔のとはちょっと雰囲気が違うかもな」

「あ、分かります? 是非、観てみてください! サブスクで配信されてるので!」

「お、おお……。分かった。観てみる」

「私のオススメは、8話ですね。そこで最初は三人だった主人公たちが、いよいよ五人揃うんですけど……」


 杏樹はすごく楽しそうに、ネタバレは避けつつ説明してくれる。


「あ、すいません。私ってば……」

「杏樹が楽しそうで何より。クラスメートともこういうこと、話すのか?」

「まさか。私がスーツアクターを目指してるってことだって誰にも話してませんから。第一、高校生にもなって戦隊ヒーローが好きだなんて話、誰が乗ってきます? それも女子が」

「そっか。もしかして学校で体育とか休んでるのって、アクション教室に通ってるからか?」

「はい。練習でよりよい結果を残すためにも、学校で無駄な体力とか使ってる場合じゃありませんし」

「応援するよ」

「……本当、ですか?」

「俺が口を挟めないくらい戦隊ヒーローが好きで、運動神経もいいんだから、杏樹ならきっと夢を叶えられるさっ」

「……実は馬鹿にしてます?」

「いや、してない!」

「ふふ。冗談です♪ ま、先輩にそんなこと言われても何も感じませんけど、後輩としての最低限の礼儀として、お礼は言ってあげます。ありがとうございます」

「ぜんぜん、礼を言われた気がしないんだが!?」

「あははは! 先輩って、ホント面白いですねっ! ……っと、私こっちなんで」


 分かれ道で、杏樹は西側を指さす。


「そうなんだ。俺、あっちだから」

「それじゃ、先輩、ここで」

「ああうん」


 言うなら、今なんだろうな。


「先輩? なんか、さっきから本当に挙動不審っていうか、変ですよ? 大丈夫ですか?」

「なあ、杏樹ってメッセージアプリやってるか?」

「え? なんです、唐突に……」

「いや、今後も戦隊ヒーローっていうか、特撮に関しておすすめとか聞きたいし、感想とかも教えたいし……。そういう時に連絡が取れたほうがいいだろ」

「あ……え……」

「だめ、か?」

「い、いえ。分かりました。これが、IDで、これ、一応、電話番号です」

「おお、そっか。サンキュ。じゃあ、俺のも――」

「受け取りました。それじゃあ、私、行きますね」

「ああ、また明日。図書室で」

「はい。それじゃあっ」


 俺は、杏樹の姿が人混みに紛れて見えなくなるまで見送った。

 それから、メッセージアプリを開く。


 ひとまず、ご機嫌伺いというか、交換記念……ってのは変な表現だけど、せっかくだし、何か送っておきたい。

 友人といはどうでもいいメッセージを何のためらいもなく送れるが、杏樹にはどんなメッセージがいいだろうかと考えながら、慎重に打ち込んでいく。


「……ひとまず、これでいいかな。大丈夫、だよな。よし」


 緊張しながらメッセージを送信した。


「…………」


 何してんだか。画面とにらめっこしてたって、杏樹だって忙しいんだから、即返信なんてくるわけないだろ。

 俺はスマホを握ったまま、ポケットに入れ、家路を急いだ。

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