第47話 診察の核心を探す2
だが三島は倉島のふやけた顔を見ながら益々眉間を寄せて難しい貌になっていた。
「どうしたんですか三島さんそんな難しい顔をして」
と倉島はスマイルを強調するが、彼の浮かぬ顔は次第に
「また核心が遠退いて行ったんだよ」
三島は再びタワーのごとく積んである本棚から、一冊を抜き取ろうとするから、倉島がその上の本を持ち上げてやった。そんな苦労を察する余裕も無く三島は紫煙の煙を上げながら直ぐにページをめくり始めた。
三島の部屋で倉島と二人は施設での夕食を挟んで此の資料と格闘していた。辺りは長い昼間が終わり短い夏の夜も更けて来ている。倉島は三島の落ちそうな煙草の灰を次々と空き缶にナイスキャッチを繰り広げていた。すると突然に此処かなあと開いたまま本を机に置いて広げた。三島の頭越しに見える表題は夢分析と書かれていた。
「倉島さんはなんでこんな見もしない物が夢の中に出てくるんだろうと思ったことはないか」
「無いことはない、だからこそ不思議だ」
「それは過去にきっと体験しているが記憶のどこにも収まらずに深層心理として残って取り出し不可能な頭のどこかに収まって居るんだよそれが突然に夢の中に出てくるんだ」
「それとさっきの先生のカウンセリングとどう関係しているの」
「先生は一旦、篠田さんの置かれている心理状態の現状から身を引いたんだ」
「益々謎が深まるばかりだけどそれでいったい何処まで迫れているの」
ボクシングに例えると休憩のゴングが鳴って双者はコーナーの丸椅子に戻ったって言う処だろう、といとも他人事のように言うとまた残りの煙草をプカリと吸った。そしてやにわに次のラウンドのゴングが鳴って医者と患者は、そこからが此処に書かれている夢分析になるんだろう。三島によると仙崎さんも布引さんも此の夢分析は受けてない。二人は条件反射から深層心理を引き出されて二人の過去のトラウマは表面的には治っている。
「じゃあどうしてまだ二人は此の施設に留まって居るんだ」
「人間の心理なんてそう簡単に全てが解析できる訳が無いんだよ、だからこれからはどれだけ死の恐怖に襲われようとも後は強靱な神経を養う為のまあ謂ってみれば復習が残っているんだ」
戦前はそこまでの心のケアはやってない。健全な肉体でも
「それで前任者の精神科医は心的苦労で本人もそれで苦しんでいたそうですが松木先生はそこまで代理に告白して変な目で見られませんでしたか」
「だから松木さんは俺はそれ以上にタフな神経の持ち主だとアピールしているのだから治療するのにそれは問題なくそれこそ的確な診断を下してくれる」
と三島は自信ありげに言った。しっかりした医者ほど患者の不安定な夢と心を結び付けてその人の人生を見るものさ。
ーー昨日はどんな夢を見ましたか。
「篠田さんは考え込んでから途切れ途切れで云う事に連続性がないらしい」
「どうしてそう言い切れるんだよ」
「所詮は幼い頃の夢で記憶が曖昧なんだ。だから綺麗に整理されずに頭のどこかに引き籠もっている。それを引き出す親御さんの苦労を考えて見れば解るだろう」
とまた煙草をぷかりぷかりと吹かすが、何故かあれからずっと煙は天井を這って居るから煙たく無かった。
ーー深い森を歩いている夢を見ました。
ーーそこに池は現れませんか。
ーー見えません。
ーーそれは良い傾向です。
ーーでも不安なんです。急に視界が開けてそこに満面の水を湛えた小さな池が現れそうな気がして、そんな不安を抱えながら森の木を一本、一本見て回る夢です。想うに私はもうあの池に取り込まれて居るような気がして。
ーーそれはもう克服したはずですが。ウ〜ん、それじゃあこの前に私が言ったカウンセリングを覚えてますか。
ーー・・・何でしょう? 。
ーー
ーー姿形が見えないから人々は畏怖しても神として拝むに値しないと言いましたけれど。
ーーだが今の篠田さんは巨木を崇めるようにそんな池にも畏れを抱くのは、深泥池は此の気候帯では今までに見たことがないものだっただけに、心の中には一般の人には及ばない衝撃が走り姿形が無いにも拘わらず崇めているでしょう。
ーーでもどうしてそうなったのか解らない。
ーー君は過去に於いて、あのような浮き島に似た湿原のような池を見ているはずだ。
ーーいや、知らない。
ーー君は幼い頃にそう言う場所に両親に連れ行ってもらった記憶は無いか。
「此のカウンセリングだが如何しても気になったそれで仁和子さんにメールで訊ねた」
すると彼女はあたしがお母さんのお腹の中にいた時分に北欧に行ったことがあるらしいと聴かされた。それがフィンランドらしい。
「それは先生も篠田さんも知らないのですか」
「此の後にあの池に取り込まれている。だがそこで何か嫌な事があったらしいそれを仁和子さんに実家で訊いて貰ってるんだよ」
そこで仁和子さんから着信が入り、どうやらその返事が来たようだ。
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