文才のある小説

北巻

滑稽

 喧噪から一歩離れた場所に、ぽつんと建ってる居酒屋があった。あまり繁盛しておらず、客は男が一人いるだけであった。男は、頬杖を突きスマホを見ながらケタケタと笑っている。

「なに、笑ってるんです?気持ち悪いなぁ」

 ただ黙って接客をするのもなんだと思って、グラスに酒を注ぐついでに女は男にそう尋ねた。

「いやさ、見てよこれ。スマホ。小説を読めるサイトなんだけどさ、いやほんと可笑しいんだ」

 品のない笑い声が室内に響く。だが、女は嫌な顔はしなかった。知った仲だし、ある程度その男の気色の悪さには慣れているのだ。グラスは無色から綺麗な琥珀色に変化し、子気味良いシュワシュワという音を出し始めた。

「何がそんなに可笑しいのよ」

「うん、そのサイトでさ小説を読もうとしたんだけど、何読めばいいか分かんなくって。適当に文才のある小説って検索かけたんだよね」

「へえ、そんな大雑把なことしても、出てくるもんなんだね。すごいね、インタネット」

 男は、その言葉を待っていましたという様な顔をして、蛇が地面を這っているときのようにくねくねと手を振った。

「違うんだよ。それがね一個も無いの。一つも。馬鹿らしいよね。沢山の人が沢山小説書いて投稿してるのに、文才のある小説なんて一個もないんだ」

「もう、あんまり笑うといけませんよ」

 決して笑うまいと覚悟していた女だったが、少しばかりツボに入ってしまって、手で口元を覆いクスクスと男につられて笑った。

「君だって、笑っているじゃないか」

 一気に酒をを呷って、グラスはまた無色になった。次に、赤色になり、白色になり、また、無色になったところで男はその店から出た。


 アルコールが体に回っているせいで、男の足は覚束なかった。右足を出そうとすれば、左足が出て、左足を出そうとすれば、右足が出る始末である。なら、今度は右足を出そうとする目的の下、左足を出そうとすれば上手くいくのではと試したが、どうも思い通りにならない。千鳥足でふらふらと暗い夜道を歩いてる。はたから見れば、確実に変人である。しかし、男は自分以上の変人を発見した。にじゅう、にじゅうとそれなりに大きな声で叫んでいる。

 普段であれば、男はそんな変人に近づくことなどないだろうが、妙な魔が差したのか、そのにじゅう男に近寄って行った。

「おい、なんだよ。にじゅう、にじゅうって。なにがにじゅうなんだよ」

男が尋ねても、にじゅうは、叫ぶことを辞めず、マンホールの上で飛び跳ねていた。ますます気味が悪い。ふと、変人が踏みつけているマンホールを見ると、そこには現代紙幣の人物の顔が彫られてあった。

「なるほど、給料日か。今日だったもんな。それで金関連の場所ではしゃいでたのか。いや、分かるよ。俺も初任給の時は浮かれたもんだ。あ、もしかして金額も20万円とかだったり。ダブルにじゅうだ。そりゃ、テンション上がるよな」

 訳の分からぬ理屈であるが、少しは合っていたのか変人が、ふと叫ぶのをやめ、男の方をじっと見つめた。

「あ、あ、そりあ、テンション上がる。そりゃ、テンション上がる」

 変人が返答してくれたことに多少驚きながらも、自分の予想が的中したと思い喜んだ。

「ああ、やっぱそうなんだ。おめでとう。いや俺はさ、39万なんだよね。結構いいだろ。なんだか俺も飛び跳ねたい気分だ。少しいいかい」

 男は変人を跳ね除け、マンホールの上に立ち、さんじゅうきゅうと叫んで飛び跳ねた。さんじゅうきゅう。さんじゅうきゅう。

「さんじゅうきゅう。さんじゅうきゅう。あはは、夜風が気持ちいいや。いや、俺はさんじゅうきゅうだけど、お前はにじゅうだ。そして、小説はぜろだよ。零点だ、零点。つまんねぇ。れーてん、れーてん」

 変人は、男が一番高く跳ねた瞬間を見計らって、目にも止まらぬ速さでマンホールを取り外した。男が叫んで、マンホールの穴に落ちていった。変人は、穴を除き、そして、マンホールを被せ、叫んで飛び跳ねた。

「にじゅういち、にじゅういち」


 


 

 

 

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文才のある小説 北巻 @kitamaki

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